第19話 青色の髪
敵味方の区別なんて、曖昧なものでしかないでしょう?
「折角こんな所まで来たんだし、ちょっくら俺と遊んでいけよ。なあ……ユリアン・サーヴェン」
決まった……!
やべえ、この登場の仕方は格好良過ぎだろ! うわ、鳥肌立ってきた。
顔がにやけるのを必死に堪えながら、サイザンは相手方の様子を伺った。女にはあまり手荒な真似はするなと言われているが、背が高い男に関しては特に指令を受けていない。
放っておくか。殺すのも面倒だし。
そう判断したサイザンは肩に担いだ鎌を少しずらして、視線を黒衣の魔術師に移した。
「おう、久し振りじゃねえか」
「そう言えばそうですね、サイザン・ハーネット。今日もザーシャを追って、都からはるばるやって来たんですか?」
ふざけた口調で喋ってはいるが、ユリアンも、そしてサイザンと名乗った青年も、その目には欠片ほどの笑みも見えない。
「そういう事だ。いつもお前に邪魔されて目標に逃げられちまうからな。今日こそはお前をボコボコに叩きのめして、目標を捕獲させて貰うぜ」
すうっ、とサイザンの金色の眼が細くなった。
「その台詞、そっくりそのままお返しします」
そう言って、ユリアンは杖を構える。
「魔導、騎士団……?」
驚いたようにそう呟いたクライドの言葉に、ユリアンは首を少しだけ動かして二人のほうを見た。
「そう。彼の相手をする事は、相当に危険を伴います。少なくとも、レイリさんを守りながらどうにかできる相手ではない」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、ユリアンは囁いた。
「僕が彼を引き付けている間に、お二人は身を隠してください」
「でも……」
「分かった。どこで落ち合えばいい?」
レイリの言葉を遮って、クライドが囁き返した。
「島の反対側で、遺跡に身を潜めていてください。後から追い付きます」
そう言うなり、ユリアンはと軽い音をたてて地面を蹴った。それを見たサイザンも、瓦礫と木の根の上を器用に駆けてくる。
杖と大鎌の柄が激突した瞬間、ユリアンが叫んだ。
「行ってください!」
「仲間を逃がす算段か?」
ユリアンよりも体格で勝っているサイザンは、力に任せて上からぐいぐいと押していく。それを下から受け止める形になったユリアンにとって、分が悪いのは明確だった。
「――くっ!」
鎌を受け流し、ユリアンは大きく後ろに飛んだ。ちらりと後方に目をやると、レイリが目を大きく見開いて立っていた。
「レイリさん、何やってるんですか! 早く!」
「お連れさんより、自分の心配したほうが良いんじゃねえか?」
ユリアンの顔面すれすれを鎌が通過し、黒い前髪が数本はらはらと落ちた。
腕力では、完全にユリアンのほうが劣っているのは明白だ。リーチの点でも、サイザンのほうが上。つまり、ユリアンにとっては圧倒的に不利な状況だ。
逆に間合いを取れば、やや有利になるか? いや、飛び道具無しでは少々きついか。
忙しく頭を働かせていると、またも斬撃が襲いかかってきた。それを躱したユリアンは、懐から短剣を抜き放つ。
あの鎌はかなりの重量があるし、機動力なら勝ち目はある。一気に懐に飛び込んで、一撃で決める。
ユリアンは左手に短剣を構えて再度地面を蹴った。
「……何やってんだよレイリ! さっさと行くぞ!」
クライドの声で、レイリは我に返った。
「あー、クソッ!」
「うわあっ!」
いきなり足が地面から離れたのに驚いて、レイリは思わず声を上げた。クライドが、レイリのベルトを掴まえて持ち上げたのだ。そのままひょいっとレイリを肩に担ぐと、クライドはユリアンの方を一瞥して走り出した。
あっという間に、ユリアンとサイザンの姿は木に隠れて、レイリの視界から消える。
「ちょっと、降ろしてよ」
「ダーメだ!」
「戻ったりしないから! ちゃんと自分で走るよ!」
「本当か?」
「本当だってば! とにかく担ぐのはやめて!」
そんな問答の末、少し離れた場所まで走ったところで、やっとレイリは降ろしてもらえた。クライドのほうが走るのが速いので、レイリには付いて行くのが精一杯だ。二人は海沿いに、ユリアンに指示された方角に向かって無言で走り続けた。
「……だいぶ遠くまで来たな。ここまで来れば、速度を落としても平気だろ」
暫らくして、クライドはゆっくりと歩き始めた。二人は、廃墟と化した街の中を、少しでも遠くへと歩き続ける。石と漆喰で出来た建造物が所々崩れている上に、木の根や草に足を取られて歩きにくい事この上なかった。
「ねえ……さっきのサイザンって人、誰?」
すっかり荒くなってしまった息を整えながら、レイリが尋ねた。
「魔導騎士団……国軍の中の、武術と魔術の双方に長けた精鋭ばかりが集められたエリート集団だ。それも、何とか部隊とか言ってたし、滅多に表には出て来ないような危ない奴かもしれない。そんなのが出て来るって事は、相当の大事だ」
それを聞いて、レイリは俯いた。
「……大丈夫かな」
クライドは大袈裟に溜め息を付いて、レイリの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「うわっ! いきなり何すんの」
「馬鹿野郎。あいつが、あのユリアンが、勝算も無しに敵に突っ込んでく訳ねえだろ。あいつは、俺達があの場に居たら危険……いや、足手纏いにしかならないと判断したから、俺達を逃がしたんだ。魔導騎士団ってのは、そんなに甘っちょろいモンじゃねえんだよ。……それにしても」
