185 おまんじゅう現る

 さすがに大国のお城だけあって、間近で見た迫力は相当なものだった。


 石を投げても向こう側に届きそうにないほどの大きな堀。

 演劇の舞台にもなりそうなくらい大きな橋。

 巨人が通るのかと思うほどの巨大な門。


 城門を潜ると、色とりどりの花が咲く中庭があった。

 その真ん中を石畳の道が通っている。

 中門もこれまた大きかった。

 アーチ状になった部分の中心には、無数の星が描かれたエンブレムが飾られている。

 よく見れば、その星の一つ一つが全て宝石のようだ。


「あの星はすべてエヴィルストーンを加工したものです。シュタールを建国した十三人の輝士が競って集めたものだと言われています」


 少しは元気が戻ったのか、メリクさんが解説してくれる。


「なんでもいいよ、それよりメシ食わせろ。重労働の後で腹減ってんだ」


 ダイは相変わらず空気を読まない。

 けれど、メリクさんはそんな彼を見て微笑んでいた。


「食事はすぐに用意させますが、まずは客室に案内します」


 そう言う彼女の後に従って、私たちはお城の中に入った。


 白亜の階段。

 真っ赤な絨毯。

 一つ一つが芸術的な柱の装飾。


 すれ違う輝士や貴族服の人たち。

 そして、黒い衣装に白いエプロン姿のメイドさん。


 どれもが物語で見たお城そのままだった。

 私、いま本当にお城の中にいるんだなぁ。


 前にクイント王国のお城にも入ったけど、やっぱり大国のお城は雰囲気が全然違う。

 ビッツさんには悪いと思うけど、なんていうか別世界って感じ。

 できればジュストくんと一緒に来たかったな。


 反対側がかすんで見えるほど長い廊下をしばらく歩く。

 無数に並ぶ部屋の一室に私たちは案内された。


「呼び鈴を鳴らせばすぐに専属の給仕が駆けつけます。どうぞ遠慮なくお寛ぎください」


 中はこれまた豪奢な家具や装飾で彩られていて、まるで高級ホテルの一室って感じ。

 白を基調とした室内は上品なイメージを保っている。

 広さは昨日泊まった部屋のざっと四倍以上。

 三つ並んだベッドはどれもキングサイズだ。


「すいません、わざわざ案内してもらっちゃって」

「いいえ、これも仕事ですから。ではまた後で」


 ふう、とりあえずやっと一息……って。


「ダイも同じ部屋かよ!」


 またコイツと二人っきりか!

