♯100 シャッターチャンス

 少し悩んだものの、俺は話すことにした。

 どうせ明日にはここを離れるわけだし。ていうか黙ってて後で知られる方がこえーし!


「えーっとですね、実はその、格闘中にちょっといろいろ見てしまって。だからそのー……やっぱり謝らなくちゃいけないのはこっちっていうかなんというか…………」

「いろいろ……? カナタ様、それはどういう意味でしょうか?」

「あーだからそのー…………リ、リリーナさんの……」

「私の?」

「ス…………スカートの中が……ですね……」


 あの光景を思い出してしまう俺。

 大人っぽい黒の下着と、セクシーなガーターベルト。まったく突然現れたあの神秘的光景に思考が一瞬ストップしてしまった。

 あのとき、俺はとっさに【瞬間記憶シャッターチャンス】の才能――見たモノを絶対に忘れない能力――を発動させており、すべてがバッチリ脳に焼き付いていた。だからいつでも鮮明に思い出すことが出来る。

 黒い下着の細かなやディテールや、ガーターベルトとの艶めかしい相性。美麗な肌とのコントラストさえハッキリと――ってダメダメ! リリーナさんがいる前で何やってんだよ俺! それにたまたまだから! たまたまとっさに使っちゃっただけだから! 悪気ないからぁ!

 


 するとリリーナさんはしばらくキョトン顔で呆けていて、次第にじわりと頬が赤くなっていき、そしてまた頭を下げた。


「…………大変、お見苦しいものを、お見せ致しました……」

「え? いやいやむしろすごく素晴らしいものだったわけで! それでつい意識が持ってかれちゃったっていうか! もしあれがリリーナさんの作戦だったらやばいなぁなんて思ったりもして! だとしたら最強の作戦ですよね! あ、あはは!」


 リリーナさんは驚いたように目をパチパチとさせて、それからぼそっとつぶやいた。



「…………私のようなものでも、お気に、召されますか……?」



 固まる俺。

 何を言われたのか一瞬わからなかった。

 まさかリリーナさんがそんなことを言うとは思わなかったから。


 俺は、少し緊張しながら答える。


「そ、そりゃあ、リリーナさんくらい美人さんの下着とか見えちゃったら、その……お、男なら誰でもああなると思いますけど……」


 ちょっと恥ずかしかったが、正直に言ってみた。

 リリーナさんはどこか呆然としていて何も返してくれなかったが、なんとも気恥ずかしい雰囲気になる。

 やっぱり、なんだか普段のリリーナさんとは違う気がする。

 そう思った俺は、ひとまず布団から出ようとしたのだが――


「――っと! とととっ! いてっ!」


 起き上がった瞬間に頭がくらっとしてしまい、そのままベッドから落ちて顔を打った。


「カナタ様!」


 リリーナさんが慌てて俺の上半身を起こし、膝枕をしてくれる。


「す、すんませんリリーナさん!」

「無理に動いてはいけません。まだお休みください」

「なんかちょっとクラクラして……。えと、も、もう少し、このまま、いいですか?」

「いくらでも」


 すぐにそう答えてくれるリリーナさん。

 目を閉じて頭を落ち着け、いくつかの才能を検索して身体を安定させていく。もう少し休んでいればすぐ楽になるだろう。本当は蹴りをもらった直後にこうしていれば意識を保てただろうが、それだけリリーナさんのあの光景に動揺してしまっていたのだ。


「……リリーナさん。その、ユイたちは?」

「はい。皆さまは共に夕食作りを。カナタ様の回復に役立つものを作ると、ユインシェーラ様も張り切っておりました」

「そうですか……リリーナさん料理好きなのに、すいません」

「とんでもございません。私自らカナタ様のご看病をなかば強引に担当させていただきましたので。すべて、私の責任です。申し訳ありません……」

「あはは、気にしすぎですよ。お互い真面目に訓練してたんですし、仕方ないっす。つーか自業自得だしなぁ」

「し、しかし……ご主人様を気絶させるなど、メイド失格もよいところで……」

「いいんですって。そのおかげでリリーナさんに膝枕なんてしてもらえたし、役得ですよ。いやぁ、出発前最後の日にこんなことしてもらえるなんて嬉しいなぁ」


 リリーナさんを励ますつもりでそう言った俺に、リリーナさんはまたしばらくキョトン顔だったが、やがて小さく笑ってくれた。けど、それを俺に見られたとわかるとすぐに顔を逸らしてしまう。

 あーくそっ! 今の笑顔こそシャッターチャンスじゃんかよ! 才能使っとけばよかった!

 ……でも、まぁ見られただけよしか。


「へへ。リリーナさんの笑顔、かなり貴重なんで嬉しいっす」

「こ、このようなもの……いくらでもご自由に……」

「じゃあもう一度笑ってもらえます? ばっちし脳内保存しとくんで! 俺そういう才能も持ってるんですよ!」

「えっ…………そ、そのようなことを言われてしまいますと、その……」

「はは、やっぱそうっすよね。すいませんいきなり」

「い、いえ………………あの、カナタ様」

「なんすか?」

「まさかとは思いますが…………私の、スカートの中を……」

「あっまた急にクラクラしてきた! やべー! すいませんもう少し休ませてください!!」


 ――やべえええ自爆してしまったああああああ!

 メイドさんのスカートの中を才能で記憶してるなんて完全にヘンタイご主人様じゃん! 言い逃れ出来ないじゃん! ヤバイ怖すぎて目を開けられない!

 

 ともかくしばらくこのまま調子が悪いフリをして膝枕でやり過ごそう――なんて思っていると、頭上から小さな笑い声が聞こえた。


 俺が目を開けると、リリーナさんは怒ってはいなかった。


「カナタ様は誤魔化しがお上手ではないですね。心拍数も上がっておりますし、こうして頭を預かっていると熱を持っているのがよくわかります。何より喋り方が不自然でしたし、挙動も不審です」

「ぐっ……す、すんません……つい出来心で……!」


 観念した俺に、リリーナさんはいつも通り平静を保って言う。


「いえ。決して嫌な気持ちではございませんので」

「……え?」


 リリーナさんはそれ以上何も話さず、俺はしばらく彼女の膝の上でぼーっと休んでいた。

 階下からみんな何か騒いでいる声がわずかに聞こえる中で、俺は後頭部の柔らかな股の感触を楽しみながらつい眠りそうになってしまう。

 

「……カナタ様」

「はーい?」


 リリーナさんが俺を呼ぶ。

 彼女は一拍を置いて、覚悟を決めたように凜とした表情で言った。



「……少し、個人的なお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」


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