101 寝過ごした二人

 それから一週間が過ぎた。


「今日はここまでにしておくか」


 先生は私の肩を掴んで空間転移の術を唱える。

 雪山から一瞬にして草原へと景色が変わる。

 いつもの修行場からジュストくんの村の近くに帰ってきた。


「明日はまた昼から始める。寝過ごすなよ」

「は、はい」


 私は草むらに倒れ込みながら先生の言葉を聞いていた。


 ……つかれ、疲れたぁ!

 今日もまた、ずっと輝術の撃ちあい。

 って言っても、ほとんどは先生の術をくらい続けるばかりなんだけど。

 それに、攻撃を受けても輝術無効化のおかげでダメージはない。

 もちろん、炎に捲かれるって体験は、死なないってわかっていても恐ろしいんだけれど……


 でも、この数日の無茶な訓練の効果は確かに出てる。

 最初の二日くらいはやられっぱなしだったけど、そのおかげで火のイメージはばっちりつかめるようになった。

 目を閉じれば常に炎に包まれているような錯覚を引き起こすほどに。

 それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけど……


 後は、それを私なりにアレンジして術にするだけ。

 それも何とか形になってきている。

 いくつかの術は名前も決めたし、制御のためのイメージも掴め始めている。

 体の奥から湧き上がってくる気持ちを表現する手段をようやく手に入れたって、そんな気がする。


 って言っても、私の攻撃はまだまだ先生には通用しないんだけどね……

 まあ、相手は伝説の大賢者様だし。

 実戦に関してはこれから頑張っていけばいいもんね。

 たった一週間でここまでできたんだから、上出来だと思わなくっちゃ。


 それもこれも、一見メチャクチャに思える特訓で私を鍛えてくれた先生のおかげ。


「やっぱり伝説の英雄は凄いんだなぁ」


 ……ふう。

 ともあれ、輝術の撃ち合いはたいへんな重労働なのです。

 もう今日は帰って寝たいと思うけど、体に力が入らない。

 筋トレのときの筋肉痛とは少し違う。

 先生が言うには輝力の使いすぎによる精神的疲労なんだって。


 うぅ、仕方ないや。

 もう少しだけ休んでいこう。

 

 気付けば先生はもうどこにもいなかった。

 私は地面に寝転んだまま、ぼんやりと薄墨色の空を眺める。


 張り詰めていた気を風に流していると、いろんな事が頭に浮かんでくる。


 私はこれからどうなるんだろう。

 立派な輝術師になってエヴィル退治に世界中をまわる? 

 言葉にして見ても現実感がない。

 だけど自分が特別だと自覚した今、平穏な生活には戻れるのかな……


 引き返すなら今しかない。

 そんな風に思っている自分もいる。

 正直まだ迷っている。

 私はどうしたいのか、何がしたいのか。


 フィリア市を脱出したのは、ジュストくんにもう一度会いたいと思ったから。

 じゃあ、今はなんでこんな事をしているの?

 私の力で弱い人を守りたいから?

 世界で一番の輝術師になりたいから?


 ……どっちもパッとしない。

 世界のためとか、最強とか、そんな大きなことまで考えられない。

 ソフィちゃんの話を聞いたときは怒りと悲しみでいっぱいになって、自分ができる何かをしたいと思った。

 けれどこうして時間が経てば、過ぎた悲劇でしかないとも思えてくる。

 当人には辛い過去だろうけど、私だってエヴィルと戦うのは怖い。


 最近になってようやく修行が面白いと思えるようになってきた。

 まだ怖いや辛いの方が上回っているけれど、自分自身が成長していく感覚は素直に楽しい。

 だけど、立派な輝術師になれてるのかと自問すれば……答えはわからない。

 私は……




   ※


 はっ。


「あれ? えっと……」


 気がつけば、周囲は真っ暗だった。

 自分が草むらの上で寝転がっているのはわかる。

 だけど視界はほとんど何も見えない。

 よく目を凝らせば遠くの木がうっすらと見えるくらいだ。


 やばい、寝ちゃってた。

 空が曇っているのか、星明かりもない。

 以前に野宿した時よりもずっと真っ暗闇だ。

 遠くで聞こえる梟の鳴き声と、風が木々を揺らす音だけが不気味に響く。

 昼間は穏やかだった森の中の広場が、途端に闇の牢獄に見えてくる。


 マズイ、どうしよう。

 こんな真っ暗じゃ手探りで帰るのも……

 って、そうだ。こんな時こそ。


蛍光ライテ・ルッチ


 私の指先に淡い光が生まれる。

 それはほんのりと周囲を照らし、少なくとも数メートル先くらいは見えるようになった。

 ……うん、やっぱりもう少し強い光にしておけばよかったかな。

 いやいや、蛍さんのせいで次のステップに進めたんだし。

 麓の町に帰るくらいならこれくらいで十分。

 さあがんばって歩こう。




   ※


 指を振ったり、念じてみたり。

 ある程度は自在に光を動かせる。

 常に私の前方一メートルの、頭より少し高い位置で固定。

 私が歩くのに合わせて光も一緒に動く。

 これなら輝光灯とほとんど同じ感覚で使える。

 後は猛獣や山賊に会わないことを祈りながら麓へと……


「よかったあ!」

「うわっ!?」


 とか思った瞬間、茂みの中から何かが飛び出してきた。

 なに、なになに何っ!?

 その何かは大声をあげながら私にぶつかってきた。

 はね飛ばされて尻餅をつく。

 いたた……


「ご、ごめんなさいっ。体当たりするつもりはなかったの! 謝るから一緒に村まで……って、アンタは!」

「スティ?」


 いきなり飛び出してきたのは、栗色の髪のツインテール娘。

 三姉妹次女の暴力娘スティだった。


「なにやってるの? こんなところで、こんな時間に」

「何って、明かりが見えたから、これで村に帰れるって……」


 彼女は大事そうに練習用の剣を抱えている。

 よく見ると服には大量の草きれがくっついていた。 


「もしかして、訓練後に休んでて寝過ごしたとか?」

「ち、違っ……」


 否定しようとした言葉が途中でつまる。

 つまり、それが答えなんだろう。

 私は思わず噴きだした。


「なにがおかしい!」

「いや、だって。私も一緒だから」

「えっ」


 私が村を出て行ったのは彼女から責められたのが原因だった。

 だからさっきまでは、彼女に対して蟠りを持ってたんだけど……

 いまの慌てる姿を見たら、なぜかどうでもよくなった。


「大丈夫だよ。村まで送るから、一緒に帰ろう」

「いや、でも……」

「いいから。一人じゃ帰れないんでしょ?」

「……」


 ちなみに私、道を覚えるのは大得意。

 視界さえあれば一度通った道は夜だって迷わないもんね。


 私が先を行くと、スティも黙って後ろからついてきた。

 あんなことを言った後ろめたさがあるからか、かなり気まずそう。

 そんな彼女の様子がなんだかおかしく思えた。

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