第27話 偲辺市忍ばないエクスプレス
何が起きたかは、ミミの送ってくる映像と音声を、鏡モニタで見ていた俺たちにもわかった。
『やられたッ!』 悦田の声が飛ぶ。
2台前を走っていた高規格型救急車――ハイメディックが交差点に入った瞬間、ウインカー無しで突然右折したのだ。
セローのハンドルに後付けされたタコメーター。そのカウンターが一気に跳ね上がるのが見えた。同時にエンジンが激しく吼える。
とっさに追いかけようとセンターラインをはみ出し、車列から飛び出した悦田の目の前に、対面から軽自動車が突っ込んでくる。
「アッちんッ!!」
『ッたくもうッ!!』
地面を蹴り飛ばし、強引にフロントを立て直す。オフローダー特有の取り回しの良さで、軽の鼻先数センチをやり過ごす。
『靴底、傷むじゃないッ!!』
そのまま交差点に突入。車体を右に倒れ込ませて右折――するところに対面から大型トラックが突っ込んできた。激しいホーンクラクションとヘッドライト、エアブレーキ音が叩きつけられる。悦田はセローを倒れた姿勢のまま、受け流すかのようにボディを回転、対向車線にそのままテールランプから突っ込ませた。
足を載せたままのステップが路面を削り、火花を撒き散らしながら滑っていく。右折待ちの対向車と大型トラック、その隙間をすり抜け、逆走状態でしばらく滑走するセロー。
高速空転するリアタイヤが激しい煙を噴き上げ、再びアスファルトに食らいついた瞬間、弾かれたように猛加速した。あっという間に左折し、ハイメディックに追いすがっていく。
「バレたか?」
『バレたわね』
相手のこの動き。既に追跡は見つかっていたのだろう。今まで走り続けていたのは、追跡者の様子を見ていたのに違いない。
しかもこんな派手な追いすがり方だ。間違いなく――
轟轟という風切り音の向こうで、ハイメディックが赤色回転灯を回し、サイレンを鳴らし始めた――
やっぱり緊急車両にしやがったか。
「しかし……お前、ムチャクチャだな」
『なにが?』
「バイクの運転」
免許を取って1年経ってないはずだ。まぁ、どれだけ経っていてもあの運転はとんでもないが。
『結構乗ってるからよ。このバイク、軽くてイイわね』 しれっと答える。
どんな運動神経と図太い根性してんだよ。
『今、図太い根性してる、とか思わなかった?』
どんな読心術だよ。
サイレンを鳴らしつつ減速もせず交差点を通過するハイメディック。その後方を疾風のようにセローが追いかける。
『よーし……そこまでして逃げるんなら……トコトンやってやろうじゃないのッ!!』
隠れる気を一切なくした悦田。対抗心に火がついたようだ。
頭を抱える俺。おたおたしている志戸。
『このぉ! 先輩をかえせーッッ!!』
進行方向の全ての車両が次々と道を開けていき、凄まじい勢いで後方に飛び去っていく
『ぜったいに、追いついてみせるからーーーーッ!!』
※※※
舞台が郊外に出て行く幅広の国道に移ると、セローは徐々に離され始めた。
街中では食らい付いていたバイクだが、もはや完全に力任せの追跡劇になっていた。
セローはオンロードもこなせるオフローダーだが、5速全開でぶん回し続けているとさすがにヘタレ始めてくる。風防無しの風圧や緊張の連続で悦田もバテてきたようだ。
景色は街中から郊外へ、そして山あいに変わり、暗めの国道を走る車両はこの2台以外には無い。引き離されたままそこそこ長くて知られるトンネルに突入した。
再びサイレンと赤色回転灯を消したハイメディックが、オレンジ色に満たされたトンネルの中、軽くカーブした先を走っていく。
出口が近づき、一台の対向車が通り過ぎていった。
そして、オレンジ色の視界から出し抜けに山間の暗闇が現れる。
『あれ?』
少し前方を走っていたハイメディックが、いつの間にか居なくなっていた。
わき道、交差点もない直線道路が続いているにも関わらず、消えたのだ。
焦った悦田がその周囲を何度か往復するも、ハイメディックはおろか、分岐路も見つけられなかった。
道路わきに停車した悦田がヘルメットを脱ぐ。
『アーッ! もう!! くやしいーーーーーーーーーッ!!』
悦田の声が暗い国道に吸い込まれていった。
「先輩……アッちん……」
一部始終を一緒に見ていた志戸が呆然としたまま呟いた。
「志戸……まずは落ち着け。ゆっくり深呼吸だ」
努めて冷静に声をかけた。
「仕方ない、今夜はここまでだ」
いつもの志戸の雰囲気じゃない。
「……大丈夫か、志戸?」
2ヶ月前、俺に話しかけてきた時よりももっと思いつめた表情だった。
「……その、なんだ……店で何か選べよ。おごってやるから……」
しかし、先輩を連れ去るなんて……一体誰だ。どこへ連れ去ったんだよ。なんだよ! 何のためだよ! クソ! なんてことしやがるんだ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます