321 因縁

 私は慎重にラインさんカーディの後を追った。


 気配を悟られないのはもちろん、輝力で気づかれる恐れもある。

 できるだけ穏やかに、気持ちを落ち着かせて、一定の間合いを保って尾行する。


 カーディは繁華街に入っていった。

 色とりどりの輝光灯に照らされた大通り。

 それはもう、綺麗を通り越してケバケバしい。

 私から見ると少し居心地の悪い、大人の街って感じだ。


 ラインさんカーディはお店の隙間から裏路地へと入っていく。


 一本裏に入るだけで街の雰囲気ががらっと変わった。

 フィリア市で言えば、隔絶街に入る手前の雰囲気と少し似ている。

 古着屋さんとか汚れた公園とかあった場所ね。


 ただ割と人通りは多くて、露出の多い服のお姉さんが道行く人に声をかけたりしてる。

 ラインさんカーディは何度か話しかけられてたけど、視界にすら入ってないみたいに無視してた。


 やがて、ぱたっと人通りが途絶えた。

 物音は遠くからわずかな喧騒が聞こえるだけ。

 このあたりにも住んでいる人はいるんだろうけど……


 なんかもう帰りたくなってきた。

 こういう所の怖さって、エヴィルのいる洞窟とはまたちょっと違うよね。


「ひゃっ!?」


 背後で物音がした。

 私はびっくりして振り向く。

 黒猫がゴミの山を崩した音だった。

 な、なんだ、びっくりさせないでよ。


 ともあれ、尾行を続けて……

 あれ?


 前を見ると、誰もいない。


 やだ、ちょっと。

 見失った?


 じょ、冗談じゃない!

 こんな所で一人にしないでよお!

 本当にこういうところ、怖いんだからっ。

 フィリア市の隔絶街のトラウマだって消えないんだぞっ。


 私は泣きそうになりながらカーディの捜索を開始する。

 もう尾行してたのがバレてもいいから早く会いたい。

 と、路地を曲がったところで、後ろから首を掴まれた。


「あ、がっ」


 とんでもない力で壁に押しつけられる。

 筋が軋む音が聞こえた気がした。


 やばい、ころされる。

 と思ったとたん、急に首を抑える力が弱まった。


「……なんだ、ピンクか」

「けほ、けほ……そ、そうだよっ」


 痛くはないけど、呼吸を止められるのはすごく苦しい。


 私を襲ったのはカーディだった。

 いつの間に変身したのか、私と同じくらいの外見年齢(妖将モード)になっている。


「なにやってるの、こんなところで」

「それはこっちのセリフだよ。カーディこそこんな所で何してたの?」


 尾行がバレたら怒られるとは思ってたけど、まさかいきなりころされそうになるとは……


「……人探し」

「こんな夜中に、こんな場所で?」

「人通りの少ない場所ならどこでもよかったんだけどね。この辺りはある事情から、犯罪者くらいしか近寄らないみたいだから」

「あ、ある事情って?」

「昔ね、そこの建物で大量の死体が見つかったんだって。原因は今もわかっていない。未解決事件。それ以来、好んでここに近づくのは犯罪者か異常者だけ。普通の人が知らずに足を踏み入れたら、次の日には必ず変死体で見つかるって曰く付きの場所だよ」


 なんだそれ!

 私、そんな恐ろしい場所に来てたのか!


