147 ▽新しい武器
「びっくりしたよ。ルーがいきなりいなくなっちゃうんだもん」
「いや、いなくなったのはジュストくんの方……」
ジュストという青年、以前に刃を交えた時は剣鬼のような迫力があった。
しかし平時はずいぶんと愉快な奴のようだ。
運良く再会できたジュストにルーチェを任せビッツは一人で東町と呼ばれる区画を目指して歩いた。
宿の場所は伝えてあるので二人とはあとで合流できるだろう。
向かうのは
東町の入り組んだ路地裏を歩き武具店の主人に書いてもらった地図を頼りに工場を探す。
この辺りは町工場が乱立していて、あちこちの建物から黒い煙が吹き出し空気も悪い。
表向きは華やかな機工職人の町と言っても裏の顔はこんなものだろう。
とはいえビッツはこのような雰囲気が嫌いではない。
煤に汚れながらも皆の暮らしを支える者がいるからこそ社会は成り立っているのだ。
目当ての工場はすぐに見つかった。
ノックをしても返事がなかったので勝手に中に入る。
ものすごい熱気が全身をねぶった。
工員たちは一心不乱に働いていて誰もビッツに気がつかない。
しばらく入口でその様子を眺めているとひげ面の男が不機嫌そうな顔で近寄ってきた。
「何か用かい」
ビッツがここで作られた火槍を自分が購入したことを告げると男は表情を一変させた。
「上がっていけよ」
満面の笑みを浮かべて奥の客室に案内する。
彼はこの工場の操業を指揮する工場長。
同時に武器開発の技術者でもあるそうだ。
「あんたもモノ好きだな。俺の作った火槍は大金はたいて手に入れる価値があるものかい」
「これはそなたが考えた武器なのか?」
「いや、何年か前に変な爺さんが似たようなものを持ってきてな。現物は持っていっちまったんだがどうにか複製しようと思って研究したんだ。資金が底をついちまったんで今じゃもう作ってないけどな」
工場長は後ろの棚からビッツの買ったものと同型の火槍を取り出した。
「ない頭をひねってようやく完成させたってのに、中央町の武具店の親父みたいな武器マニアのコレクションが関の山と思うと泣けてくるよ」
「そう腐るでない。これはすべての欠点を克服すれば戦争の常識を覆すほどの大発明だぞ」
「そう言ってもらえると技術者冥利に尽きるよ」
彼は機嫌を良くしていろいろと説明をしてくれた。
一番聞きたかった弾丸の精製法もしっかりと教えてもらった。
その後はしばし戦史談義に花を咲かせていると、工場の方から彼を呼ぶ工員の声が聞こえてきた。
「おっといつまでも喋ってられねえ。そろそろ仕事に戻らねえと」
「ではそろそろおいとましよう」
「あんたのアイディア面白かったぜ。実現すりゃ本当に戦争の常識も変わるかもな」
「そなたの考えも非常に興味深いものだった。いつかまた会いに来よう」
ビッツは工場長に礼を言って工場を後にした。
※
東町を後にしたビッツは仲間の待つ宿屋へ向かっていた。
すると、路地から飛び出してきた、くすんだ金髪の少年とぶつかりそうになる。
「おっと!」
無理に避けようとした少年は地面に足を取られて躓きそうになる。
が、どうにか体勢を立て直すと文句を言う間もなく走り去ってしまう。
よくわからないがかなり急いでいる様子である。
