アンドロイドと感情

「少年と少女の会話、ってところですかね?」

「みたいだな」

「なんだか初々ういういしくて、かわいい」

「そうだな」


 やーん、と女はへんな声をあげ両手りょうてで自分の体をいた。


「女の子はおそらくさっきのアンドロイドちゃんですかね。部品がびた、とか言ってましたし。ちょっとぶっきらぼうな子なんですね。でも、髪留かみどめをもらってとっても嬉しそうなのが伝わってきます。ああもう、かわいいなぁ」


 女はくねくねと奇妙きみょうな動きをする。


「男の子は……だれでしょう?」


 となりに立つ男に女が問いかけると、男は返答をしぶるように、うめき声をあげた。


「……はかしたにいるやつだろうな」


 その言葉に女はぴたとうごきをめた。男は小さくため息をつく。


「お前は見ていなかったみたいだが、墓標に名前がきざまれていた。男の名前だ。そして、そいつは多分人間だろうな。じゃなきゃつちしたになんていない。アンドロイド同士だったらおそらく相方あいかためはせんだろう。機械はめてもつちかえらん」


 女の表情がゆっくりとかげっていく。


「あのじょうちゃんが少年をめたんだろうよ。一体どんな気持ちだったんだろうな」


 そっか、と女はくるしそうにつぶいた。男は居心地悪いごこちわるそうに壁際かべぎわまで歩いていく。


「アンドロイドに感情なんてなければいいのにな」


 ひとり言のように男がぼそりと続けた言葉に、女は突然とつぜん声をあらげた。


「そんなことありません!」


 いきおいよく立ち上がり、キッと男の顔をにらみつける。コンクリートの破片はへんがばらばらと音を立ててらばった。


 男はおどろいて女のほうに振り向き、次の言葉を待つようにじっと女を見据みすえた。


「そんなこと、あるわけ、ありません……」


 しりすぼみしていく声に、男は申し訳なさそうにふたたび顔をそむけた。


「……悪かったよ」


 コンクリートの家の中が重苦おもくるしい静寂せいじゃくつつまれる。


 感情がたかぶったせいかぐったりとした女は、かべあずけずるずるとすわりこみ、ひざかかえて顔をうずめた。


 長い沈黙ちんもくのあと、女は少しだけ顔を上げると訥々とつとつと語りはじめた。


「ハウスロイドがいたんです、私の家。家事をしてくれるアンドロイド。私と同い年くらいの女の子で、オリーブ色のかみが綺麗だからそのままオリーブって名前つけました。学校が終わると私はあの子に早く会いたくて、さきに家に帰りました。家のドアを開けてただいまって言うと、あの子はいそいで玄関まできて満面まんめんみで『おかえり』って言ってきついてくるんです。家事の合間あいまには二人ふたり他愛たあいのない話をしたり、おそろいの髪型かみがたにしていっしょに公園で遊んだりしてました。とても、大切な家族でした」


 過去の記憶をなつかしむ女の表情は、少しだけやわらいでいた。


「あの子が家にきて一年った日でした。誕生日のようなものですかね。私はあの子に、髪留かみどめをプレゼントしたんです。不思議な偶然ぐうぜんですよね。あの子はとてもよろこんでくれました。毎日つけるねって言って、本当に毎日つけてくれてたんです」


 そこで言葉を切った女は、両目を右の手のひらでおおった。


「プレゼントをおくった二ヶ月後、あの子はこわれました」


 男は息をのむ。


「とてもありふれた話ですよ。車にはねられたんです。子供が道路に飛び出てしまって、それをかばって。それはもうひどい状態でした。背中せなかからこしにかけてのパーツは何がなんだかわからないくらいにぐちゃぐちゃで、両足と左手はもげていました。顔の合成皮ごうせいひは深いきずでぐずぐずで、本当にあれがオリーブだったのか分かりませんでした」


 アンドロイドは、人間の生命せいめいかかわる危険を看過かんかできない。ゆえに、かばわざるをえなかったのだろう。


「私が現場にいた数分すうふん後に、あの子は動かなくなりました」


 女は息を深くいた。


「すごく混乱しました。あの子を大切に思っていたからいまこんなにも悲しくなっているのかな、大切にしなければよかったのかなって。でも、動かなくなる前にあの子は『悲しんでくれて、ありがとう』って私に言ったんです。それで、だから……」


 女はかみをかきみだすと、そのまま口をつぐんだ。ややあって、ぐったりとした様子で口を開いた。


「すみません、頭がうまく回らなくて、何を言いたいのかよくわからなくなってしまいました」


 そうか、とだけ男は言葉を返した。


「なんだか疲れてしまいました。今日はもう寝ましょう」


 そう言うと女は男にを向け横になった。


「毛布くらいかけろバカ」


 男は持っていた荷物の中からうすい毛布を引っり出し、丸まっている後輩にそっとかけた。

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