165 ▽王子と侯爵
「ふむ……見事なものね」
クーゲル侯爵は自室で手に入れたばかりの宝を検分していた。
侵入者の男が持っていた輝攻化武具である。
手にした者に輝攻戦士の力を与える武器の存在はもちろん知っていた。
その希少度は古代神器にも匹敵する。
一国の宝物殿の最深部で厳重に保管されるレベルの武具だ。
そんなものをなぜあの少年が持っていたのかはわからない。
大方どこかから盗み出したものであろう。
館に侵入したのも自分のコレクションを狙ってのことに違いない。
ともかく、これほどの逸品が手に入ったのだ。
あの賊には感謝をしなくてはなるまい。
「その性能はもちろん、異国風造りの剣には芸術品としての価値も十分にある。あのような東国の猿に持たせておくには勿体ない逸品ね。預かった以上は私が責任を持って管理しなくては」
「そうか。だがそれは私の友人のものなので早々にお返し願おうか」
後頭部に冷たい感触が当てられた。
その時に初めてクーゲルは背後に立った人物の存在に気がついた。
「……何者です?」
「名乗るほどの者ではない」
頭に押し付けられる金属の棒に力が込められる。
刃物の類ではないようだが、何かしらの武器であるのは間違いないだろう。
「あえて言うのならば、かつて盗賊団を率いていた者だというくらいだ」
「なるほど、先ほどの爆発音もあなたの仕業というわけですね」
「騒ぎに気付いていたにしては随分と悠長だな」
「こんな時のために部下を雇っていますからね。老い先短い老人ですから些細なことに一々気を遣ってはいられません」
「ならば物欲も捨て去ってしまえ。身の丈に合わぬ欲望は己が身を滅ぼすとなるぞ」
「それは無理ですわ。わたくしの収集癖は生きがいも同然なのよ」
「動くな」
「殺したければいつでもなさい」
クーゲルはゆっくりと後ろを振り向いた。
そこに立っていたのは長い銀髪を湛えた長身の青年。
服装は一見すると旅の吟遊詩人風だが、どことなく高貴な印象の漂う人物だ。
青年はクーゲルに問いかける。
「そなたの目的は何だ?」
「貴族社会の復活よ」
端的に、しかし正直に答える。
この状況で嘘をついても仕方がない。
「くだらない夢想だ。まさか本気で口にはしていまいな?」
「本気でなくては誰も同調しないでしょう。もっとも達成できるとは思っていませんけどね」
「かつては音に聞こえたほどの善政を敷き、身分一元化から半世紀以上が過ぎた今も土地の者から厚い信頼を受けていると聞く。何故そんな者が無益な争いを起こそうとするのだ」
「わたくしは良き領主になりたかったわけではないの。ただ、悔いのない人生を歩みたかっただけ」
クーゲルは目を閉じて椅子の背もたれに体を預けた。
そうしていると過去の記憶が鮮明によみがえってくる。
先代の当主が急逝し、若くして侯爵の位を譲り受けた。
望まぬ立場に置かれたとはいえ近隣の領主に負けないよう必死に努力した。
自らの領土をさらに発展させるため土地を肥やし、産業を奨励し、兵力を集め、民に知恵と平和を授けた。
それが結果的に領民の支持を得る結果に繋がった。
女侯爵クーゲルの名は地方では知らぬ者のないほどに轟いた。
だが、それだけだ。
領民は彼女のことを良き領主と称えた。
だが、そんな称賛の声は彼女の心を少しも満たしてはくれなかった。
彼女が求めていたのは名声でも名君の称号などではなかったのだ。
国家一元化によって侯爵から単なる地方の大金持ちになった時には、むしろ肩の荷が降りたと思ったくらいだ。
「悪人でもいい、人生一度でいいから血沸き肉躍るような戦を経験をしてみたかったの。理想を掲げて大国に弓引いた武人として名を残せるのなら最高ね」
「くだらない自己満足のために国家に牙を剥くのか」
「バカらしいとお思い? でもわたくしにとっては大事なことなのよ。百年王国の礎を築いた平和の祖より、戦乱の中で武功をあげた名将の方がよっぽど素敵だわ。わたくしはね、乱世の英雄になってみたかったのよ」
子供のころ読んだ物語。
新代歴史区分第四期『戦乱の時代』に覇を競い大地をかけた英雄たち。
エヴィル相手の防衛などではなく領土を奪い合う人間相手の戦い。
自国を富ませ、兵を強くして、強大な敵に立ち向かう。
