119 五人目の仲間
出発の日の朝、鏡の前で先生からもらった術師服を着てみた。
おお、カッコいい!
内側は赤を基調にしたプリーツスカートのワンピース。
スカート部分は深緑と黄色が混じったチェック柄で一見すると学生服のよう。
上半身で一体化したコートは見た目に反して軽く、身体を動かすとふわりと靡く。
ボタンとマントの縁は金色で、胸元のちいさなリボンの中心には真っ赤な宝石が飾られている。
こうしているとなんとなく、私も一人前の輝術師みたいじゃない?
あとは少しの荷物をかばんに詰めたら旅立ちの準備は終わり。
「それじゃ、元気でね」
「また遊ぼう」
「うん。スティも、ソフィちゃんもね」
出発間際に二人と最後の挨拶を交わすと、自然と涙がこぼれそうになった。
昨日の夜、三姉妹と私は同じ部屋で一晩過ごした。
二つのベッドに四人。
私はソフィちゃんを抱きながら夜中までいっぱいおしゃべりをした。
短い間だったけど、本当に楽しい夏休みだったよ。
「ごめんね。本当は姉さんも見送りに来たかったはずなんだけど」
「病気じゃ仕方ないよ。それに、昨日のうちに別れの挨拶は済ませたから」
今朝になって、フレスさんは高熱を出して寝込んでしまった。
さっきちょっと様子を見てみたけど、確かにかなりの熱があった。
心配だったけれど、風邪をうつして旅の邪魔をしたくないという彼女の気づかいを無駄にしないため、別れの挨拶もそこそこに出発した。
結局、フレスさんのやりたい事は聞けなかったけれど、早く病気を治して目標に向けて頑張ってほしい。
「元気でな。死んだら承知しないよ」
「母さんも身体に気をつけて」
ジュストくんとネーヴェさんも最後の別れを交わしている。
いよいよ出発の時が来た。
さっきから向こうで荷物を担いだダイがイライラしながら待っている。
「行こうか」
「うん」
最後に、私とジュストくんは、出迎えに来てくれた村人たちに手を振った。
「頑張れよ、村の英雄!」
「元気でな!」
「がんばりなさいよー!」
ジュストくんにとっては生まれた故郷。
私にとっては数週間お世話になった村からの旅立ち。
大声でエールを送ってくれたスティの笑顔がとても嬉しかった。
「そういえば、ビッツさんはどこ行ったんだろうね」
昨日はあれほど一緒に行くと行っていたのに。
今朝になって忽然と姿を消してしまった。
出発までには帰ってくると思ったけれど、結局姿を現さなかったので、おいていくことにしようね。
「直前で怖くなったんじゃねーの。温室育ちの王子サマにゃ、お供のない旅は辛いんだろうよ」
先を歩くダイがつまらなそうに言う。
うーん、昨日のビッツさんの言葉、嘘だったのかなぁ。
ちょっとショック。
いや、私を好きって言ったことじゃなくてね。
旅を通して罪を償うっていう、その気持ちは本物だと思ったのに。
「仕方ないよ。気持ちが変わることもあるさ」
「かもしれないけど……」
「それとも、王子が来なくなってさびしい?」
「ぶはっ!」
な、何言ってるのジュストくん!
「だって、ルーのこと好きって言ってたし。ルーもまんざらでも――」
「違うから! 別にあの人のことなんて何とも思ってないから!」
私が好きなのはあなたなんです!
