109 洞窟の中に潜むモノ
目まぐるしく変わる状況に頭が追いついていかない。
混乱する気持ちと裏腹に、修行が中止になってから途端にヒマになってしまった。
村に戻ってからというもの私はすることもなくボーっとしていた。
「どうぞ」
フレスさんがコーヒーを差し出してくれる。
私はお礼を言ってそれを受け取りながら、また考えの海に沈んだ。
エヴィル進行。
魔動乱の再来。
修行の中断。
先生も新代エインシャント神国に帰っちゃったし。
これから、どうしようかなぁ。
「ルーチェさんは、これからどうするつもりなんですか?」
フレスさんが正面に座る。
「わかんない」
先生がいなくなった以上、私がこの村ですることは特にない。
本当ならジュストくんと楽しく過ごしたい所だったけど……
それはやっぱり無理そうだ。
ジュストくんは私とは反対にとても忙しそう。
魔動乱の予兆でエヴィルが活性化したと聞き、彼は村を守るため自警団に参加して積極的に近隣の見回りを行っている。
狼雷団の残党探しも引き続き行っているらしい。
私は、どうしようかな。
せっかくある程度は輝術も使えるようになったんだし、私に力があるならみんなを守るためにがんばってみたいとも思う。
けど、やっぱり今は中途半端な状態だし。
殺されるような恐ろしいこともやっぱり嫌だ。
安全に過ごしたいのならフィリア市に戻るしかないんだけど……
「ただいま」
出かけていたソフィちゃんが帰ってきた。
そのままトコトコと無表情で私に近づいてくる。
「ルーチェ」
袖を引っ張られた。
「なあに?」
「ルーチェは、輝術師やめるの?」
うっ。
そう言えば、本格的に輝術の訓練を始めると決めたのは、ソフィちゃんから話を聞いたことがきっかけだった。
途中でやめるのは裏切りだと思われるかもしれない。
「ど、どうしようか考えてるとこ」
でも、先生から修行を打ち切られたんじゃどうする事もできない。
先生が言っていた「勝てない理由」っていうのもわからないし。
もしフィリア市に戻るなら、天然輝術師だってことを秘密にしないといけないから、一人で輝術の練習をすることもできない。
「だったら、ずっと村にいたらどうですか?」
フレスさんが名案を思いついたと言いたげに手を叩く。
「たしか、もうすぐ世界中に戒厳令が敷かれるんですよね。国家間はもちろん、
そういえば確か、村の大人の人がそんなことを言っていた気がする。
通行証をもらって帰るにしても、早いうちにしないとフィリア市に入れなくなる可能性もある。
「フレスさん……」
「ね、ソフィもその方がいいよね」
「……」
ソフィちゃんは無言。
やっぱり怒っているのかな。
「私もルーチェさんがいてくれた方が楽しいですし、お料理もライバルがいると張り合いがあります」
お互いの気持ちを確認し、村に戻ってきてからも、私たちは特に争うことはなかった。
夏休みの間だけの関係ならそうかもしれない。でも
「私がいるとフレスさんは邪魔なんじゃ」
「邪魔なんてとんでもない」
フレスさんは首を横に振って、少しさびしそうに笑った。
「好きな人が振り向いてくれない事は辛いけど、私はルーチェさんが思っているほど弱くないです。これでも待つのには慣れてるんですよ」
「でも、フレスさんはずっと前からジュストくんのこと……」
「それ以上は言っちゃダメです」
フレスさんの細い人差し指が私の唇に当てられる。
「そんな風に譲ってもらったって、少しも嬉しくなんかありません。それに、私は別にジュストの事を諦めたわけじゃないですから」
「あ、え……」
「これからはライバルですよ。お互いに頑張りましょう」
フレスさんはすごいなあ。
私だったら、恋敵相手にこんな風に堂々とできないと思う。
この人は私が思っていたよりも、ずっと強い人なのかもしれない。
