276 そろそろ解決してるかも
結局、その晩も何も起こらなかった。
明け方近くになってから私たちは宿に戻った。
話し相手がいたおかげで退屈はしなかったし、交代でちょっとだけ寝れたけど、夜通しの見張りってほんと大変。
部屋に戻りるなり、お風呂にも入らずに寝てしまった。
だから昼過ぎに起きた時は汗と埃でベトベトで気持ち悪かった。
お風呂で汗を流して部屋に戻ろうとすると、ふらついた足取りのダイを見かけた。
「おはよ、いま起きたの?」
「おお、ルー子」
ダイは目を擦りながら眠そうな声で言う。
「みんなは?」
「ジュストは辺りの見回りをしてくるって出て行った。ビッツたちはまだ戻ってきてねーけど……あいつら、本当に大丈夫なのか?」
話に聞いた岩山への距離を考えれば、そろそろ戻ってきてもいい頃ではある。
まさかと思うけど、あの二人に限って盗賊なんかにやられちゃったりはしないと思うけど……
「ちょっと待って」
一応、確認をしてみる。
意識を集中して……
うん、ビッツさんの輝攻戦士状態は解除されてない。
ちょっと距離が遠すぎて、どのあたりにいるのかまではわからないけど。
「大丈夫っぽい」
「そうか」
「っていうか、ジュストくんも見回りに行くなら輝攻戦士になってから行けばよかったのに」
眠ってる私を起こすのが嫌だったのかな?
安全に関わることなんだから、別に気にしなくてもよかったのに。
「生身のままでもジュストが盗賊ごときにやられるなんて想像もできねーよ」
「そうなんだけどさ。なんか最近のジュストくん、気を張り詰め過ぎな気がするんだよね」
「この前のこと、まだ責任感じてるんじゃねーか?」
港町で迷子になった上、酔っ払って迷惑をかけたことかな。
いや、真面目なジュストくんらしいと言えばらしいけど。
あんまり無理して体調を崩しちゃったら意味ないし。
「っていうか、ぜんぜん何も起こらないね」
「もう一つの村に行ったか、ビッツたちが解決しちまったんじゃねーか?」
「だったらいいんだけどね」
何事もなく解決したなら、それはとても良いことだ。
きっと今日あたり、ビッツさんたちかヴェーヌさんたちのどっちかが、事件は解決したっていう知らせを持ってきてくれるかもしれない。
それが終わったら、ジュストくんにはしっかり休んでもらわなきゃね。
※
「あ」
食堂に顔を出すと、例の青年二人組がいた。
「桃色天使様じゃないですか!」
「おはようございます桃色天使様!」
「あ、はい。おはようございます」
慕ってくれるのは嬉しいんだけど、この人たち、ちょっと苦手なんだよね。
変なあだ名で呼ばれるし……
私は別の席に座ったのに、わざわざ料理を持って移動してきた。
いや、別にいいんだけどね、食事さえ静かにさせてもらえれば。
「あ、いま女将さんは内職の傘作りをしてますから、注文しても作ってくれないですよ」
メニューの紙を眺めている私に、彼らがそう教えてくれた。
「え、でもそれは?」
「俺達の分は自前です。勝手に食堂のキッチンを使わせてもらってるだけで」
それって食堂って言えるのかな。
そう言えば、食事どき以外に女将さんの姿を見たことない。
まあ、一人で宿と食堂を運営してるみたいだし。
遅く起きて無茶を言うのも悪いかな。
残念だけどご飯は我慢しよう。
「よかったら、俺達が何か作りましょうか?」
私が部屋に戻ろうとすると、青年たちの片割れがそんなことを言った。
「え、いいんですか?」
「はい。こう見えても料理は得意なんですよ」
「俺も俺も。フェイントライツの方に食べてもらえるなんて、光栄だぁ」
うーん。
お腹空いてるし、頼んじゃおうかな。
「じゃあ、お願いします」
「はい。何がリクエストはありますか? そこに書いてあるもんなら何でも作れますよ」
そりゃすごい。
もうこの人が食堂の店主さんになった方がいいんじゃないかな。
「じゃあ、朝のお勧めセットをお願いします」
「お任せされます。とびきり美味いものを作りますから、期待して待っててくださいね」
腕まくりをして張り切る二人。
基本的にはいい人たちなんだよね。
私はキッチンに入っていく彼らに声をかけた。
「ダイも起きてくると思うから、二人分でお願いします。それと、出かけてる仲間のためにお弁当を作ってくれると嬉しいな」
「わっかりました!」
彼らは声をそろえて元気よく返事をした。
※
朝食ができ上がる頃に、ダイも食堂にやってきた。
二人組は最初、緊張した面持ちでダイに挨拶をする、
「お、おはようございます! 黒の剣士さま!」
「おう」
と、軽く返した彼の態度に拍子抜けしたようだった。
昨日の態度が悪かったせいか、ダイを怖い人だと思っているのかもしれない。
それで調子に乗った彼らは、食事をとるダイに次々と質問を投げかけた。
「黒の剣士さまが、これまでで一番手ごわかったと思うエヴィルってどんなのですか?」
「強かったのは黒衣の妖将だけど、半月前にエヴィルの巣窟で五十匹に囲まれたときもキツかったな」
「ご、五十匹ですか?」
「おうよ。片っ端からぶっ飛ばしてやったけどな」
今日のダイは特に機嫌がいいみたいだ。
二人組の質問にも気さくに答えている。
「ところで、フェイントライツの皆さんは、この村で何をやってるんですか?」
背の高い方の人が私に聞いてきた。
ダイにばかり話しかけるのは悪いと思ったのかもしれない。
私は黙って食べてるから、余計な気を使わないでもいいんですよ。
「いえね、フェイントライツの方々とこうやってお近づきになれたのは嬉しいんですけど、エヴィル退治をしながら旅をしているような人たちが、こんな何もない村に長期滞在してるのはなんでかなーと思いまして」
うーん、なんて答えよう。
まさか「この辺りに恐ろしい殺人集団がいて、この村の人を皆殺しにしようとしているから、それを阻止するために見張っている」とは言えないよね。
平和な村に余計な混乱を招くような言動は慎むべきだって、ビッツさんも言っていたし。
「なんか、夜中まで起きてらっしゃるそうじゃないですか。もう一人の方も朝から何処かへ出かけてますし……」
「ひょっとして、秘密の調査中なんですか? 俺たち一般人には話せないような……」
「あ、う、うん。実はそうなの。だから聞かないでくれると助かるな」
「やはりそうでしたか……それは失礼しました」
勝手に結論を出してくれたので、そういうことにしておいた。
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