彼女が夢みた真の領主とはそういうものだった。
「でも、わたくしが生まれた時代はすでに大国による支配が確立していた」
長い動乱の末に五大国と呼ばれる国家が覇権を手にしたことで人間同士の争いは終わった。
以後、多少の内乱はあれど戦争と呼べるような規模の戦いは起こっていない。
小国が争いを起こしたとしても大国によって即座に討伐される。
大国同士は不可侵条約によって絶対に争わない。
クーゲルは戦いたかった。
魔動乱の時代、有り余る財力を使って私設冒険者ギルドを開設したのも、心の奥でくすぶる想いを形にしたに過ぎない。
銀髪の青年はクーゲルの話を黙って聞いてくれた。
夢物語とも言えない老人の妄言に耳を貸してくれている若者がいる。
それだけのことがクーゲルには嬉しかった。
「でも、もう潮時ね。終わりの時がやってきたみたい」
「何……?」
ツー、ツー、と奇妙に高い音が部屋の中に響いた。
クーゲルは机の引き出しを開けて銀色の細長い板を取り出した。
それを耳に当て見えない何かに話しかけるように独り言をつぶやいた。
「そう、わかったわ」
「何をしているのだ」
「お気に入りの古代神器の一つよ。同じものが二つで一セットになっていて、遠く離れた相手と会話ができるの」
大国の
なにせ新代歴が始まるよりもずっと前に神々が使っていた道具なのだ。
「王国の輝士団がやって来たそうよ。ご丁寧にシュタール帝国から借りた対輝術師用装備で武装した五十人規模の部隊がね」
「なんだと!?」
「わたくしはずっと以前から目をつけられていたのよ。いつ調査が入ってもおかしくない状況だったの」
「しかしまだ謀反を起こしたわけではあるまい」
「理由ならいくらでもでっち上げられます。たとえばわたくしのコレクション、魔動乱期に冒険者ギルドを開いていた頃に集めた二十以上の古代神器の不法所有とかね」
「に……」
そもそも古代神器は個人で所有して良いものではない。
強すぎる力を持っているということはそれだけで危険視されるに十分な理由なのだ。
国境に近いこんな場所にそれだけの武力を集めれば、侵攻の疑いありと見なされてもおかしくない。
「罪状が決定した後で不法侵入を咎めたところで聞いてはもらえないでしょう。残念ですがわたくしの野望もここまでです」
耳を澄ませば兵士たちの足音と声が聞こえてくる。
宝物庫が発見されるのも時間の問題だろう。
小国とは言え輝士団が本気になれば金で雇った部下やフォーマーが何人いようと相手にならない。
「クーゲル殿」
銀髪の青年はとある提案をした。
その声は廊下の向こうから聞こえてくる足音に埋もれ……
しかしはっきりとクーゲルの耳に届いた。
「……あなたもなかなかどうして、とんでもないことを言い出すのね」
「私も貴女と同じだ。しかしある人のおかげで過ちに気付くことができた」
「へえ?」
「反省はいつでもできる。その前に己にしかできない事を探してみてはどうか」
「あなた、お名前は?」
「アンビッツだ」
「アンビッツ……なるほど、クイント王国の」
クイント王国との付き合いはないが勇猛果敢な第一王子の噂は聞いたことがある。
なぜ彼がこんな所にいるのかはわからないが今さら詮索することでもない。
「爵位を失ってなお領民の信頼を集め、いくつもの古代神器を手中におさめた女傑。その手腕をここで朽ちさせるのはあまりに惜しいと私は思う」
アンビッツの真摯なまなざしが自分を見つめている。
消えかかっていた己の胸の中の火がともり始める感覚を覚えた。
「いいでしょう。ならば最後にもう少し足掻いてみるとしますよ。せっかくのコレクションをみすみす寄付するのも惜しいですしね」
「そうしてくれ。ただしその剣だけは返してもらおう」
クーゲルはニコリと微笑み、名残惜しげに輝攻化武具を机の上に置いた。
「いつかまた会える日を楽しみにしていますよ。クイント国の若き王子どの」
クーゲルは部屋の隅まで歩き壁の小さな模様に手を触れる。
その途端、彼女は空間を越え一瞬にしてここではないどこかへと飛び去った。
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