第3話 本音を言えずに

 その日の放課後、

私はこの学校の転校生、 駒寺彩人に校内を案内していた。

掃除を押し付けられていたが、

どういうわけかこの転校生が手伝ってくれた。

そのお陰で随分早く掃除が終わった。

正直あまり気が乗らなかったが掃除のお礼ということもあり、 それを引き受けた。

私自身気分の入れ替えには丁度良かったのかもしれない。

一通り校内を案内した後、 何故か一緒に帰っていた。

どちらかが話すというわけでもなく、 淡々と二人並んで歩く。

後ろから夕陽が私たちの背中をさすのが分かる。

冬が近いということもあり、 肌に当たる風が少し冷たい。


 誰かと帰るなんていつぶりだろう。


 そんな中ふと、 駒寺は私に質問をしてきた。

 何でいじめなんかにあっているのか。


 私は言葉に迷った。

そんな彼女の表情を読み取ったのかそうでないのか、

彩人は話を続けた。


「今日、 学校に来る途中に偶然見たんだよね。 学校の裏の廃墟に誰かが机を捨てに行くの。 自分に関係ないことだから放っておこうと思ったんだ。 面倒なことに首を突っ込みたくないしね。 けれど君の教室に行ってすぐに分かったよ。 あぁイジメられてるのはこの女子何だって 」


 「ちょっと待ってよ。 何で分かったのさ。

 私がアイツらにイジメられてるって 」

 「やっぱりイジメられてたんだね。

  何で分かったかって言ったよね。 君今日死ぬつもりだったでしょ 」


 それも当たってる。 何で私が自殺しようとしたのが分かったのか。

このことは誰にも言ってない。

そもそも今日来たばかりの転校生が分かるはずもない。

何で? どうして?

そんな疑問が頭の中でぐるぐる回る。


 「まぁイジメがあるっていうのは、 あの机の文字や傷を見てなかったら分らなかったんだけどね。 それを見たから偶然分かったことで、 あとは教室でホウキを持ってる君を見て納得したよ 」

 「待って。 イジメがあるのが分かったっていうのは理解できた。

 でもホウキなんて、 たまたま持ってたかもしれないでしょ? 」

 「アハハ、 それもそうだね。 でも・・・ 」


 彼は優しく笑いながらこう言った


 「僕には――― が見える力があるんだ 」


 その声は踏切の音で遮られたけど、 私にはわかった。


「あ、 じゃあ俺こっちだから。 また明日学校でね。 えーっと名前そういえばこれだけいてまだ名前聞いてなかった。 教えて? 」

「えと・・・ 辻風色葉つじかぜいろは。 これが私の名前 」

「そっか・・・色葉か。 うん! いい名前だね! じゃあね色葉!

また明日も学校で! 」

「え、 あ、 うん。 また明日」


 そう言い残し彩人は家に駆けて行った。

そして彼女も静かに歩き出す。

心無しかほんの少しだけ足取りが軽くなっていた気がした。

それも彼女が気づかないような些細なものだったが。

彼女は家に着くなり真っ直ぐ自分の部屋へと向かった。

今日のことが、 あまりにも彼女にとっては衝撃だったのだ。

ご飯も食べずに部屋のベッドに横になる。

・・・ 今日は本当に色々あり過ぎた。


 色葉はベッドでうつ伏せで布団に潜ってた。

枕に頭をうずめ今日のことを振り返る。


 ――本当に疲れた。 あんなに話したの久々だったかも。

あの木山に反抗するのは面白かった。

後は、 そうだ。 机半分にしたのは緊張したかも。

長い間まともに人と話してないし、

何より男子と机を共有するのは少し恥ずかしかった。

それから校内を案内して・・・ ってあれ私今日のこと楽しかったって思ってる?

毎日無気力に生きて

寝てる時も起きてる時も

幸せなんて感じなかったのに。

・・・ そうだよね。

本当は明日何て来る予定じゃ

無かったんだよね私。 それなのに。


 —―また明日、 か。

明日・・・ きっとあいつらは私に復讐してくるんだろうな・・・

もしあいつがあっち側についていたら?

私のことを一緒にイジメてくるんだろうか。

って何を考えてんだろう。 今までだってそうしてきたはず。

ただ都合の良いように使われて見捨てられて人形のように従っていた。

そうだ。 気を許したらそれで負けなんだ。

あいつがいつ裏切るかなんて分からないじゃないか。


 —―あれ・・・ 何で。


 気が付くと枕が濡れていた。 それは彼女の瞳から零れたもので

自身が拒否しても収まる気配はない。


 —―おかしいな。 こういうことには慣れていたはずなのに。

何で・・・ 何でなんだろ。


 今日のことが鮮明に思い出されていく。


 —―もう嫌だよ・・・ イジメられるのなんて。

何で私がやられなきゃいけないのさ。


 そう思うと苦しくて悔しくて自分が情けなくて、

泣きたくないのに涙が零れ落ちる。

誰か、 誰か助けてよ・・・ その声は誰にも届かない。

普通の学校生活を望んだだけなのに待っていたのは彼女に対するイジメだった。


 —―やっぱり耐えられないよ。一人じゃこんなの背負ささえきれない。


 少女は静かに泣いていた。

誰にも聞かれることのないその声は

今にも弱々しく消えてしまいそうだったが、

彼女は思い出す。

また明日と言った彼の言葉を。

優しく子供っぽい笑みを浮かべていた彼の顔が、

彼女の脳裏に焼き付いていた。


 —―駒寺なら救ってくれるのかな。


 期待は持ちたくない・・・ 持ちたくないけど、

去り際の優しい笑顔が忘れられなかった。

彼の言葉を思い出しているうちに、

いつの間にか瞳から落ちる雫は乾いていた。


 そして同時にもう一つのことを思い出す。


 ――そういえば別れ際に変なこと言っていたっけ。


 それは二人が別れる際に踏切音と丁度重なった

男子生徒の言葉。

彼女は急激な睡魔に襲われて考えるのをやめた。

その言葉を呟いたのは彼女の寝言だったのか、

それとも寝る直前に発した言葉だったのか。

それは彼女にしかわからない。


 駒寺彩人のあの言葉。


 —―僕には人の寿命が見える力があるんだ。







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