懐に何かを抱えているのが見えたが特に詮索することもないだろうと背を向ける。
「このっ、待ちやがれっ!」
すると今度は別の人物にぶつかりそうになった。
ボサボサ頭の黒髪に秋口だというのに半袖の少年。
ダイである。
どうやら先ほどの少年を追いかけているようだ。
「なにをやっているのだ?」
なぜ彼が見知らぬ少年と追いかけっこをしているのだろうか。
ビッツが疑問に思っていると、さらに向こうから顔見知りの少女が息も切れ切れに走って来た。
「フレスではないか。一体何をやっているんだ」
「はぁ、はぁ、あ、アンビッツ王子さま。実は、ダイさんが、武器を」
「落ち着け。とりあえず呼吸を整えてから喋るといい」
しばらく彼女が落ち着くのを待ってから詳しく事情を説明してもらった。
※
ダイとフレスは二人で食堂にいた。
注文した食事が運ばれてくるのを待っていると、さきほどの少年が近寄ってきたそうだ。
ダイたちが旅人だとみるや少年は旅の話をいろいろと尋ねてきた。
人懐っこい態度にダイもすっかり気を許してしまう。
そして油断した瞬間を狙われ、ゼファーソードを持ち逃げされてしまったというわけだ。
「典型的な盗人のやり口だな。以前もスカラフに荷物を奪われていたが、彼は少し注意力が足りないようだ」
「な、なんとか取り返してあげられないでしょうか」
「ふむ」
これから先の旅を続けるにあたって、ダイのゼファーソードが無いのはパーティ全体にとっての大きな戦力ダウンである。
見過ごすわけにはいかないだろう。
「そなたの氷の輝術でなんとか足止めできないか?」
「えっと、まだ術の狙いが得意じゃないので町中では……」
ビッツはこの前のエヴィルとの戦闘を思い出した。
あの時は上手く足止めできたが、下手をしたら自分が串刺しになっていたかもしれなかった。
ルーチェがいれば簡単に捕らえることができるだろうが、彼女を探している間に少年を見失っては元も子もない。
ならば、こいつを試してみるとするか。
※
ビッツはフレスを連れて町の入口までやってきた。
逃げる人物を捕まえるなら闇雲に探すよりも逃亡ルートを予測して待ち伏せした方がいい。
しばらくすると通りの方から少年が駆けてきた。
その後ろには相変わらず必死で追いかけるダイの姿も見える。
「道を塞いで捕まえるんですか?」
「いいや、接近すれば気付かれる」
あのダイ相手にこれだけ逃げ続けられるのだ。
おそらくこの町の地理は熟知しているのだろう。
挟み撃ちにしたところで結果は変わるまい。
ビッツは道路から外れて近くの木陰に入った。
工場で手に入れた粉末化した赤石と弾丸を筒先から詰める。
木を背中につけて両手で火槍を構えた。
指を引き金にかけ、逃げる少年に照準を向ける。
「当たっても恨むなよ」
ちょうど自分がさっき立っていた場所に少年が来た瞬間、ビッツは引き金を引いた。
火のついた縄が燃料の詰まった火皿に倒れ込む。
中の赤石の粉に引火し甲高い破裂音が響く。
手の中の火槍が跳ねた。
「くっ!」
衝撃に吹き飛ばされ背後の木に背中ををしたたかに打ちつける。
話に聞いていた以上のものすごい衝撃だった。
確かにこれでは狙いを定めるなど不可能に近い。
さあ、弾はどうなった?
