Brilliant Winter
こうやとうふ
第1話
僕の視界は、色が無い。
数年前の事故が原因で、全て白黒、モノクロに見える。
だから、周りの人間とは見え方の違いでよくケンカになった。
人間の得る情報の80%は視覚からだと言う。
僕にはそれがほとんど無いのだから、残りの20%で補って、折り合いをつけていくしか無かった。
正常に見えない世界。それでも、興味惹かれるものがあった。
視覚がダメなら、聴覚。
僕は、音楽を聴くことが好きになった。
だから音楽に逃げ込もうとしたけど、マニアのような人達には全く叶わない。
モノがうまく見えないから、楽器を弾くことすら難しかった。
だから今は、聴くことが好きだ。
音楽、ラジオの放送などはもちろん、鳥の囀り、川の流れる音もそうだ。
音楽は好きでも、楽器を弾くことは、一生無いと思っていた。
そう、彼女に出会うまでは。
***
「気を付け、礼」
今日もホームルームが始まる。
2‐5。それが、僕の在籍するクラスだ。
10月に入り、だんだん過ごしやすくなってきた。
落ち葉も少し目立ってきたが、それはそれ。
歩く際に足元が不安になるだけで、気に留める必要はないだろう。
思案に耽っている間にも、着々とホームルームは進んでいく。
僕はそれを聞き流しながら、秋風の心地良さを感じていた。
「起立、礼」
そうこうしている内に、勝手にホームルームが終わった。
お茶でも買いに行こうかと、カバンに手を伸ばしたその時、
「おい、高島。後で俺の所に来い」
担任に急に自分の名前を呼ばれ、心臓が止まるかと思うくらいドキリとした。
「はあ……」
杖を手に持ち、それに体を預け立ち上がる。
担任の所へ行くと、一緒に職員室にくるよう促された。
職員室の前で教師が急に止まった。
「立ち話でも構わないか?」
「はい。でも手短にお願いします」
僕は壁に体を預けながら、担任の話に耳を傾けた。
「いや、実はだな。明日、ウチのクラスに転校生が来るんだよ」
「はあ……」
曖昧に返事する。それと僕との関係性が分からない。
「それで、お前の隣に席を持って来たいんだが、構わないか?」
自分のクラスは最後で、しかも他クラスより人数が数人少ない。
一番後ろで席が一人だけ飛び出している僕の隣に、転校生の座席を持ってくるのは、なるほど、確かに妥当だ。
「分かりました」
「そうか。じゃあ、明日からその子と仲良くしてやってくれ」
担任のその発言に、僕は微かな違和感を覚えた。
「先生、転校生って女子なんですか?」
「さあ? 楽しみにしといた方がいいぞ、そういうことは」
「……そうですか。では、失礼します」
「おう、時間無いのに付き合わせて悪かったな」
出来るだけ速やかに、職員室を後にする。
授業間近の生徒が消えた廊下には、自分の杖をつく音だけが静かに響いていた。
***
放課後。
僕は一直線にある場所へ向かった。
『第二音楽室』と札に書かれている部屋のドアを開ける。
「失礼します……」
シン、と不気味なほどに静まり返ったこの部屋にはもちろん誰もいない。
白い光が視界を遮る。塗り潰されそうなほどに眩しい。
「……つぅっ」
突如襲い来る吐き気を堪え、ピアノのカバーを開き、椅子に座る。
「ふぅ、はぁ、あ、はぁ」
楽譜を譜面台に置き、呼吸を整える。
鍵盤に指を添え、いざーーー
***
「……?」
不意に、ピアノの音が耳を叩く。
頭に入れてある音楽室の位置から推測すると、どうやらドアを開けっ放しにしているみたいだ。
「ヘタクソ」
キッパリと吐き捨てた。
でも、その必至に喰らいつくような諦めの悪そうな音は、私の頭の中で一音一音組み上がっていって。
「──────『BRILLIANT WINTER』か……」
あの曲は、どうやらいつまでもこの私に付き纏ってくるらしい。
拳を握りしめて、ピアノの音が流れてくる方向を睨みつけながら、私はその場を後にした。
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