第47話 ファーファ! 頼む、動くな!! 動くんじゃないーーっ!!
「ドクター、お話し中失礼します。資料操作はもうよろしいでしょうか。業務が滞ってきましたので指示をしたいのです。ここに待機はいたしますので」
菅野女史が絶妙なタイミングで割り込んできた。
うむ、と答えるハイドン。
有難うございます、とクールに答える菅野女史。ハイドンの傍らに立ったまま、タブレットを片手で支えるともう片手だけで表面を叩き始めた。
5本の指が目にも止まらぬ速さでキータッチしていく。
「り、リストの超絶技巧みたい……」
志戸が
※
スタタタタタ……と微かな音をさせる菅野女史の隣で、ハイドンは握ったままのリモコンで志戸を指した。
「では、超心理学とは何か。君、わかるかね?」
分かるわけないだろうが。
「わ、わわかりません……」
志戸が律儀に答える。
さっきも同じような事やっていたな……。
「ふむ。よく知らん者がオカルトのように騒いでおるが、心外である。ココロとモノ、ココロ同士の相互作用について科学的に研究するものだ。自然科学や物理学で説明しきれない事象を合理的、科学的に解明する。日本語で『虫の知らせ』という事象があるが、なぜ起きると思う?」
「ドクター。お話がずれております」
菅野女史がタタタタとキータッチをしながらドクターに割り込んだ。
「うむ。また超心理学については改めて講義しよう」
何を言ってるんだ、この爺さん……。
「結局、なにが言いたいわけ?」
じれた悦田が食って掛かる。博士の話に飲まれていた皆が、落ち着きを取り戻してきたようだ。
菅野女史の声でハイドンの独壇場だった空気が変わった。
自分の研究分野の事になるとどれだけでも喋る博士を、菅野女史は上手くコントロールしているように思える。
「うむ。では、本題だ」
今のが前置きだったのかよ。
「実は、そのステラが一瞬光ったのだ。数十年間、何も反応が無かったステラが、だ。今年の3月頃だ」
声が少し熱を帯び始めたか?
……半年ちょっと前か……ん?
「微かな光だったが、我々は歓喜した! 歓喜したのだよ!! 消えたと思った炭にまだ火が残っていたのだ!!」
講義口調だったハイドンが突然声を張り上げた。
ハイドンという爺さんがどういう人物なのか、徐々にわかってきた気がする。
「何に反応したのだろうか!? この機会を逃すわけにはいかん! そうだろう? 我々は改めて様々なアプローチを行った。そして、昨日! 非常に大きな反応が返ってきたのだっ!!」
ファーファが胸ポケットの中で身じろぎした。
先ほど映されたつるりとした表面の石……。
そうだ! 遥か彼方の宇宙で守っているファーファたちの仲間!!
モニタの向こうで見ているだけだが、虹色の光を失った塊に似ている!
思わず志戸を見下ろす。
志戸も何か言いたそうに見上げていた。
やはりか! 志戸がそう見えているのなら、きっとステラはファーファたちの仲間なのだろう!!
「我々はこの物体を0.001グラム単位で刻み、ナンバリングして管理した。数千の薬品に浸し、
ハイドンの口調は、熱っぽい科学者のそれだった。
「そう、あらゆる実験に無反応だったステラが反応したのだよ!」
「そ、そんな……」
志戸が泣きそうな顔をして、ミミの居るだろう胸ポケットを手で押さえている。
気が付けば、俺もファーファを守るように胸ポケットに手を当てていた。
ファーファの仲間が細切れにされ、薬品に浸され、圧縮される……俺たちが必死になって守っている仲間が……。
志戸、わかるぞ。
自然とファーファたちが凄まじい実験を受けている姿が脳裏に浮かんだ。
ハイドンは知らないから仕方ない。そうは思っても感情は抑えられなかった。
実験されているのはファーファたち自身じゃない……。
でも、だ!
ハイドンが俺たちを見据えた。
「君達は、ステラと関係があるな」
背筋に冷たい電気が走った。
いきなりきた。
断定だ。
ファーファたちを知られるわけにはいかない。
科学のためと称して、彼女たちを実験体にするのは今の話で容易に想像がつく。
話が逸れていたんだ。このまま過ぎればと願っていた。
まずい……。
息が浅くなってきた。
深呼吸……しないと。
いや、それよりもどう答えよう。
相手は大人だ。
志戸、お前はすぐ顔に出る。変な顔をするなよ……。
俺は前に出て、ハイドンたちから志戸の姿を遮るように間に入った。
「ステラの反応は常時チェックされておる。今日も突然ステラが反応した。奇しくも気が付いたが、君達がトイレに入っている時刻だ。そして、君達は模型の飛行機を自然ではないなんらかの方法で動かした」
回りくどい言い方だ、トップシークレットの情報を共有させてから突き付けてきた。
いや、これが科学者であるハイドンの言い方なのだろうか。
「す、ステラは元気なんでしょうか!?」
驚いた。突然、志戸が震える声でハイドンに問いかけたのだ。振り向くと、ちんちくりんの志戸が泣きそうに、そして必死の表情でハイドンを見ていた。
「なるほど。興味があるか?」
頷く志戸。
俺は怒る気にはならなかった。なんとなく志戸らしい。こいつはまったく……。
「うむ。わかった」
そういうと、ハイドンは老齢とは思えぬ身のこなしで俺たちに背を向けると、リモコンを持ったまま大仰に両手を広げた。
ハイドンの部屋に重いモーター音が響いた。
突然の動きに悦田の表情が驚きに変わる。俯いていた先輩が顔を上げた。
広めの部屋の壁、その一面が横に割れた。目の前の壁が無機質なモーター音とともに上下に滑らかに開いていく。
志戸が呆然としている。
悦田の瞳に力が入る。
先輩の目が大きく見開かれる。
ガラスか? 窓のようなものが現れてくる。そして――
分厚いガラス窓の向こうは、眩しいほどの白い世界だった。巨大な部屋を見下ろす形だ。
中央に向かって天井から無数のケーブルが伸び、何かに集約されていた。
たくさんの白衣を着た研究員が部屋を歩き、コンソールについている。
ケーブルの先には小さなカプセルがあった。
天井付近、部屋をぐるりと囲む何枚もの巨大スクリーンモニタ。そこには、
カプセルの中の、つるりとした表面の、小さな小さな石が映されていた。
突然、俺の胸ポケットが跳ねた!!
ファーファ!! 動くなっ!! 飛び出すんじゃない!!!!
先ほどからポケットを押さえたままだったので、周囲には見られていないはずだ。
志戸はうずくまっている。あいつもミミが飛び出そうとしたのをとっさに押さえたのだろう。
ファーファ! 頼む、動くな!! 動くんじゃないーーっ!!
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