「帰ろうと思います」

「大丈夫。おまえはすでに普通の人じゃないから」


 そんな風に言われてもぜんぜん嬉しくないです。


「変死体云々はここらを本拠にしてる犯罪組織と癒着してる議員が流したデマだよ。おまえならヒトの悪人くらいで怖がることもないでしょ」

「で……そんな危ない場所で、誰と約束してるの?」

「別に約束はしてない。けれどわたしがこの姿で出歩いていれば、きっとあいつはやって来るはずだ」

「あいつって――」


 訪ねようとした時、あたりの空気が一変した。


 それは、突然現れたように見えた。

 ずっと昔からあった石像のように立っている。

 ただ居るだけなのに、威圧感が空気そのものを震わせている。


 燃えるような真っ赤な髪。

 ラフなジャケットとショートパンツ。

 星帝十三輝士シュテルンリッター一番星、ヴォルモーントさん。


 どうして、この人がこんな所に……


「街中で堂々と姿を現すとはね。そんなに殺して欲しいのかしら、黒衣の妖将」


 凍りつきそうなほど冷え切った声が、血のように赤い唇の隙間からこぼれる。


「久しぶりだね、ノイの娘」


 カーディがヴォルモーントさんに応えた。

 親しみを感じさせる口ぶりとは対照的に、その表情は穏やかじゃない。


「ああ、久しぶりだ。あの時に仕留めそこなったのは一生の不覚だったわ。アイゼンではずいぶん好き放題やってくれたそうね」

「誰かさんのせいで体を失って、たくさんの輝力が必要だったからさ」

「もう心配する必要はないわ。今度こそ完全に消し去ってあげる」


 な、なにこれ。

 知り合いっていうより……

 なんか、今すぐにでもころし合いを始めそうな雰囲気なんですけど!


 二人の間に挟まれてる私は、はっきり言って身の竦む思いだった。

 どっちもめちゃくちゃ怖いよう。


「ん、オマエは昼間の……」


 そこで初めて、ヴォルモーントさんが私に目を向けた。


「そうか、化物とつるんでいたのね」

「ば、バケモノとはなによっ」


 カーディとどんな関係かはしらないけど、そんな言い方は酷いよ。

 そりゃ、カーディは帝都アイゼンを大混乱に陥れたり、たくさんの人を襲ったけどっ。


「っていうか、カーディはこの人とどういう関係なの?」

「エヴィルが活性化して、わたしが死霊峡を降りた時、待ち構えていたのがそいつ」


 カーディは二人の因縁を簡潔に説明した。


 魔動乱後、カーディはその他の残存エヴィルと一緒に、人里離れた八大霊場の一つに逃げ込んだ。

 それは魔動乱の時に散々暴れたカーディがもう人間と関わらないっていうメッセージ。

 とは言え彼女のいる死霊峡はずっとシュタール帝国に監視されていた。


 やがて、エヴィルの活性化が始まった。

 カーディはかつて最強と呼ばれたケイオス。

 平和な時は放置されてたけど、また暴れ始めたら大変なことになる。

 だから、シュタール帝国は先制して彼女を討伐するための輝士を送り込んだ。


 それがシュタール帝国最強の輝攻戦士のヴォルモーントさん。

 最強のケイオスの相手には、最強の輝攻戦士が相応しい。

 そしてカーディは彼女に負けて死にかけ、体を失った。


「えっと……カーディ、負けたの?」

「ずっと休んでて体がなまってたんだよ」


 カーディはムッとして反論する。

 けど、否定はしなかった。

 本当に負けたんだ。


 ならカーディにとってこの人は、にっくき因縁の相手。

 言ってみれば自分自身の仇みたいなもの。


 ヴォルモーントさんにしても、取り逃がしたエヴィルが自国で暴れ、あまつさえ同僚であるラインさんの体を乗っ取って好き放題にやっているんだから、星輝士としては放っておくわけがない。


「再会のあいさつは必要ないよね」

「もとより、仲良くおしゃべりするつもりなどない」


 ヴォルモーントさんが爆発的な輝粒子を全身から放出した。


「化け物は退治するだけだ」


 それは通常の輝攻戦士とは桁違いの輝力。

 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトがの輝粒子が液体状なら、彼女の輝粒子は炎のように燃え上がっている。


 彼女の輝力量は、私が知っている輝攻戦士の常識を遥かに超えている。


「だね。じゃあ、やろっか」


 カーディもまた、虚空から大剣を取り出して戦闘態勢に入る。


「ちょ、二人とも――」


 二人の間に台風のような風が巻き起こる。

 最強同士の激突はもう、止められそうになかった。

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