って、言えたら楽なのに……
お邪魔虫のお子様さえいなければ。
「ともかく、日が暮れる前にさっさと歩こうぜ。どうせあんなやついたところでなんの役にも立たねーし、話題に出すだけ時間の無駄だぜ」
「ほう、ならば君は一人で次の町まで歩くといい」
前方に突然現れたビッツさんが、冷淡な目でダイを睨みつけていた。
「ビッツさん、どこにいたんですか」
「麓の町まで馬車を購入しに行っていたのだ。今は下の街道に停めてある……まさか、徒歩で新代エインシャントまで行くつもりではなかろう?」
「あ」
私とジュストくんの声がハモった。
そういえば、移動手段とか全然考えてなかった……
新代エインシャント神国はここから最も遠い大国で、歩いたらどれだけ時間がかかるかわからない。
「中型の幌馬車しか購入できなかったので一人減るというのならばちょうどいい。君は歩いて後からゆっくり来たまえ」
「このイヤミ野郎……」
またもにらみ合いを始めるビッツさんとダイ。
その横からジュストくんが声をかける。
「馬車を街道に停めておいて大丈夫なんですか?」
「心配ない。見張りを頼んである」
街道に停めてあった馬車が思ったよりずっと立派だったのでビックリした。
けど、それ以上に驚いたのは、見張りをしていた人の姿を見た時だった。
「遅いです。待ちくたびれましたよ」
「フレスさん!?」
何故あなたがこんなところに!?
ちょっと待って、確かフレスさんは熱を出して寝込んでいるはずじゃ?
それだけじゃない。
後遺症は残らないとはいえ、彼女はまだ足の怪我も完治していない。
この短期間で私たちを追い抜いてビッツさんと合流するなんて、どうやっても不可能のはず。
「私、今まで村の中に閉じこもっていて、あまりに外の世界を知らなさすぎたと思うんです。だから私も連れて行ってください」
フレスさんは「それに……」と前置きして、私にそっと耳打ちした。
「ジュストのことも、まだ諦めたわけじゃないですから」
そ、それは別にいいよ。
手ごわいライバルだけど、フレスさんが元気になってくれるなら、一緒に競い合いたいと想う。
けど、
「た、ただの旅とは違うんだよ。私たちはエヴィルと戦うんだから」
いちおう輝術師としての修行をしていた私と違って、フレスさんは普通の女の子だ。
この旅の途中でエヴィルや
彼女が着いてくるにはあまりに危険すぎる。
「っていうか、病気はどうしたんですか。動いて大丈夫なんですか」
「病気なんて嘘ですよ。熱が出たフリをしただけです」
フリって……
確かに高熱があったの、手を触れて確認しているんだけど。
「足はあと二。三日で元に戻りますよ。それまでは飛んで移動しますから大丈夫です」
「飛んで……?」
「ほら、こんな風に――
楽しげに言うと、フレスさんはなんと私の目の前で宙に浮いてみせた。
「な、な……」
「ルーチェさんたちが村を出るところ、ちゃんと空から見てましたよ。その後、ここまで先回りしちゃいました」
「妹が反対するというので、私が彼女にその方法を提案した」
ビッツさんの声は私の耳を右から左に通過した。
なにを言ってるのかさっぱりわからない。
「あと、こんなこともできますよ」
そう言うと、フレスさんは小声で何かを呟き始めた。
二本の指を立て、見えない小さな弓を引き絞るように、人差し指を引くどこかで見たことのあるポーズ。
青白い冷気が指先に集まっていく。
「えい、
可愛い声で掛け声を発して親指にかけた人差し指を弾く。
彼女の指先から射出された氷の矢は数十メートル先の木に命中。
貫通してさらにその向こうの岩に突き刺さった。
「輝術師のおじいさん、私の体から出て行くときに忘れ物をしちゃったみたいなんです」
どうやらフレスさんはスカラフの術を手に入れてしまったみたい。
ケイオスを吸収しているので輝力もあり、輝言を唱える必要もない。
えっと、なにこれ。
こんなのってあり得るの?
人工の天然輝術師?
ははは、意味わかんない。
「有効活用するにしても、力を消すにしても、とりあえず大賢者様に相談してみようと思いまして。一緒に連れて行ってくれますか?」
「は、はあ……」
にこやかな笑顔に、私はそう言うしかできなかった。
その後もジュストくんがフレスさんを説得していたけど、彼女の意志は固く、どうしても村に戻るつもりはないらしい。
向こうではまだダイとビッツさんが言い合いを続けている。
私はというと、まだショックから立ち直れずに呆然としてます。
これから始まる新代エインシャント神国へ向う長い道中。
なんだか、賑やかになりそうな予感……
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