♯108 ハラペコのバニーガール
それから俺たちは行き倒れのウサ耳少女を馬車の中へと保護し、ユイとミリーの回復魔術をかけようとしたところで、ユイがその必要がないことに気付いたようだった。
「あれ……? カナタ。こちらの方は特に怪我をしているわけではないみたいです。どこにも外傷はありませんし……」
「え、そうなの? それじゃあなんで倒れてたんだ?」
疑問の俺たちに対し、ウサ耳少女は目を閉じたまま、口を開くこともなく応えた。
――ぐうぅぅ~~~~~~~~~~~~!
と。
その腹部から、凄まじい音を立てて。
それはまるで、マイクで拾った音を音量マックスにしたかのような音で応えたのである。
「…………え?」
あまりの爆音に呆然としていた俺たち。
俺だけではなく、きっと全員が何か野聞き間違いかと思っただろうところで、ウサ耳少女がパッとそのまぶたを開く。
目が合った。
ウサ耳少女は、ぷるぷるとその左手を宙に伸ばして言う。
「ご、ごはんをください。パンでも……フルーツでも……なんでも……」
そして、ぱたっとその手を床に落とす。
「……へ? も、もしかして、腹を空かせて倒れていた……とか?」
だとしたらまるで漫画のキャラである。
俺がそうつぶやいたときには、既にリリーナさんが馬車に積んでいた食材袋を持ってきてくれていた。
「すぐに食べられて消化にも良いのはフルーツでしょうか。とりあえずこれを」
リリーナさんがそこからリンゴによく似た赤い果実を取り出すと、へなへなになっていたウサ耳少女の耳がピーンと勢いよく立つ。
ウサ耳少女はがばっと起き上がってリリーナさんの手を握ると、そのままリリーナさんの手ごとパクッと大口に加えてしまった! それにはさすがのリリーナさんもぞぞっと身をすくめる。
彼女は果実だけを咀嚼し、なんとも気持ち良さそうな笑顔で言った。
「んんんんんっっっ! ――ぷはぁ~~~! なんと豊かな甘み! わたし生き返りました!」
その大声にポカーンとなる俺たち。
リリーナさんの手は彼女の涎でベトベトになっていたが、噛みあとはついてはいない。なんとも器用な食べ方だった。
それから、また彼女のお腹が大きな音を立てて鳴く。
そしてウサ耳少女はキラキラと目を輝かせて食糧袋を見つめた。ユイの身体くらいのサイズはあるその大袋には、まだまだ食糧の余裕がある。分けても問題はないだろう。
俺とリリーナさんは視線を合わせ、それからお互いにうなずく。
リリーナさんが言う。
「まだ十分にありますが……お食べになりますか?」
「お話が早いですね! それではありがたくいただきましょう!」
ウサ耳少女はリリーナさんから食糧袋を受け取ると、なんと水筒の水でも飲むかのように袋を口にあてがい、その中身すべてを
『ええええええっ!?』
さすがにそれには全員が仰天。
だがウサ耳少女は何も気にすることなく、頬袋いっぱいに食べ物を詰め込んだリスみたいになりながらもぐもぐと咀嚼し、ごくんと呑み込んでしまう。ぷはぁ、と実に幸せそうな笑顔を浮かべている彼女だが、その手の袋はすっかり空っぽになっていた。
「や、えっ!? ちょ、ちょっと待って! ええっ!? い、今何が起きたの!?」
めちゃくちゃ慌てる俺。完全に我が目を疑った。
いやだってこの食糧袋の中身は俺たち全員が旅をするのに必要な分の食糧なんだぞ! それを一気に食べられてしまってはとても敵わない! ていうか今どうやって食べたんだよ!? わずか数秒だぞ! 数秒の間に数日分の食糧が全部食われた! なんだよこの子吸引力の変わらない掃除機かよ! どんなサイクロン技術だよ!?
「――あ、すみません。あまりに空腹だったもので、ついつい全部食べてしまいました。それで、おかわりはありませんか?」
悪びれた様子もなく、無邪気にニコニコと微笑むウサ耳少女。
俺は半ば混乱したままで話す。
「いやいやついって! もうないよ! それで全部だよ! つーかまだ腹減ってるの!? そもそも今どうやって食べたの!? どんな魔法なの!?」
「ふふふ、お可愛らしい方ですね。女のお腹は宇宙なのです。謎と不思議と愛おしさに満ちているのですよ」
「何言ってるの!? フードファイターなの!?」
「言い得て妙ですね。食とは戦い、生きるための戦争です。ああ、私は今日も食べ物のありがたみを知りました。これも神様のお導きですね」
勝手にうんうん頷いて満足するウサ耳少女。その動きに連動して頭のウサ耳がふりふりと揺れ、豊かな胸元がたゆんと動く。
よく見れば彼女はいわゆるバニーガールのような衣装を着ていて、大胆に開いた胸元へつい視線が引き寄せられたが、今はそんな場合ではない。
そもそも道中のための食糧をすべて食べられてしまったのだ。ちょっとしたピンチである!
シャルは空っぽになった食糧袋を手に、感心したように言った。
「よくもまぁこれだけの量を……まるで魔法だな……。いや、貴女が生気を取り戻したことは何よりだが、しかし、今夜の食事はどうしたものか……。リリーナ、何か案は?」
「水だけは十分にありますが、ここはヴァリアーゼの領内でも特に辺境の地。水辺もございませんし、満足な狩りが出来るかは不明です。すぐに陽も落ちますし、暗くなってしまえば狩りは難しく、そもそも食用可能な動物がいるかどうかも不明です」
「ハイ! アイはおいしい野草しってます! きっとこのあたりでもとれるとおもいます!」
「ありがとうございます、アイリベーラ様。お心強いです」
「そうか……ううむ、しかし人数がな。どうしたものか」
腕を組んで思案するシャルと、手を挙げてアピールしてくれるアイ。
そこでウサ耳少女がぴょこぴょこと耳を動かし、少し大げさに頭を抱えるようなリアクションをして言った。
「ああ、ああ。これは大変申し訳ないです。私のせいで皆さまの貴重なお食事がなくなってしまったのですね。それでは是非、私の家でお礼をさせてくださいな。時間も時間ですし、皆さま揃ってお泊まりになっていってください。温かい食事と寝床、そして何より大切なお風呂をご用意しましょう」
「え? い、いいんですか? ていうか近くに家が? こんなへんぴなところなのに? 風呂まで!?」
「ええ、ええ。わたしといえば、義理人情に厚い女ですからね。命の恩人を助けるのにそれ以上理由は要りません」
いきなりの提案に驚く俺。
でも見渡す限り平原なんだが、一体家なんてどこにあるんだ?
「おかげさまで十分に
そう言うと、ウサ耳少女はまたぴょこぴょこっと頭の白い耳を動かし、パチンと指を鳴らして微笑む。
すると彼女の頭上に幾何学模様にも似た魔方陣が出現し、それはくるくると回転しながら広がって馬車全体を包み込む。
「うわっ!? な、なんだこれ!」
「カナタっ、こ、これはっ?」
「ちょっと! なにこれどうなってんの!」
すると場が無重力にでもなったかのように俺たちの身体が浮かび上がり、ユイやミリー、それにみんなも不思議な浮遊感に包まれて困惑する。
ウサ耳の少女は穏やかに微笑みながら告げた。
「手厚く歓迎致します。
次の瞬間、俺の視界は眩しい光に覆い尽くされた――。
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