昆虫男爵の不思議な使用人達
――どこにいったのかしら。
モリーが旦那様を呼んでくると広間からいなくなり、一人にされたジャスティーナの中に不安が広がっていく。
そもそも勢いで屋敷についてきてしまったが、あまりにも無作法だったと彼女は思い始めていた。かといって、家には戻りたくない。
一生監禁同様の生活、そしてルーベル公爵への謝罪。
思っただけでぶるっと寒気を覚えた。
「お嬢様?」
椅子に腰掛けたまま両手を抱えてうつむいていると、声をかけられる。
それはモリーによく似た高齢の女性で、使用人なのか、白い帽子にエプロンをつけていた。
「あの、」
男性は別としても高齢の女性の使用人を見たことがなかったので、ジャスティーナは戸惑った。
「はじめまして。私は、マデリーンと申します。老いておりますが、この屋敷の使用人の一人でございます」
「あの、私は」
「お母さん!どうしてここに。しかも制服まで」
モリーのぎょっとした声が、ジャスティーナの言葉をさえぎる。
「モリー。なんて礼儀の悪い子なんだい。お嬢様の言葉をさえぎるなんて!」
「も、申し訳ありません」
マデリーンに一喝され、モリーははっと気がつき頭を下げた。
「気にしていないから大丈夫よ。でも、マデリーン、だったわね?使用人でもないのに、どうして制服を着ているの?あなたは使用人って確か言っていたわよね?」
「ジャス様。母のことは気にしないでください。とっくに引退しているんですよ。腰が悪いのに、のこのこ出てきて。大方ジャス様のことが気になって、」
「私のこと?」
「モリー!」
なぜかマデリーンが再び一喝して、モリーはしまったと口を押さえる。
「ジャス様。娘が大変失礼な態度で申し訳ありません。私は引退などしていないのですよ。この子ったら。老いてはおりますが、この子の二倍、三倍は気が利きますので、なんでもおっしゃってくださいませ」
「お、お母さん!」
「まったく。騒がしいと思ったら、マデリーン。あなたまで」
第一印象は底冷えする低い声、恐ろしい。しかし話をしてみると、とても耳に心地よいイーサンの声が広間に響き、ジャスティーナは席を立つ。
「旦那様!」
マデリーンとモリーが同時に声を上げた後、頭を垂れた。
「ホ、ジャス嬢。待たせてしまったな」
昆虫そっくりの顔。
森で最初に見た時は驚きしかなかった。
けれどもすっかり見慣れた彼の顔に、ジャスティーナは親しみを覚え始めていた。
ジャスティーナもそうだが、イーサンもお喋りな方ではない。夕食は静かに進むかと思いきや、二人の話が途切れる度に、ハンク、モリー、そしてマデリーンが口を挟み、食事は賑やかなものになった。
ホッパー家、いや、貴族の家ではありえないことだろう。
以前のジャスティーナなら使用人に嫌みの一つも言っただろうが、彼女はにこやかに話を聞いている。
家を飛び出すまで気がつかなかったが、魔女は顔の美しさを奪うと同時に、彼女の傲慢で短気な性格も一緒に奪っていってくれた。ジャスティーナがそう思えるくらい、心がとても穏やかで、己の顔の造形など気にならなくなっていた。
それはハンク達が彼女の醜い顔に驚くこともなく、「普通に」接してくれているからだろうとも思った。
最後のデザートである野いちごのジェリーが運ばれてきて、ジャスティーナはこれで食事が終わることを残念に思う。もう少し、イーサン、そして使用人達の楽しいおしゃべりを聞いていたかった。
「ジャス様。お着替えはシャーロット様のもので構いませんか?」
「シャーロット様?」
「モリー。まったくあんたって子は。ジャス様。シャーロット様は旦那様、イーサン様のお母様なのです」
「そんな、大切なお母様の服を借りるわけにはいかないわ」
イーサンの両親の話題も出ておらず、こちらに顔を見せないことから、両親はすでに他界していることが予想できた。そうなると、その服は形見同然で、ジャスティーナはすぐに断った。
「気にするな。母もただ仕舞われているだけよりも誰かに着て貰ったほうが喜ぶだろう」
「そうですよ。ジャス様。シャーロット様はそういう方です」
「それでも」
「私は決めましたよ。旦那様、シャーロット様のお部屋からいくつかドレスを借りてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。マデリーン」
「それでは早速そうさせていだきます」
さっきからモリーばかりを叱りつけてきたが、マデリーンも浮ついた様子で、食事が終わっていないのに綺麗にお辞儀をしてから、足早にいなくなってしまった。
「もう、お母さんたら」
モリーが呆れたように息を吐き、ジャスティーナはおかしくなってしまい、声を立てて笑ってしまう。
「ジャス様?」
「ごめんなさいね。とてもおかしくて。マデリーンとモリーはとても仲がいい母娘(おやこ)なのね」
笑いながらもジャスティーナの顔は少し寂しげだった。
小さい時は仲がよかった記憶がある。しかし、成長するにつれて、母との距離が大きくなるのを感じていた。どんどん美しくなるジャスティーナを褒め称える父に対して、距離を置くようになってしまった母。
顔を変えられた時も父のようになじることはなかったが、慰めてくれることもなかった。
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