ご誕生祝賀会への準備

 ウィリアム・ハンズはデイビス家の屋敷から出た後、すぐに王宮へ向かった。

 無駄な権力を持ちたくない彼の希望もあり、王宮の中庭の小屋で二人はよく会っていた。今日も事情を知っている近衞騎士に連絡し、中庭に案内され、王アレンを待つ。

 すぐに現れたアレンは、イーサンの怪我の様子が知りたくて、ウィリアムに開口一番で訪ねた。

 近衞騎士に命じると大がかりなことになり面倒だと思って個人的にウィリアムに頼んだのだ。


「ウィリアム。イーサンの様子はどうだった?」

「相変わらず面白かったですよ」

「そうじゃなくて、傷だよ」

「ははは。そちらですね。殴られた場所は青くなっていましたが、元気そうでしたよ」

「そうか、それならよかった」


 アレンは吐息を漏らす。


「無事でよかったですよ。本当に」


 そんな彼を横目で見て、ウィリアムが恨めしそうに呟いた。


「それは、僕って意味?それともイーサン?」

「イーサンに決まってるでしょう。あなたの場合は自業自得です」

「酷いな」

「当たり前でしょう。イーサンはあなたの企みなど何も知らなかった。もし最初知っていれば止めたくらいです」

「だと思ったよ。だから君には話さなかった。あと、あれが実行するかわからなかったからね」

「馬鹿な男です。まあ、おかしな虫が駆逐されることはいいことです」

「そうそう。悪い虫は毒にしかならないからね。昆虫以外の虫は残しておきたくないよね」

「それはイーサンのことを指してますか?」

「さあね。君も同じだろう。昆虫愛好家のウィリアム君」


 アレンとウィリムの共通の趣味、それは昆虫愛好ということだ。

 採取するのが目的ではなく、飼育を趣味として、この小屋にも小さな箱が置かれ、カマキリ、クワガタなどの昆虫が飼われている。

 

「私はあなたと違い、イーサンの性格を知っていますからね」


 ウィリアムは王に対して自分の方が有利のように言い募る。

 それを鼻で笑って、アレンは返した。


「君は、僕と君が友人である理由をイーサンに話したのかい?」

「ええ、まあ。同じ趣味とだけ」

「懸命だね。もし彼が知ってしまうと傷つくだけだからね。友情も危ういと思うよ」

「確かに。話すとしてももう少ししてからがよさそうです」

「まあ、一生話さないほうが懸命だと思うけどね。僕は」


 アレンは立ち上がり、箱の蓋を開けて、中のクワガタを愛でる。

 

「彼はもう少し図太くなったほうがいいんだけど」

「だから、ケイデン殿下のご誕生祝賀会に招待されたのですか?」

「そうだよ。少し酷だと思ったけど、あのままじゃジャスティーナがかわいそうだからね。本当に一生独身かもしれないよ」

「確かにそうですね」


 王の憂いにウィリアムは大きく頷いた。


 ☆


 騒動から二日で、シュリンプ・ルーベルの起こした事件は明るみになり、ルーベル家は第二王子ケイデンの後ろ盾でもあったが、取り潰されることになった。

 ケイデンの誕生祝賀会は開催されることに変わりはなかったが、指揮はハンズ伯爵が執り開催日を延長することで準備は進められた。

 忙しいはずなのに、彼はイーサンとジャスティーナにそれぞれ自ら招待状を届け、ある意味念を押すという意味にも取られた。

 ホッパー家は男爵の身分であり、王族主催の祝賀会などに出席した数は数えるほどだ。なので、男爵がパニック状態に陥り、アビゲイルが落ち着かせるという事態に至った。

 ジャスティーナ本人は話を聞いていたので、驚きはなかったのだが、両親や屋敷での慌ただしさを見ていたら緊張してきてしまい、イーサンへ手紙を出してしまったくらいだ。

 翌日、彼から返事が来て、服装のことも相談したいと書かれていたので、彼女はデイビス家へ出かけることにした。行く前に、夜には戻ってくるようにと両親に釘を打たれ、苦笑してしまった。


「イーサン様」

「ジャスティーナ。今回は本当に悪いな。巻き込んだ形にしてしまって」

「そんなことないわ。ただ王族主催の夜会には出席したことがないから緊張してしまって」

「俺など、夜会自体が二回目だからな。どっちもまともに参加していないから」


 そう言って二人は同時にため息をつく。


「まったく、なんて顔をしているんですか?」

「本当ですよ。俺がいるじゃないですか。密偵として訓練受けてましたから、その辺ばっちりですよ」

「本当?ニコラス。助かるわ!モリーも心配してくれてありがとう」


 デイビス家に来たのは正解だったようだ。

 だが、イーサンの方は少し傷ついた目をしていて、ジャスティーナは微笑みを浮かべる。


「イーサン様。一緒に参加するのだから、ドレスはイーサン様の服に合わせたいの。期間が十日しかないから、新調はできないけど、どの服を着ていかれるか、教えて」

「旦那様。またジャスティーナ様に気を使わせて。本当に困ったお坊ちゃんですね」

「マ、マデリーン!」


 イーサンは後ろから突如現れたマデリーンにぎょっとして声を上げる。だが、母親のような存在のため、彼女の小言に腹をたてることはなかった。


「ジャスティーナ様。どのようなドレスを着ていきたいか、教えていただけますか?それに合わせて、私が旦那様の服を仕立てます」

「マデリーンが?」

「そうですよ。今まで旦那様の服を仕立ていたのは私ですから」


 ジャスティーナの脳裏に、変身した際に身にまとっていた見事なジェストコールが浮かぶ。


「さあ、お二人ともぼんやりしている暇はありません。今日はマデリーンとモリーの二人と服の見立て。明日からはニコラスの元で王族主催の行事について勉強しましょうか」


 パンパンと手を叩く音が二回して、待っていたようにハンクが現れ、話をまとめた。

 イーサンとジャスティーナは驚いて顔を見合わせるが、なんだかおかしくなって笑いだしてしまう。それは使用人達にも広がり、屋敷は笑いに包まれることになった。

 

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