♯106 新たな秘湯へ
そこへ、後ろから声がかかった。
「シャルロット。行きたいなら行ってもいいんだよ」
その声の主は、クローディア王子。
ゆっくり歩いてきた王子は、シャルのそばでにこやかに言った。
「今までは我がヴァリアーゼのことだけを考えてきた君が、遺跡から帰ってきて以来、どこか遠い目をするようになった。悩む時間も増えていたように見える。それは、僕の勘違いではないだろう」
「で、殿下……」
「いつ言い出すのかと待っていたんだけどね。カナタくんについて行きたいのだろう? なぜ本心を隠すんだい」
そう尋ねる王子に、シャルは表情を曇らせる。
「……私は、ヴァリアーゼの騎士団長です」
「そうだね」
「第一騎士団長として、皆を束ねる責があります。国民を守る義務があります。何より、騎士として仕える国を離れるわけにはまいりません」
「……そうか」
「個人的な感情で、動くわけにはいきません。だから……私は……」
そんなシャルに、テトラとアイリーンが後ろから抱きつく。リリーナさんもそっと傍らに寄り添った。
――ああ、やめてくれ。
せっかく気持ち良く進めそうだったのに、また後ろ髪を引かれてしまう。
そう思ったときに、王子がその名前を呼んだ。
「シャルロット」
「はい」
「国のために命を賭す覚悟はあるね?」
「もちろんです」
「ならば命令だ。勇者を守りなさい」
「……え?」
王子の言葉に、シャルだけでなくその場の全員が同じ反応をした。
「聞こえなかったかい? 勇者を守りなさい、シャルロット。それが命令だ」
「殿下……し、しかし! 私はヴァリアーゼの騎士で!」
「だからだよ。ヴァリアーゼの騎士は国のために命を懸けて戦い、人々を守る。カナタくんたちは既にヴァリアーゼの名誉国民である。そして彼は、世界のために戦う勇者でもある。シャルロット。君の役目はその手助けをすることだ。今までにないほど重大な任務だよ」
「殿下……」
「ヴァリアーゼの騎士道を忘れてはいないね? 主に忠義を尽くし、その命尽きるまで守る。君はその覚悟を持って騎士になったはずだ」
王子の力強い言葉に、シャルは心を打たれたように目を開く。
「君はまだ若い。今後のために見聞を深めてくる良い機会でもあるだろう。行きなさいシャルロット。そして必ず勇者を守り、その聖剣を国へ持ち帰ること。約束だ」
シャルはしばらくじっと王子と目を合わせて。
それから、大きくうなずいて応えた。
「はっ! そのご命令、必ずや全う致します!」
膝をつき、聖剣を掲げて誓うシャル。
王子は自らの聖剣をシャルの頭に軽く当て、ニッコリと笑った。
「殿下。であれば一つ、図々しくもお願いがあります」
「なんだい?」
「リリーナ、テトラ、アイリーンの三名を護衛に連れて参りたいのです。戦うことしか出来ない私には、彼女たちの力が絶対に必要です。そして、彼女たちは必ずカナタ殿たちのお役に立てる!」
その発言に、リリーナさん、テトラ、アイリーンがまず大きく驚愕し、そして表情を明るくしていった。
王子はすぐにうなずく。
「優秀な騎士とメイドを四名も失うのは痛いが、仕方ないね。皆、準備をしなさい」
そんな命令に最も喜んだのは、やはりテトラとアイリーンだった。
「はい! よっしゃーアイリーン急ぐぞ! ほらほらっ早く!」
「う、うん! すぐに準備してきますシャルロット様!」
と、走りだそうとした二人の行く手を遮ったのは――
「その必要はありません」
パンパンになったいくつもの革鞄とトランクのような荷物を持っているリリーナさん。テトラとアイリーンはギョッとして立ち止まった。
「当面の間、旅に必要となるものはすべて詰めてあります。テトラ、アイリーン。すぐに馬車に積みなさい」
リリーナさんの言葉に、二人はしばらく呆然としていて。
「聞こえませんでしたか?
「「……は、はいっ!!」」
揃って大きな声で答え、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて荷積みを始めていく二人。
そんな光景に俺もシャルも、ユイ、アイ、ミリー、そして王まで呆然としていて、注目を集めたリリーナさんは咳払いをして赤くなり、さすがにみんな笑い出した。
シャルが言う。
「リリーナ。やはり君は優秀だな」
「ヴァリアーゼのメイド長として当然のことです」
そうして俺たちは王子や王女たちに見送られながら、新たな仲間を四人も加え、いっきに賑やかになった馬車は再び動き出す。
あの日、遺跡から戻ってきた日のように、俺とシャルは御者台に並んで座っていた。
荷台では、みんなが楽しそうに話を続けている。
「カナタ……その、突然こんなことになってしまって……。ヴァリアーゼの騎士として、迷惑をかけてしまったことをすまな――」
「ストップ」
俺はそこでシャルの口を封じ、それから横目で言った。
「これから長い間一緒にいるんだろ。いちいちそんなこと言ってたらキリないよ」
「カナタ……」
「それに、俺も嬉しいんだ。やっぱ、シャルたちとはもう少し一緒にいたかったしさ。みんなが一緒にいてくれると、心強いよ。ユイたちもそう思ってるはずだ」
それだけ言って、手綱を引く。
シャルはしばらく黙っていて、それから前を見て言った。
「……なら、ただのシャルロット・エイビスとして言おう。ありがとう、カナタ。礼ならいいだろう?」
「ああ、こっちこそありがとな、シャル。これからもよろしく。護衛、期待してるぜ?」
「任せてくれ!」
お互いに手を結ぶ。
こうして俺たちは、また新たな場所へ向かって旅だった――。
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