2 南フィリア学園
「ね、寝ぼけることは誰にでもあるからっ。あははっ、き、気にしないほうがっ」
クラスメートのナータがぽんぽんと私の肩を叩いて慰めてくれている。
……と見せかけて物凄く楽しんでるのは明らかだね。
さっきも一番大声で笑ってたし。
お腹を抱えて机の上で転げまわっていたのを横目で見たんだぞ。
「……無理してフォローしなくてもいいよ。面白いなら思いっきり笑いなよ」
「あははっ! ふ、ふれいむしゃいなーって何! あはははははは!」
「わらうな!」
人を指差して笑うナータの口を塞ぐ。今度は成功した。
「ひあっ?」
ぬるっとした感触がして慌てて手を引っ込めた。
「な、舐めないでよっ」
「だってぇ、ルーちゃんてば強引に私の唇を塞ぐんだもん」
「へんな言い方しないでっ」
「にゃははっ」
奇麗なブロンドの髪を揺らし澄んだ茶色の瞳を細めて猫みたいに笑うナータ。
……黙っていれば美人なのに。
「おまえら、ほんとに仲いいな」
後ろの席からジルさんが会話に入ってくる。
「なーにジル。うらやましいの?」
「別に。あたしゃ女同士でいちゃいちゃする趣味はないから」
「い、いちゃいちゃなんてしてないし」
ジルさんは状況を打破の頼りになりそうにないので隣の席に助けを求める。
「ターニャぁ。ナータがいじわる言うよぉ」
「仲がいいのはいいことだよ」
そっけない返事ありがとう。
ターシャはみつあみを指に絡ませながらジルさんと視線合わせて「ねー」と笑った。
少女たちを包むのは南フィリア学園の制服。
若草色のプリーツスカート。飾り気のない純白のブラウスにはアクセントとして胸元に赤いリボンネクタイが付いているだけの簡素なデザインの夏服。
背が高くボーイッシュなジルさんと小柄なターニャではそれぞれ同じ服を着ていても印象がまるで違う。ナータに至っては同性の私からみても憧れるくらいに様になっている。
黙っていれば本当に美人。黙っていればね。黙ってれば。
「あらぁ。そんなに見せ付けちゃったかしら。ごめんねぇ」
そんな私の内心の思いに気づかずナータはこれでもかと調子に乗っていた。
「それにしてもルーちゃんも度胸あるわね。コペ婆の授業で堂々と居眠りしたあげくエヴィル呼ばわりなんて」
「言わないで」
さらなる追い討ちを繰り出してくるナータ。この娘はどこまで私を追い詰めるのか。
「午後の授業は眠いし。運が悪かっただけと思えばいいんじゃない?」
ああ、フォローしてくれるのはターニャだけだよ。
それに対してナータってば天使の笑顔で私の傷をえぐる。
「ところでどんな夢を見てたの?」
「聞かないで」
「そんなこと言わないでおねえさんに言ってごらんなさい」
「いわない」
「いいなさい」
「恥ずかしいからそっとしておいてっ」
「『我は
「ナータのばか! ばか! ばか!」
「ばかとか言うのはこの口かぁ?」
むにゅーっと両頬を圧迫されて唇が尖る。私はたこか!
抵抗しようにもナータの方が力が強いからビクともしない。この細い身体のどこにそんなちからが。
横で見ているジルさんは楽しそうに笑っているし。
ええい何もかもが腹立つわ。
「ま、いいわ。ところで今日は何時に集合する?」
ナータは手を離していきなり話題を変えた。どうなのこのマイペース。
「もういい。ナータなんか嫌い。一緒に出かけたくない」
「あや、怒った?」
「いっぱい傷ついた。今日は家に帰って一人で泣く」
大げさにふてくされてみせるとナータは申し訳なさそうに私の顔を覗き込む。
「ごめん、ちょっと言いすぎた。悪かったわ。ごめんね」
小首をかしげて不安そうな上目遣いで謝ってくる。
……もう、そんな顔されたら許さないわけいかないじゃない。
「もういわない?」
「いう」
「ばかばかばかばかばか! 絶対もう出かけない!」
「ごめんなさい。もう言いません。『チャオ』でミリオンスイートパフェ奢るから、許してください」
「本当!?」
ルニーナ街の喫茶店チャオのミリオンスイートパフェ。
ああ、その名前を聞くだけで口の中に広がるみりおんのすいーとがたまらなく幸せな気分にしてくれるんだよ。高くて一度しか食べたことないんだけど。
モノに釣られるなんて我ながら情けないけどここは意地を捨ててもいい所だと思う。
「許してくれる?」
「ゆるす。ナータだいすきっ」
「暑いってば」
抱きついた私を引き剥がすナータの顔は笑っている。
「どっか出かけんの?」
ジルさんが尋ねてくる。
「ん。今月発売の
「悪い。今日は練習がある」
「部活はまだ休みじゃないの」
「今日は一年を連れて遠征練習」
バスケ部はもうすぐ夏季大会なんだっけ、運動部は大変だぁ。
「ターニャは?」
「私はちょっと親の付き合いで出かけなくちゃいけないから……」
「貴族会?」
「うん」
「いいなぁ」
「疲れるだけだってば。頭の固い老人を相手するのは大変なんだよ」
お嬢様然とした外見に反して毒舌なターニャさんです。
私としては豪勢なパーティに出られるのがうらやましいだけなんだけど、旧貴族の名家のお嬢様にはいろいろと気苦労があらせられるらしいですわ。
二人とも忙しいなら仕方ないか。
「じゃ、二人で行こっか」
「あたしは構わないわよ」
家でゴロゴロしてるのもつまらないもんね。ナータと二人なら退屈しないし。
「ところでそろそろ次の授業行かない?」
「次の授業って?」
「移動教室だよ。
すっかり帰り支度をしていたのでターニャの言っている意味がよくわからなかった。
「まだ五時限目だからもう一時限あるぞ」
ジルさんが丸めた輝術理論の教科書を振ってみせる。
よく見ればターニャやナータもしっかりと教科書を準備してるし。
「まだ寝ぼけてるの?」
「さすがエヴィルと戦うほどの輝術師さまね。高等学校レベルの輝術理論なんか受ける価値もないらしいわ。じゃ、あたしたち普通の学生は真面目に勉強してくるから」
「ナータのばか! ばか!」
私は慌ててカバンに詰めた輝術理論の教科書を取り出し、さっさと教室を出てってしまった薄情なナータたちを追った。
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