 いや、それほどイヤってわけでもないんだけど。


「うるせーな。いちいち文句言うなよ」


 全く無頓着に荷物を放り投げ、ベッドに横たわるダイ。

 ビッツさんほど神経質にならなくてもいいから、せめて私が女の子だってこと少しは意識してほしいんだけど。


「で、聞かせてもらおうか」


 私がしぶしぶ反対側のベッドに荷物を下ろすと、ダイが起き上がってこちらを見た。


「なにを?」

「とぼけんなよ。ジュストたちはどうした?」


 瞬間、声に詰まった。

 そうだ、ダイには言っておかないと。

 私はベッドに腰かけ、これまでのいきさつを簡単に説明した。




   ※


 カーディナルがすでに街に入り込んでいること。

 放っておいたらビッツさんの回復はものすごい時間とお金が掛かること。

 すごく強い星輝士が二人がかりでもやられたこと。

 それから、ジュストくんが「ドレイ輝士」という呼び名を指摘されて以来、どこかに行っちゃったことなどを、私は駆け足で語った。


「ふーん。だいたいわかった」


 ジュストくんがいなくなったことについて何か言われると思ったけど、それに関しては意外にも興味なさそうだった。


「それで、どうすればいいと思う?」


 説明を終え、意見を求める。

 ダイは横を向いたまま、こともなげに言った。


「そのケイオスは若い男を捜してるんだろ? だったらオレが行ってぶっ倒してやるよ」

「簡単に言うけど、そう簡単にはいかないよ。ザトゥルさんには手を出すなって言われてるし」


 ダイなら確かに若い男の子だし、黙っていれば見た目も悪くはない。

 黙っていればね、黙っていれば。黙っていれば。

 吸血鬼の獲物としての条件は満たしていると言えなくもないけど、黙っていれば。


「関係ねーよ。そいつに従う義理はねー」

「でも、星輝士が二人もやられてるんだよ。ザトゥルさんにも考えがあるみたいだし、とりあえず様子を見たほうがいいんじゃないかな」

「負けることを恐れてたら戦えねーって。輝士の名誉や街の評判なんて知ったことか。倒さなきゃいけない相手だと思ったら戦う、それだけだ」


 ……本当、この子と話してると、悩んでいたことが途端につまらないことに思えてくる。

 まあでも、今回ばかりはこの子が正しいかもね。

 ザトゥルさんは私たちに手を出すなって行っておきながら、自分も動こうとしないんだし。

 だったら私たちが解決したって良いに決まってる。


 問題は、カーディナルに勝てるかどうか。

 あいつの強さは前回に戦った時に身にしみている。

 しかも、あれでも本調子じゃないらしい。

 本当のあいつは、伝説級に恐れられる最強のケイオスらしいし――


「どういうことなんだノ!」


 妙に図太い怒鳴り声が部屋の外から聞こえてきた。

 私とダイは顔を見合わせてドアを開ける。 

 と、廊下で妙な体格の人が、貴族服の人に突っかかっていた。


「せっかくボキがはるばる帰ってきたノに、待機命令とはどういうことなノ! 帝都の中でケイオスが暴れまわってるなら、さっさと退治するが良いノ!」

「そう言われましても、私はザトゥル様からそのように伝えるよう仰せ付かっただけでして……」

「ザトゥルなんか関係ないノ! ボキは自分のやりたいようにやるノ!」

「なんだあのやかましいデブは」


 廊下でお腹の大きな人が騒いでいるのを見て、ダイが呆れた超えを出した。


「ザトゥルにその気がないなら、ボキが行って退治してやるノ! ボキだって星帝一三輝士シュテルンリッターの一員なノ、ザトゥルなんかに命令されるいわれはないノ!」


 あれが星輝士!?

 私が今まで見たのは、ザトゥルさんやマルスさんみたいな、いかにも輝士らしい人ばかりだった。

 ま、まあ一人くらいはああいうのがいてもおかしくない……のかな?


「しかし、マルス様もやられているのです。これ以上、市民に不安を与えぬよう、五番以下の星輝士はこの件に関わらないようにとの厳命なのです」

「じゃあ何かノ! ヴォルモーントやゾンネが戻って来るのを指をくわえて待ってろとでも言うノ! 伝説の悪魔だか知らないけど、たかがケイオス一匹なノ! 天下の星輝士が指を加えて見過ごしてる方がよっぽど恥なノ!」

「あのデブ、見た目は不吉なデブだけどいいこと言うな」


 褒めてるんだか貶してるんだかよくわからないダイのセリフに、私は思わず噴き出してしまった。

 と、ダイの言うところの不吉なおデブの星輝士さんがこっちを見た。


「誰なノ!」


 うわ、正面から見ると本当におまんじゅうみたい。


「あ、あの。私たちは……」

「ああ、ママンの言ってた大賢者の弟子なノ」


 ママン……?


「ボキはユピタ。星輝士の十二番星なノ。ちなみにママンはシュタールの宰相で、この国一番の美人なノ」


 どうしよう、聞いてもいないことまで喋りだしちゃったよ。

 ヤバイ、この人には関わりたくない。

 私の中の何かがそう語りかけてくる。


 挨拶だけしてさっさとドアを閉めてしまおう。

 と思ったけど、ダイがそれを許さなかった。


「なあオマエ」

「初対面の相手にオマエ呼ばわりとは失礼な奴なノ」

「吸血鬼と戦うって言ってたけど、獲物になる条件って知ってるのか?」

「もちろんなの。帝都内のあらゆる情報を司るママンの息子であるボキに知らないことはないノ」

「若い男が狙われるんだぜ」

「ボキはまだ二十五なノ。十分若いノ」

「それなりにツラが良くなきゃダメだって聞くぜ」

「言っている意味がわからないノ。マルスが狙われたなら次はボキの番に決まってるノ」


 本気で言ってるとしたら、なんかもう可哀想になってくるね。


「百歩譲ってオマエが吸血鬼に会えたとしても、その太った体で戦えるのかよ」


 いや、正直に聞きすぎだから……

 笑いを通り越して呆れ始めていた私とダイを交互に見て、ユピタ(なんかこの人にさん付けはしたくない)は肉のたるんだ顔の表情を硬化させた。


「なんと言ったノ……?」

「いやだから、そんなデブなのにまともに戦えるのかって」


 ユピタの全身がわななく。

 慌てて押さえようとした貴族服の人を突き飛ばし、腰の剣を抜いた。


「無礼にも程があるノ! いくら客人だからといって許せないノ!」


 うわあ、怒らせちゃったよ。

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