37 親友
「な、何――ぎゃっ!」
倒れた衛兵さんの向こうに私と同じようにフード付きのコートを被った人物が逆光に照らされ立っていた。
握った剣を振り上げもう片方の衛兵の首筋に叩きつけ気絶させる。
な、何? 何が起こったの? いったい何者?
状況が飲み込めずに呆然としていると人影が近づいてきた。
「だ、誰……?」
「いいから早くフード被りなさい。顔を見られたら一生牢獄暮らしよ」
フードの奥から聞こえたのはソプラノの女性の声。
一瞬の内に三人の衛兵さんを倒したとは信じられないくらいに綺麗な声……
っていうか。
「ナー……もがっ!」
「あほっ! 名前を呼ぶんじゃない! あたしまで犯罪者にしたいのかっ!」
おもむろに口を塞がれ説教される。
やっぱりナータだ! なんでこんな所に?
「ったく……こっそり後つけてきて正解だったわ。まさか早々にドジ踏むとはね」
間違いない、親友の顔が間近にある。
私たちは外に声が漏れないよう小声で囁きあう。
「な、なんでナータがここにいるの? 帰ったんじゃなかったのっ?」
「あんたが上手くやれたか心配で追っかけて来たのよ」
「けどどうやって? それにその衛兵さんたち、剣で思いっきり斬りつけてたけどひょっとして、こ、ころし……」
「殺しとらんわ! この年で殺人犯になる気はないっつーの。ほら刃はついてないから」
あ、本当だ。よく見たらジュストくんが持っていたのと同じ銅の剣。
「ほれ、無駄口叩いてる暇があったらさっさと動く! コレを盗むんでしょ。さっさとそのキーに合うウマを探して!」
確かに急がなくっちゃだけど、どうしてナータが手伝ってくれるの?
私の事は絶交だって言ったのに。
下手したらナータまで犯罪者になっちゃうかもしれないのに。
「貴様ら何をしている!」
「賊が侵入しているぞ!」
「ああっ。モタモタしてるからぞろぞろ集まってきちゃったじゃない!」
七、八人くらいの衛兵さんがこちらに向かって駆けてくる。
「な、ナータ。もういいよ。私は大丈夫だから早く逃げてっ」
「そっこードジったくせにどこが大丈夫なのよ。あいつらは食い止めておくから早く探して!」
食い止めておくって言っても。
「あ、相手はあんなにいるんだよ? いくらナータが剣闘部だからってこんな大人数無茶だよ!」
「いーから早くしろっ!」
大声で怒鳴ってナータは剣を構える。
「あんたが無事に盗み終わったらその隙に逃げるわよ。この状況じゃどうやったって突破なんか無理なんだから!」
そうだ、輝動二輪にさえ乗れば簡単に逃げだすことができる。
私に気を取られればナータの方にもチャンスができる。
そうと決まればナータの邪魔にならないように一刻も早く盗み出さなきゃ。
「おらぁっ!」
「ぐはっ!」
ナータは一番近くにいた衛兵さんを一太刀で昏倒させ次の敵に向き合う。
私は彼女が戦っている間、機体の一つ一つにキーを差込み合う物を探した。
五つ目の輝動二輪にキーを差し込んで回す。
と、砂をふるいにかけるような甲高い嘶きが響いた。
「やった!」
よし、後は早いところ逃げ出す!
出切るだけ敵をひき付けて気をそらさなきゃ。
ナータ待っててね……って。
振り向くとちょうど彼女が最後の衛兵さんの脳天に強烈な一撃を叩き込むところだった。
私がてまどっている数分の間に八人の衛兵たちは全て気絶させられていた。
これは流石に……予想外。
「な、ナータ、つよいんだねっ」
「当たり前でしょ。ってか名前を呼ぶなって……まあ誰も聞いちゃいないだろうけど」
近くに転がっている衛兵さんの一人を蹴り飛ばし、起き上がってこないことを確認してフードを跳ね上げる。
サラサラのブロンドが朝焼けの光を受けて輝く。
いつの間にか夜明けが近づいていた。
「……ありがとうね」
「別に礼を言われる筋合いはないわ。何度も言うけどあたしはあんたが出て行くのに反対なんだから。捕まるのは可哀想だから助けてあげただけよ」
ぶっきらぼうだけど、ナータはやっぱり優しい。
だってこんな危険を冒してまで助けに来てくれたんだもん。
涙が出そうなほど感謝してるよ。
「本当はさ、わかってたのよ」
「え?」
「あの男が隔絶街の人間じゃないって事」
「……」
「突然現れた男にルーちゃんを取られちゃったのが悔しかっただけなのよ。ただの嫉妬なの。八つ当たりもいいとこ。バカみたいでしょ」
そっか。ナータ、ちゃんとわかってくれていたんだ。
「わかってるわよ自分でも。あーあ。それで逆に怒らせちゃうんだから自分が嫌になるわ。ムキになってひどい事言っちゃったし。嘘よ、全部嘘。絶交なんてしたくないし。帰ってきて欲しくないなんて思ってない」
そっぽを向いたままの横顔は登り始めた朝日の逆光を受け、その表情まではわからない。