ビッツは体勢を立て直して通りの方を見た。
そこには尻もちをついて倒れている少年の姿があった。
怪我をしている様子はない。
が、その手の中にゼファーソードはなかった。
「な、なんだよ今の――」
「この野郎、捕まえたぞ!」
腰を抜かしたままの少年を後ろから追ってきたダイが蹴り飛ばす。
そのまま少年は前のめりに倒れるがすぐに起き上がって逃げ出した。
「ちっ、逃げ足の速い……」
ダイは少年を追わなかった。
通りの向こうに落ちていたゼファーソードを見つけたからだ。
どうやらビッツが撃った弾丸はゼファーソードに当たって少年の手から吹き飛ばしたらしい。
まあ伝説級の武器なら、この程度で破損もしないだろう。
「さて、と……」
一発撃ってみたことで、こいつの性能はなんとなくわかった。
改良の余地は十分にあることも。
※
その日は宿で一泊して翌朝に一行は町を発った。
「ちくしょう、あの盗人のガキめ……」
馬車の中、ダイはゼファーソードの修復をしながらぶつぶつ文句を言っていた。
刀身に破損こそなかったものの弾丸が当たった柄部分がへこんでしまっている。
今は拵え部分をバラして点検をしている最中だった。
御者台で馬を引くビッツはその原因が自分にあるとは言わない。
ダイは少年が勝手に転んで剣を落としたと思っているはずだ。
「ちゃんと管理しておかないからだよ。運よく戻ってきたからよかったけど、本当に盗まれちゃってたらみんなにも迷惑がかかってたんだからね」
「うるせえ。武器を買いに行って作業道具を買ってくるようなバカは黙ってろ」
「私のいんべる
「ビッツの奴もよくわからない武器を買ってくるし、戦いを甘く見るのもいい加減にしろってんだ」
「まあまあ、護身用としてなら問題ないじゃないか。ビッツさんだってあの武器が役に立つと思ったから購入したんだろうし」
「そういうジュストはなんで買ったばかりの剣を持ってないんだよ」
「え? ちゃんとここに……」
賑やかだった馬車内がさらに騒ぎになった。
一行は仕方なくマテーリアへ引き返すことになった。
現在は前衛二人が武器を使えない状態である。
「こんなところをエヴィルに襲われたら大変ですね」
「……あの、フレスさん。大変言いにくいことなんですが」
エヴィルの接近を察知したルーチェが全員に状況を知らせる。
「ちっ、面倒なことになったぜ」
茎の露出したままのゼファソードを持って飛び出そうとするダイ。
それをビッツが片手で制する。
「なんだよ」
「すまないが、ここは任せてもらえないか」
ビッツは御者台のすぐ後ろに置いてあった火槍を手に取った。
すでに馬はエヴィルの接近に気がついて足を止めている。
「私が戦いを甘く見ているかどうか、その目で確かめてもらおう」
「聞こえてたのかよ」
「あんなに大声で喋っていればな」
火槍を抱えて地面に降り立つと同時に側方の森からキュオンが現れた。
数は一体のみ。
「ルーチェ、力を借りれるか」
「あ、はい」
「昨晩のアドバイスはとても参考になった。おかげで何とか形になりそうだ」
差し伸べた手と手が触れる。
ルーチェの体から輝力が流れ込んでビッツは輝攻戦士化する。
このまま敵に向かおうとすれば、また扱いきれない力に振り回されてしまうだろう。
だが今日は違う。
ビッツはここから一歩も動く必要はない。
筒先から粉末状にした赤石と弾丸を詰め込む。
左肩を前に肩幅に開いたレの字で両脚をしっかりと地面につける。
銃身を支える左手に輝力を集中。
昨晩ルーチェから教わった『流読み』で銃口の向きを視線と一体化させ狙いをつける。
キュオンが駆ける。
こちらに向かってまっすぐに。
ビッツはためらうことなく引き金を引いた。
甲高い破裂音が響き弾が発射される。
輝粒子を纏わせしっかりと固定された銃身はぶれることがない。
輝力の残滓を込められて射出された弾丸は、まっすぐにキュオンの額に吸い込まれた。
魔犬の体が跳ねる。
後方にはね飛ばされたキュオンは地面に倒れたあとしばらく痙攣していた。
やがて赤いエヴィルストーンに姿を変えた。
「ふむ、こんなものか」
輝力でコーティングされた弾丸は輝攻戦士の一撃と同等の強度を持って敵を貫く。
弾丸の纏った輝力は射出してすぐに減衰を始めるが、計算上は三十メートル圏内ならば威力を保てるはずだ。
「ビッツさん、すごい!」
手を叩いて喜びを表すルーチェ。
その向こうには目を丸くして驚いているダイやジュストの姿があった。
子どもっぽい感情だと自覚しつつも胸がすく気分であった。
「いつまでも足手まといではいられんよ」
彼らの旅は、始まったばかりである。
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