312 町長さんのお使い

 お菓子に釣られて、私たちはおじいさんの家にやってきた。


 たどり着いたのはこの町で一番大きなお屋敷。

 輝工都市アジール暮らしの私の家よりもずっと立派な建物だった。


 道中に話を聞いたところ、おじいさんはこの町の町長さんらしい。


「頼みというのはな、お使いをしてもらいたいのじゃ」

「お使いですか」


 ぼちゃぼちゃぼちゃぼちゃぼちゃぼちゃ。


「さよう。わしの孫にこの包みを渡してもらいたい」

「どこに行けばいいんですか?」


 紅茶に三十六杯目の砂糖を入れながら私は聞き返した。


「アンデュス市。セアンス東部地域を統括する輝工都市アジールじゃ」

「せ、セアンスは輝工都市アジールと町村間の繋がりが強くて、各町村の代表者が交代で駐留するという法律があるんですよ」


 隣を向くと、なぜかラインさんが口元を押さえながらそっぽを向いていた。

 理由はよくわからないけど気分が悪そうにしてる。

 そんな状態でも解説したがるなんて……

 すごいんだか変なんだか。


「この町の代表者として上京しているのが、わしの娘なのじゃ」


 おじいさんの話では、娘さん一家はもう半年近く戻ってきていないらしい。

 本当なら三ヶ月ごとに別の代表者に代わるんだけど、残存エヴィルの活性化で戒厳令が出されたため、この町に帰って来れなくなってしまったらしい。


 そうこうしているうちに、孫の誕生日が近づいてきた。

 エヴィルが跋扈している現状、迂闊にアンデュスへと向かうこともできない。

 おじいさんはずっと前から孫のためにプレゼントを渡したいと思っていたんだけど、それができずに困っているみたい。


 そこで、エヴィルを恐れずアンデュスへと向かえる私たちに、お使いを頼みたいってわけだ。


「行商人に頼むとか、方法はいくらでもあるんじゃないですか?」


 ラインさんが言った。

 確かに、私もそう思う。

 わざわざ旅人に頼まなくても、戒厳令下でも都市間の移動をしてる人はいくらでもいると思う。


「そんなものはおらぬよ。ここ三ヶ月、商人はおろか輝士団すらやっては来ん」


 え?


「おかげでエヴィルはのさばり放題。外部の人間もほとんど訪れなくなった。この町はまだ自給自足ができるから良いが、他の町村の中には物凄い勢いで寂れている所もあると聞く」

「おかしいじゃないですか。いくらエヴィルが活性化しているとはいえ、それを退治するための輝士団でしょう」


 大国に現れるエヴィルの数は小国と比べて遥かに多い。

 エヴィルにはどういうわけか輝鋼石を狙う性質があるみたいだからだ。

 それはある意味好都合で、強い戦力を持つ大国はエヴィルに対抗するため、国内はもちろん近隣各国に輝士団を派遣して治安維持に努めている。


「詳しくはわからんが、アンデュスは外に輝士団を派遣する余裕もないほどの窮地に陥っているのかもしれん。なにせあの街は呪霊窟から十キロと離れておらんからな」

「なんですって!?」


 私とラインさんは同時に身を乗り出した。

 呪霊窟といえば、八大霊場の一つ。

 エヴィルの巣窟だ


「それは本当なんですか?」

「ああ、世界でもっともエヴィルの巣窟に近いと言われている輝工都市アジールじゃ。無論、魔動乱が終結してからの十数年は何の危険もなかったんじゃが……」


 巣窟に潜むエヴィルの数は尋常じゃない。

 本気で進行が始まれば、あっという間に飲み込まれてしまう。


「ここ最近の残存エヴィルの活性化は異常じゃ。まだこの町には被害が出ていないが、アンデュスがどうなって居るか考えると夜も眠れん。なにせ全く連絡が取れないのじゃから……」


 輝工都市アジールは普通、多くの人が出入りする

 連絡が完全に途絶えているっていうのは、いくらなんでも不自然すぎる。

 これはおじいさんに頼まれなくても調べてみる必要はありそうだ。


 それにアンデュスっていう街は、ビッツさんが私たちと別れてから向かうって言っていた輝工都市アジールだ。

 この件を引き受ければ、もう少しだけ彼と一緒に旅もできる。


「わかりました、私たちに任せてください」


 私はおじいさんから包みを受け取った。

 ラインさんの方を見ると、彼も無言で頷いていた。


「あ、ちなみに。そのお孫さんっていうのは何歳くらいで……」

「今年で四歳になる、女の子じゃ」

「絶対に届けてみせます」


 ちっちゃい娘の笑顔を見られるなら、お使いのお駄賃としては十分だよね。




   ※


 ホテルに戻ると、フロント横のロビーで幼少カーディとビッツさんが何かを話していた。

 カーディは私たちに気づくと、ソファ越しに振り向いて声をかけてくる。


「予定変更だよ。これからアンデュスに向かう。文句ある?」

「ないけど……って言うか、むしろ都合いいし」

「じゃあ決定ね。エヴィルストーンもアンデュスで売ればいいよ」

「そういうことになった。今しばらく同行させてもらう」


 ビッツさんはそう言って微笑んだ。


「けど、突然どうして?」

「ちょっと、気になる噂を聞いてね」

「気になる噂って、最近連絡が途絶えているとかそんなこと?」

「なにそれ」


 私は町長さんから聞いた事情を話した。

 ついでに、お使いを頼まれたことも。


「ああ、八大霊場が近いのね。そういえばこの辺りだったんだ」


 カーディはエヴィルの巣窟とかは別に興味がないみたい。


「じゃあ何が気になるの?」

「……知ってるやつがその輝工都市アジールにいるんだよ。ちょっと、会っておかなきゃいけなくてね」


 会わなきゃいけない人?

 カーディにそんな相手がいるのは驚きだ。

 だけど、なんだか不機嫌そうな顔が気になる。


「ともかく決定ね。ジュティツァが戻って来たらすぐに出発するよ。田舎娘にもそう伝えておいて」


 と言うわけで、ずいぶん急な出発になった。

 けど、みんなの目的が重なったならちょうどいい。

 私はカーディの言うとおり、部屋にいるフレスさんに出発を伝えに行った。

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