229 ◆やれやれもう一仕事しなくては

 謎の光の攻撃を受けてふらつくドラゴン。

 そこに黒髪の少年が追撃とばかりに斬りかかる。

 連続で繰り出される攻撃を受け、またしても竜は耳障りな咆哮を上げた。


 ついに耐えかねたのか、二枚の大きな翼を広げ空高く舞い上がる。

 少年は上空からの攻撃に備えて再び剣を構える。

 しかし反撃はなかった。


 ドラゴンは空中で大きく反転すると、そのままどこかへ飛び立ってしまった。


 逃げた……?

 情けないことに、全身が弛緩するような安堵感で満たされた。

 結果的に倒すことはできなかったが、追い払っただけでもたいしたものだ。


 しかし、あの謎の光は一体?

 俺はその出所を探るため後ろを向いた。

 すると、砂をふるいに駆けるような音を立て、ゆっくりとこちらに近づいてくる者がいた。

 あれは輝動二輪か。


「ビッツさん!」


 輝動二輪に跨がる青年に向かって少女が叫んだ。


「知り合いか?」

「はい、はぐれた仲間の一人です」


 青年は俺たちの手前で機体を停止させる。

 かつて見たことがあるものと比べても、二回りほど巨大だ。

 その輝動二輪がかなりの高級車であることは、あまり詳しくない俺でもわかる。


 男の身なりもやや派手な吟遊詩人風の衣装であり、ただの冒険者には見えない。

 お忍びの旅の王族……などと推測するのは妄想が過ぎるだろうか。


「ドラゴンの姿を見て追いかけてみれば……二人とも、こんなところで何をやっている?」

「えっとですね、話すと長くなるんですけど」


 少女は簡潔に事情を説明する。


「なるほど、ドラゴンに船を襲われて散り散りに……」

「トラントの町に行けば、自然に集合できるかなって思ってたんですけど」

「事情はわかったが、たった二人でドラゴン相手に挑むのは無茶が過ぎる。弱点の喉元を狙い撃って退かせたが、もう少し遅ければ今ごろそなたらはぺしゃんこだったのだぞ」

「うっ……」

「喉元? 背中側の首の付け根が弱点では?」


 俺が疑問を口にすると、青年は首を横に振った。


「それは地上竜と呼ばれる翼のない竜種の場合だ。翼を持つ個体は喉元が唯一の弱点であり、それ以外への攻撃はほとんど通じないと思っていい」


 なんと、間違えて覚えていたとは。

 俺の浅はかな知識が彼女らを危険に晒してしまった。


「すまない、危うく俺のせいで全滅するところだった……」

「だ、大丈夫ですよ。結果的に追い払えたんですから」


 フォローまでされてしまう。

 なんとも情けないことだ。


「ところでビッツさん、さっきの攻撃は? 火槍の弾丸じゃないですよね?」

「ああ、あれはな……」


 細長い筒のようなものを両手に抱える青年。

 その周囲を纏わりつくように何かが飛び回っている。

 よく見ればそれは、翅の生えた小さな人間のようだ。


「なにそれ、かわいい!」


 少女が起き上がって飛びつこうとする。

 翅持つ小人は逃れるように青年の背後に回った。


「すまんな。あまり人には慣れていないのだ」


 残念そうに眉を下げる少女。

 青年は悪意のない微笑みを向ける。

 あの小人、見たことがあるぞ。あれは確か……


「フェリキタスか」

「ほう、知っているか?」


 一説にはエヴィルの一種とされている。

 が、その容姿の美しさから神の使いとも言われている。

 非常に気難しく、人に慣れない生き物であるが、もしその力を上手く利用できれば、擬似的に輝術のような効果を発揮することもできると聞く。


 フェリキタスを自在に操る人間を、『フェリーテイマー妖精使い』という。

 その稀少さはもはや輝攻戦士どころではない。

 伝説に聞く天然輝術師と同等か――

 そう言えば、少女は輝言を唱えていなかったが、まさか。


「さて、どうする? 馬車はないが、ルーチェだけなら後ろに乗せていけるが」

「おいコラ」


 黒髪の少年が文句を言う。


「ダメだよ。ダイはともかく、ケインさんはここまで案内してくれたんだし」

「いや、もう案内はいらないだろう。君はトラントまでの道を知っているのだろう?」

「無論」

「彼女は足を怪我している。運んでもらえるならその方がいいだろう」

「なんと。まさかドラゴンとの戦いで?」

「あ、うん。まあ、勝手に木に突っ込んだだけなんだけど……」


 少女は青年の手を借り、気まずそうに輝動二輪に跨ると、私の方を向いてペコリと頭を下げた。


「ここまでどうもありがとうございました」

「なんの、たいしたことはしていない」

 

 フェリーテイマー、輝攻戦士、そしておそらくは天然輝術師。

 伝説級の三人を相手に、俺のような一介の冒険者が何を伝えられたというのか。

 調子に乗って先輩風を吹かせた自分が、今さらになって恥ずかしく思える。

 しかし、少女は否定するように首を横に振った。


「いろんなことを教えてもらって、とてもためになりました。ね、ダイ」

「どうでもいいけど、オマエら本気でオレを置いてく気じゃねーだろうな」

「飛んで来ればいいではないか。何のための輝攻化武具だ」

「敵と戦うためだよ!」

「……ふっ」


 俺はつい吹き出してしまった。

 特殊な力を持っているとしても、若い冒険者たちの希望に満ち溢れた姿は、今も昔も変わりない。


 俺が彼らと違う点は特殊な力の有無ではない。

 それよりも、もっと単純なこと。

 世代交代の時期が来た。

 それだけの話だ。


「それでは、達者でな」

「はい、ケインさんもがんばってくださいね」

「ありがとう。ルーチェとその他一人の面倒を見てくれた礼を言う」

「おいコラ、クソ王子」

「では行くぞ。しっかり掴まっているがいい」

「はーい」

「おい待てよ!」


 青年が輝動二輪を発進させる。

 その後を輝攻戦士化した黒髪の少年が文字通り飛んで追いかけた。


 不思議な若夫婦とその仲間は、あっという間に見えなくなった。

 ……まったく、不思議な体験だったな。

 空を見上げると、まだ日は高かった。


 これからどうするか。

 とりあえずレイナの所に戻って、思い出話の続きでも……っと。


「これは……?」


 地面に落ちている剣に目が止まる。

 黒髪の少年が持っていたものとは違う。

 先ほどの青年が落していったのだろうか。

 俺はその剣を手に取り、鞘から引き抜いた。


 相当な業物のようだ。

 輝鋼精錬も施してある。


 剣士としての習性というべきか、良い武器を手にすると……

 こう、なんというか、胸が高鳴るような興奮を覚えてしまう。


 一振り、二振り。

 うむ、よく馴染む。

 これを使ってエヴィルと戦ってみたいと思ってしまうではないか。


 こんな良い武器をなくしては彼も困ってしまうに違いない。

 ……やれやれ、仕方ない。

 届けてやるか。


 冒険を止めるのは、もうちょっと後でもいいだろう。

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