雨上がりの後に
姫宮未調
忘れられるはずがない
──あの日、俺はとんでもないことをした。
確かに何かを撥ねてしまった。
十年経っても忘れることなんて出来なかった。
□□□□□
──あの日、私は親とはぐれ、大きな何かに跳ね飛ばされた。気がついたら病院にいた。
……そこで私は光を失ったことを知った。
□□□□□
……雨の中、取り立ての免許、云千万の高級車。
俺は彼女と友人たちに自慢したくて乗せてやった。
おまえたちと仲良くしてやって、こんな高級車に乗せてやってるんだぞと。
外は土砂降り、車内は爆音と彼女と友人たちのバカ笑いに充ち、気分は雨でも上場だった。
食べこぼしも今日だけは許してやる。
そう愉悦に浸っていた瞬間、視界の悪い道を照らしていたライトが黒い影を浮かび上がらせる。
人? 俺には女性に見えた。
ヤバいとブレーキを踏み、ハンドルを切ったが酷く鈍い嫌な衝撃音がした。
「きゃあ! 」
「うわ! 」
止まると同時に、パニック状態の彼女と友人たちの状況確認もせず、雨の中に慌てて飛び出す。
……ぶつかった衝撃を感じた。確実に誰かを撥ねた。そこには、人所か動物1匹すらいなかった。
だが、暗くても薄らとわかる。ライトに照らされながら雨に流される多量の血水が見えた。
「……もう、なーに? 何もないじゃない。急に止まるからビックリして頭打ったー! 最悪」
その声にハッとする。
助手席に座っていた彼女が傘を差し、半ば怒りながら隣にやって来ていた。
彼女には血は見えていない? もう1度見ると血水は土砂降りの雨に洗い流されていた。
□□□□□
ガバッと起き上がる。酷い汗を掻いていた。
「……またあの夢か」
あの日から十年。あれを切っ掛けに彼女と別れ、あの時の友人たちとは縁を切った。車も買い替えた。
毎日ニュースや新聞など探し回ったが、それらしき記事は見当たらなかった。
俺は怯え続けた。訴えられでもしたら勘当だけでは済まない。今時、息子の不祥事を揉み消してくれる親など稀だ。金があればあるだけ自分が可愛いのだから。むしろ、一般人の家族の方が情がある。
「あと5年……。って、何言ってるんだよ」
俺は頭を抱えた。
罪から逃れたいのか? 逃げたい気持ちはある。でも……、償いたい気持ちも少なからずあるんだ。
□□□□□
……光を感じ、ゆっくりと体を起こす。
「あら。
ガチャリと言うドアノブの音と共に母がやってきた。
「ええ、おはよう」
声のする方に顔を向け、微笑む。
面影の母を想像して。
私は目が見えない。生まれつきではない。
10年前、突然奪われたのだ。
何故かも覚えていない。
覚えているのは体に感じた重い衝撃の感覚と、耳に今も残る雨音のような耳鳴り。耳鳴りのような雨音。
酷い雨の日だったと、両親とはぐれ数時間後に近場の山の中で泥だらけの失血状態で発見されたと聞かされた。
私は何も覚えていない。記憶にないまま、光を奪われていた。
誰かが私の人生を滅茶苦茶にしたと言う思いに支配された。しかし気掛かりはその日、酷い雨なのに何故そこに迷い込んだのかがわからないままだったこと。
10年で慣れたとはいえ、見えなくなった恐怖は今も変わらず。思春期に受けた衝撃は私を蝕んだ。
心はあの頃のまま止まってしまった。
周りはきっと色々と変わっている。私だけ知らないまま。
……表面だけは明るく繕い、母に伴われ、今日も病院へと重い気分で向かった。
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