368 ▽選ばれた者

「お前たち、なぜここに……」

「それはこっちのセリフだ。俺との決着が残っているのに、勝手に会場を飛び出しやがって」


 ベラが一人で飛び出したのは、あの場で自由に動けるのが自分しかいなかったからだ。

 輝士団が編成を終えるのを待っていては、エヴィルが街壁へ辿り着いてしまう。

 ただし、選別会参加者の資格を放棄して得られる自由ではあったが。


 それは彼ら二人も同様である。


「試合はどうなったんだ?」

「んなもん後だ。どっちを優先するべきかなんて街童でもわかる」

「あのまま続けていれば、俺が勝ってたがな」


 無表情のままアビッソが横から口を挟む。

 レガンテはそんな彼を睨みつけ、


「いいや俺だね」


 と言い返した。


 試合前の険悪な雰囲気はどこへやら。

 この二人はいつの間に仲良くなったのだ?

 ……とベラは思い、ある意味ですぐに納得した。


 子どもでもわかること。

 それができないのが、組織に埋没した大人だ。

 ここの三人は、大人になりきれなかった子どものようなものだ。

 そうでなければ、己の立場を危うくしてまで、天輝士など目指さないだろう。


「くくくっ……」

「何笑ってんだよ」


 おかしさに思わず笑いがこみ上げてくる。

 笑いをかみ殺すベラに、レガンテが文句を言った。


「大体、お前は無茶をしすぎなんだよ。あんな大輝術を使い続けたら、あっという間に輝力が空になるに決まってる。下手したら輝力欠乏症だ。自分がどれだけ無謀なことをやってるか、お前が一番よくわかっているだろう」

