第47話 ファーファ! 頼む、動くな!! 動くんじゃないーーっ!!


「ドクター、お話し中失礼します。資料操作はもうよろしいでしょうか。業務が滞ってきましたので指示をしたいのです。ここに待機はいたしますので」


 菅野女史が絶妙なタイミングで割り込んできた。

 うむ、と答えるハイドン。

 有難うございます、とクールに答える菅野女史。ハイドンの傍らに立ったまま、タブレットを片手で支えるともう片手だけで表面を叩き始めた。

 5本の指が目にも止まらぬ速さでキータッチしていく。


「り、リストの超絶技巧みたい……」

 志戸が呆気あっけにとられながら呟く。リスト? なんだそれ?



 スタタタタタ……と微かな音をさせる菅野女史の隣で、ハイドンは握ったままのリモコンで志戸を指した。


「では、超心理学とは何か。君、わかるかね?」


 分かるわけないだろうが。


「わ、わわかりません……」

 志戸が律儀に答える。

 さっきも同じような事やっていたな……。


「ふむ。よく知らん者がオカルトのように騒いでおるが、心外である。ココロとモノ、ココロ同士の相互作用について科学的に研究するものだ。自然科学や物理学で説明しきれない事象を合理的、科学的に解明する。日本語で『虫の知らせ』という事象があるが、なぜ起きると思う?」


「ドクター。お話がずれております」

 菅野女史がタタタタとキータッチをしながらドクターに割り込んだ。



「うむ。また超心理学については改めて講義しよう」


 何を言ってるんだ、この爺さん……。



「結局、なにが言いたいわけ?」

 じれた悦田が食って掛かる。博士の話に飲まれていた皆が、落ち着きを取り戻してきたようだ。

 菅野女史の声でハイドンの独壇場だった空気が変わった。

 自分の研究分野の事になるとどれだけでも喋る博士を、菅野女史は上手くコントロールしているように思える。


「うむ。では、本題だ」

 今のが前置きだったのかよ。


「実は、そのステラが一瞬光ったのだ。数十年間、何も反応が無かったステラが、だ。今年の3月頃だ」

 声が少し熱を帯び始めたか?


 ……半年ちょっと前か……ん?


「微かな光だったが、我々は歓喜した! 歓喜したのだよ!! 消えたと思った炭にまだ火が残っていたのだ!!」


 講義口調だったハイドンが突然声を張り上げた。

 ハイドンという爺さんがどういう人物なのか、徐々にわかってきた気がする。


「何に反応したのだろうか!? この機会を逃すわけにはいかん! そうだろう? 我々は改めて様々なアプローチを行った。そして、昨日! 非常に大きな反応が返ってきたのだっ!!」


 ファーファが胸ポケットの中で身じろぎした。

 先ほど映されたつるりとした表面の石……。


 そうだ! 遥か彼方の宇宙で守っているファーファたちの仲間!!

 モニタの向こうで見ているだけだが、虹色の光を失った塊に似ている!


 思わず志戸を見下ろす。

 志戸も何か言いたそうに見上げていた。


 やはりか! 志戸がそう見えているのなら、きっとステラはファーファたちの仲間なのだろう!!



「我々はこの物体を0.001グラム単位で刻み、ナンバリングして管理した。数千の薬品に浸し、数百万気圧サブテラパスカルを掛け、80億ボルトの電子をぶつけた」

 ハイドンの口調は、熱っぽい科学者のそれだった。


「そう、あらゆる実験に無反応だったステラが反応したのだよ!」


「そ、そんな……」

 志戸が泣きそうな顔をして、ミミの居るだろう胸ポケットを手で押さえている。

 気が付けば、俺もファーファを守るように胸ポケットに手を当てていた。


 ファーファの仲間が細切れにされ、薬品に浸され、圧縮される……俺たちが必死になって守っている仲間が……。

 志戸、わかるぞ。

 自然とファーファたちが凄まじい実験を受けている姿が脳裏に浮かんだ。

 ハイドンは知らないから仕方ない。そうは思っても感情は抑えられなかった。

 実験されているのはファーファたち自身じゃない……。

 でも、だ!


 ハイドンが俺たちを見据えた。


「君達は、ステラと関係があるな」


 背筋に冷たい電気が走った。

 いきなりきた。

 断定だ。


 ファーファたちを知られるわけにはいかない。

 科学のためと称して、彼女たちを実験体にするのは今の話で容易に想像がつく。


 話が逸れていたんだ。このまま過ぎればと願っていた。


 まずい……。

 息が浅くなってきた。

 深呼吸……しないと。

 いや、それよりもどう答えよう。

 相手は大人だ。

 志戸、お前はすぐ顔に出る。変な顔をするなよ……。


 俺は前に出て、ハイドンたちから志戸の姿を遮るように間に入った。


「ステラの反応は常時チェックされておる。今日も突然ステラが反応した。奇しくも気が付いたが、君達がトイレに入っている時刻だ。そして、君達は模型の飛行機を自然ではないなんらかの方法で動かした」


 回りくどい言い方だ、トップシークレットの情報を共有させてから突き付けてきた。

 いや、これが科学者であるハイドンの言い方なのだろうか。


「す、ステラは元気なんでしょうか!?」


 驚いた。突然、志戸が震える声でハイドンに問いかけたのだ。振り向くと、ちんちくりんの志戸が泣きそうに、そして必死の表情でハイドンを見ていた。


「なるほど。興味があるか?」

 頷く志戸。

 俺は怒る気にはならなかった。なんとなく志戸らしい。こいつはまったく……。



「うむ。わかった」

 そういうと、ハイドンは老齢とは思えぬ身のこなしで俺たちに背を向けると、リモコンを持ったまま大仰に両手を広げた。

 

 ハイドンの部屋に重いモーター音が響いた。


 突然の動きに悦田の表情が驚きに変わる。俯いていた先輩が顔を上げた。


 広めの部屋の壁、その一面が横に割れた。目の前の壁が無機質なモーター音とともに上下に滑らかに開いていく。


 志戸が呆然としている。

 悦田の瞳に力が入る。

 先輩の目が大きく見開かれる。


 ガラスか? 窓のようなものが現れてくる。そして――


 分厚いガラス窓の向こうは、眩しいほどの白い世界だった。巨大な部屋を見下ろす形だ。

 中央に向かって天井から無数のケーブルが伸び、何かに集約されていた。

 たくさんの白衣を着た研究員が部屋を歩き、コンソールについている。

 ケーブルの先には小さなカプセルがあった。

 天井付近、部屋をぐるりと囲む何枚もの巨大スクリーンモニタ。そこには、


 カプセルの中の、つるりとした表面の、小さな小さな石が映されていた。


 突然、俺の胸ポケットが跳ねた!!


 ファーファ!! 動くなっ!! 飛び出すんじゃない!!!!


 先ほどからポケットを押さえたままだったので、周囲には見られていないはずだ。

 志戸はうずくまっている。あいつもミミが飛び出そうとしたのをとっさに押さえたのだろう。


 ファーファ! 頼む、動くな!! 動くんじゃないーーっ!!

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