クライドは、がりがりと頭を掻いた。
「前々から思ってたけど、レイリって腕はそこそこ立つくせに、すげえ世間知らずだよな。どこのお嬢様だ?」
痛い所を突かれた。
思わず答えに詰まってしまい、そのせいで誤魔化すには不自然な程に間が開いてしまう。
「……あ、言いたくないなら言わなくてもいいぞ!」
沈黙に耐えられなかったのか、妙に明るい口調でクライドが言う。暫らく考えた後、レイリは顔を上げた。
「ねえ、クライドは別の世界の存在って、信じる?」
「あ? ……俺は魔術師じゃないから、そういうのはなあ……」
唐突な質問に戸惑ったように言ったクライドは、レイリの顔を見た。
「その異世界から来た、とかそういうオチか? 言い訳にしちゃ、スケールのでかい話だな」
「結局信じてないでしょ、それ」
怒ったようにそう言ったレイリは、方角を確かめる為に、倒れた柱の上によじ昇った。クライドもレイリの隣に立つと、慌てたように言う。
「悪かったよ。別に、信じてないとは言ってない。ただ、あんまりにも突拍子ない話だったから」
「……そうだよね」
「へっ?」
「あたしも、未だに信じられてない。だけど、ザーシャにあたしの友達がさらわれて、それを捜さなきゃならない。だから、信じる信じないの問題じゃなくて、あたしは進むしかない」
一気にそう言って、レイリは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……そう自分に言い聞かせてなきゃ、怖くて足が竦みそうになるよ。情けない事にね」
レイリの言い方があまりに自嘲的だったせいか、掛ける言葉が見つけられず、クライドは黙って遠くに目をやった。
「……行くぞ」
「うん」
二人が倒れた柱の上から降りようとした、その時。
「……あの」
突然、後ろから若い女性の声が二人の耳に飛び込んで来た。
「なっ……誰だ! どこにいる!」
「ここです」
「だからどこだってば!」
「あの、足元……」
辺りを見回していたレイリとクライドは、足元に目を落とす。
二人が立っている瓦礫の下はそのまま海になっていて、深さも結構有りそうだった。満潮時には、レイリ達の足元にまで水が来るのかもしれない。
その水の中から、青い髪の少女の頭だけが、さながら生首のようににゅっと出ている。
「わあっ!?」
「きゃっ」
思わずレイリが大声を上げて飛び退くと、その声に驚いたように少女も首を竦めた。
「あれ、あんた……」
クライドがしゃがみ込んで、少女の顔をしげしげと眺める。
「人の顔ジロジロ見ちゃ、失礼だってば」
「人の顔見て叫ぶほうが失礼だと思うんですけど……ってんなこたぁどーでもいいんだよ、見ろ!」
ぽかんとして二人のやり取りを見ていた少女を指差して、クライドが言った。
「こいつ、さっき海蛇に襲われてた奴だ!」
「ええっ?」
レイリも、クライドの隣にしゃがみ込んで少女の顔をよく見る。確かに、先程の少女だった。
「あ、はい……その節はどうも……」
軽く会釈した少女に、クライドは言った。
「なあ」
「何でしょう?」
「とりあえず、水から上がらないか?」
瓦礫の上に上がって来た少女の身長は、レイリより少し高かった。レイリと、それほど歳は変わらないのだろう。真っすぐな青い髪を腰の辺りまで伸ばし、同じ色のひらひらしたドレスを着ている。身に付けている装飾品も、高価そうなものばかりだ。色の白さではユリアンに勝るとも劣らない、といった感じで、顔料でも塗っているのか、唇も真っ青だ。
若干の幼さを残す顔立ちの中でも印象的なのは、その青い瞳だった。ほぼ円に近いような丸い形をしているので、どこか魚を思わせる風貌をしている。
全身からぽたぽたと雫を垂らしながら、少女は深々と頭を下げた。
「助けて頂いて、本当にありがとうございました。あの、お怪我などはありませんよね」
「ああ……俺達に関しては無事だが、連れの一人が居なくなった」
クライドが、複雑な表情で答えた。
「魔女の方、ですか?」
「……?」
顔を見合わせたレイリとクライドを見て、少女は首を傾げた。
「お連れの……ほら、黒髪の方です」
どうやら、ユリアンの事を言っているらしい。どこをどうしたら魔女という表現が出て来るのかいささか疑問だが、そこはスルーされた。
「いや、あいつじゃなくてもう一人の方。青い髪の」
クライドの答えを聞いた少女は、胸の前で手を打った。
「ああ! 実は私、その方の事でお話があったのです」
「おい、どういう事だ? あいつがどこにいるのか知ってるのか?」
「はい」
「どこだ? シエラは、今どこにいるんだよ!」
クライドに詰め寄られた少女は、その白い手を伸ばして海の中を指差した。
「この近くの海底にある、洞窟の中です」
え? という風に動きを止めたクライドを見上げて、少女は言った。
「私は『海原の民』の姫、メアルと申します。この度、『大地の民』であるあなた方に、折り入ってお話があるのです。どうか……私達を、助けては頂けないでしょうか」
少し強くなり始めた潮風が、立ちつくす二人と少女の間を通り過ぎた。
第20話に続く――
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