家事万能で、面倒見が良くて、美人で……
「忙しくなくなったのはチャンスですよ。これからはお互いに積極的にアプローチしていきましょう」
「う、うん……」
「ルーチェさんも私に言いたいことがあったら何でも言ってくださいね」
フレスさんは温和に微笑みながら立ち上がり、二人分のカップを下げる。
「ルーチェ」
いつの間にか隣に来ていたソフィちゃんが私の服の袖を引っ張った。
「出かけよう」
「あ、うん」
「どうぞ。お夕食までには戻ってきてくださいね」
洗い桶にカップを漬けながらフレスさんが言う。
もし帰ることにするなら遊ぶ時間はもうあまりない。
せっかく懐いてくれているソフィちゃんの誘いを断る理由はなかった。
私が修行を中断したことに不満があるなら、ちゃんとそれも聞かなきゃ。
※
ソフィちゃんに先導されて村を出る。
心なしか彼女はいつもより足早だ。
向かう先はこの間の花畑。
「あー……」
視界が開けると同時に、私は気まずい気持ちになった。
花畑の一部がこの前のスカラフとの戦いで荒れてしまっている。
踏み荒らされ、氷漬けにされ、燃やされて……
私はソフィちゃんの大切な場所を汚してしまったことで、とても申し訳ない気持ちになった。
「あの……」
けれど、ソフィちゃんはそのことに対して何も言わなかった。
謝ろうとする私をよそに、彼女はさらに先へと進んでいく。
花畑のことで文句を言いに連れてきたわけじゃないのかな?
村とは反対側の森へと入る。
さっきまでの明るさが嘘のように薄暗い。
木々が生い茂り、日の光があまり届かないせいだ。
なんとなく、クイント王国へ入るときにした山越えを思い出す。
さらに進むと高い岩山が現れた。
ソフィちゃんは岩山沿いに右方向へと進む。
その足取りに迷いはなく、何度も来たことがあるのは間違いなさそう。
と、岩山に太い亀裂が入った場所が現れた。
立ち止まってこちらを見上げるソフィちゃん。
「え、ここ?」
「この中」
言うなり、彼女は亀裂の中に入っていってしまった。
上を見上げると、大きな岩が互いに支え合っていて、いつ崩れるかわからない怖さがある。
けれど先に言ってしまったソフィちゃんを無視するわけにも行かず、私もその中へと入っていった。
う、狭い……
身体の小さなソフィちゃんは楽々と通ったけど、私だとギリギリ通れるかどうかって所。胸が擦れて痛い。
たぶん、もっと大きな大人じゃ通れない。
子どものための秘密基地って感じ。
「真っ暗だね」
「ん」
亀裂の向こうはけっこう広い空間みたいだった。
だけど光源になるような者はなく、目の前にいるはずのソフィちゃんの姿すらよく見えない。
「明るくできる?」
あ、もしかして輝術を使って欲しいのかな。
ここは都市じゃないし、別に使っても大丈夫でしょう。
「
目の前にこぶし大の灯りが生まれた。
熱を持たない純粋な光。
仄かに青みがかった蛍の光が真っ暗な洞窟の中を照らした。
思った通りにその空間はかなり広い。
ただし、どこまでも続いているってわけじゃなく、目を凝らせば先はすぐ行き止まり担っていることがわかった。
「ああ……なんだ、眩しいな」
「え、何か言った?」
声がしたので、私はソフィちゃんの方を向いた。
けれど彼女はこちらを見ておらず、洞窟の奥の一点を見つめている。
「ソフィじゃない」
彼女はスタスタと先へ進む。
すぐに足を止め、奥の壁際、舌の辺りを指さした。
「あいつ」
視線を向け、私は驚いた。
そこにいたのは、人。
奥の壁から生えた鎖に何重にも固定され、みすぼらしい襤褸を纏った女性。
「ああ、また来たのかい。お嬢ちゃん」
その女性が顔を上げた。
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