「ああ、そうだな」


 そうしなければみんなを守れない。

 そう思ったから、無茶をした。

 でも、ここからは違う。


「ここからは俺たちが背中を守る。だからあんな身を削るような戦い方はもうやめろ。輝士団が到着するまで、何とか持ちこたえるぞ」


 ベラは頷いた。

 剣を握る拳に力を込める。

 仲間がいることの、なんと心強いことか。


 胸を支配しかけた絶望は、たった二人の援軍のおかげで跡形もなく消えてしまった。


「そういうお前こそ、足手まといになるなよ。輝攻戦士じゃないのはお前だけなんだからな」

「黙れアビッソ。これが片付いたら後で決着をつけるからな……来るぞ!」


 宝石となった仲間の残骸を踏み越え、エヴィルの軍勢が三人に迫る。


 もう恐れはない。

 頼れる仲間がいる。

 それは、他者を蹴落として頂点を目指より、ずっと素晴らしいことじゃないか。


 ベラの心に高揚感が戻ってくる。

 レガンテが輝術を唱える。

 アビッソが剣を抜く。


「うぉぉっ!」


 ベラは咆哮を上げ、迫り来るエヴィルをなぎ払った。




   ※


 三人の奮闘は続いた。

 無限と思えたエヴィルも、次第にその数を減らしていく。

 援軍の輝士団がやって来た時には、既に半数近くのエヴィルが宝石へと姿に変えていた。


「ははっ、ようやく来てくれたか」


 肩で息をするレガンテ。

 彼は肩越しに振り向き、乾いた笑いを漏らす。


 十三人の輝攻戦士。

 三十七人の王宮輝術師。

 そして一〇〇を越える輝士たち。


「全軍、かかれ!」

「おーっ!」


 ファーゼブル輝士団の本隊である。

 彼らは出撃までの鈍重さを感じさせないほど、圧倒的な攻勢を見せた。


 数の優位を失ったエヴィルの群れは、あっという間に瓦解。

 やがて一体残らず討ち取られ、街を襲ったエヴィルは全滅した。




   ※


 輝士団を指揮していたのはヴェルデである。

 彼は戦闘終了後、満身創痍のベラを見て深くため息を吐いた。


「まったく、無茶をする娘だ」

「申し訳ありません」


 返す言葉もなかった。

 法の抜け穴をついたとはいえ、一人で飛び出したのは、ハッキリ言って蛮勇であった。

 ヴェルデはそんな浅慮な自分を咎めているようにも見える。


「だが、おかげで助かった。君たちが敵の足止めをしてくれなければエヴィルの群れは街壁にたどり着き、市内にも被害が出ていたことだろう」

「はっ」


 フォローの言葉を受け、ベラはいくらか救われた気がした。

 自分のやったことは決して無駄じゃなかった。

 そう思うことができるから。


「さて……選別会のことだが」

「はい」

「途中で会場を抜け出した者は本来なら失格だ。だが、今回は決勝をやり直してもらえるよう、俺の方から陛下に掛け合ってみよう」

「!? そ、それは……」

「なあに心配いらぬ。これだけの功あらば、それくらいの願いは聞き届けてもらえるさ」


 会場を飛び出した時点でベラは天輝士を諦めていた。

 そんな彼女にとって、願ってもない申し出である。

 けれど。


「ありがとうございます。しかし、もはやそれには及びません」


 正直に言えば、もうベラは天輝士に拘るつもりはなかった。

 なにも自分だけが唯一無二の英雄になる必要はない。

 ベラはこの戦いで、もっと大切なものを知った。


 一輝士としてでも、できることはきっとある。

 仲間と協力すれば、なんだって成し遂げることができる。


 ベラの頭の中にはすでに新しいプランが組み上がっていた。

 それを実行に移すには、レガンテとアビッソのどちらが天輝士になっても問題はない。


「その通りです、ヴェルデ様」


 二人の会話にレガンテが横から口を挟んだ。

 彼は三人の中で一番多くのダメージを食らっている。

 輝攻戦士でないにも関わらず、数々の強力な輝術を用い、二人をサポートしてくれたのだ。


「決勝をやりなおす必要はありません。なぜなら、次代の天輝士はもう決まっていますからね」

「そういうことだ」


 レガンテがよくわからないことを言い、アビッソもそれに同意する。

 アビッソは華麗な剣技と体さばきを駆使し、ベラよりも多くのエヴィルを斬った。

 この男がいてくれたからこそ、ベラは背中を気にせず思いっきり闘うことができたのだ。


 そんな彼がベラに視線を向け、思いも寄らないことを言う。


「次代の天輝士に相応しいのは、王国の危機に誰よりも早く立ち上がった彼女を置いて他にはいない」

「なっ……」

「ほう」


 ベラにとってはあまりに意外な言葉である。

 レガンテも同じ事を言いたかったのか、しきりに頷いていた。

 ヴェルデは顎に手を当てて難しい顔で唸っていたが、やがて納得したように、


「競合相手であるお前たちがそういうなら……」


 と言った。


「ま、待ってください!」


 あまりに都合が良すぎて、これでは逆に納得が行かない。

 自分は真っ先に選別会を抜け出し天輝士の資格を放棄したのだ。

 そんな自分が選ばれては、まるでポイント稼ぎをしたように見える。

 それに、先ほどの戦いを見ても、自分がこの二人より優れているとは思わない。


「せめて決勝のやり直しをさせてください。そうでなくては私自身、納得がいきません」

「いいえヴェルデ様、こう考えてみてください。我々は三人とも試合を放棄しました。しかし準決勝で失格になった我らと違い、ベラは事前に決勝進出を果たしている。つまり一番天輝士に近いのは彼女じゃないでしょうか?」

「一理あるな……よし、ならば私からは何も言うまい!」

「ヴェルデ様!」


 文句を言おうとするベラ。

 アビッソがそんな彼女の肩を掴む。


「規則は守らないと。輝士なんだから」


 そう短く言う彼の顔には、初めて見る微笑が浮かんでいた。


「そうと決まれば早々に引き上げだ。エヴィルの撃退と、史上初の女性天輝士の誕生を祝うのだ!」

「おーっ!」


 ヴェルデが高らかに宣言する。

 周りの輝士たちからも大きな歓声が上がった。

 誰も異存はないらしく、文句を言う声は聞こえてこない。


 こうして、ベラは決勝を争うことなく、偉大なる天輝士グランデカバリエレの称号を手に入れたのだった。

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