「ベラお姉さまからも本当はアリバイ工作を頼まれたの。勝手なこと言うなってケンカしちゃったけどね。ま、あっちも素直に聞くとは思ってなかったみたいだけど。あーあ、ほんとあたしってバカみたい。嫌いなんかじゃないわよ。ルーちゃんはあたしのこと嫌いかもしれないけど、あたしはあんたが好きよ。大好きよ」
ふと差し込んだ雲が逆光を遮る。
ナータの綺麗な顔がハッキリと見えた。
その姿はまるで絵画に描かれる女神様のように美しい。
「私もナータが好きだよ」
「知ってるわよそんなこと。あんたがあたしを嫌いなはずないじゃない」
「あはは。そうだね」
「ほら、おしゃべりしてる暇はないわよ」
「貴様らーっ!」
宿舎の方から軽装の兵が三人、抜き身の剣を構えて走ってくる。
その姿を確認したナータの表情が急激に引き締まる。
「ありゃ輝士だわ。今度はいくらあたしでも簡単には倒せないわよ。さ、もう一ふんばりしなきゃね」
「ナータも一緒に……」
これだけの衛兵さんに暴力を振るってしまったからには、ひき付けたその隙に逃げ出す作戦が上手くいく保障はない。
少なくとも一人は必ずナータの方を追うと思う。
衛兵とはまったく違う国を守る選ばれし者の称号、輝士。
当然だけどただの衛兵よりずっと武術に長けている。
いくらナータが強くっても戦いを仕事にしているようなプロに敵うとは思えない。
だったら一緒に逃げよう。
この街にはいられなくなってしまうけど、ここで捕まったらどれだけ重い罪になるかわからない。
たぶんだけど死刑もありうる。
私はナータに手を差し伸べて輝動二輪の後ろに乗るように言った。
けれどナータは私の手を取らなかった。
首を横に振り、それから微かに笑ってみせた。
「無理よ。二人で逃げたらあいつらも輝動二輪で追ってくる。それにあたしは街を出る気はないからさ」
「けどこのままじゃ」
ナータは逃げられない。
私だけ助かってもナータの犠牲の上でなんて嬉しくなんかない。
「勘違いしないでよね。掴まるつもりはないから。あたしの力は見たでしょ。さ、さっさと行って。あんたがいつまでもいるとかえって邪魔なんだから」
ナータはひらひらと手を振った。
「それに一刻も早くあの男の所に行かなきゃいけないんでしょ?」
こうしている間にもジュストくんは遠くへ行ってしまうかもしれない。
けれど親友を見殺しにもできないよ。
「ダメ、無理だよ。絶対捕まっちゃうよ」
「大丈夫だってば。あんな奴らあたしなら瞬殺よ」
「衛兵とは違う本物の輝士なんだよ。それも三人もいるんだよ」
「腕試しには丁度いいわ。ベラお姉さまだって就任初日に先任輝士五人をぶっとばしたって言うじゃない。あたしもそれくらいできなきゃお姉さまに笑われちゃうわよ」
そ、それは初耳だ。
初日に輝士五人をやっつけた?
ナータといい、うちの学校の剣闘部の人たちって何者なんだろう……
「わかったらさっさと行きなさい。あたしの力試しチャンスを邪魔しないでよね。あんたを守りながらじゃ勝てる戦いも勝てないわ」
彼女の態度は別に強がっているようにも見えない。
ナータのことだから私を安心させようとしているだけの可能性もある。
ううん、きっと本当はそうなんだろう。
けれどその意思はとても強くて、私が何を言っても揺るぐことはなさそうで、申し訳ないと思いつつも私は彼女を信じることにした。
「わかった。そのかわりナータも絶対に、絶対に無事で逃げてね。ナータが捕まって死刑にされちゃったら私イヤだよ」
「安心していいわよ。勢い余って殺っちゃうことはあってもあたしが死ぬことは絶対ないって断言するから」
「約束だよ。ナータ」
「どうでもいいけど名前呼びすぎ。逃げた後に指名手配されたらどうしてくれんのよ」
「あ……」
やばい。そういえば注意されたばっかりだった。
「まあルーちゃんがそうやって名前を呼んでくれるのは嬉しいんだけど」
「え?」
「なんでもない。そうそう、これ持っていきなさい」
ナータは担いでいたリュックを放り投げてよこした。
「薬草とかナイフとか、旅に必要そうなモノを詰めといたから」
「あ、ありがとう」
ひょっとしてこれも私のために用意してくれていたの?
本当に何から何まで申し訳ないくらい世話になりっぱなしだね。
「ナータ、これからも私たちずっと親友だからね」
少しの間離れ離れになっちゃうけど。
ナータは私にとってかけがえのない友だちだから。誰よりも大切な人だから。
「親友、ね……まあいいわ。じゃ絶交は取り消し。それと帰ってきたらいろいろと伝えたいことあるから覚悟しておいてね」
ナータはぱちりとウィンクをしてみせた。
「んじゃ行きなさい。絶対に止まっちゃだめよ」
「う、うん。がんばる」
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