第49話 族長不在のエルフ族


「もう……ダメだ」


 鑑定の結果に間違いはない。ファムソーは死んでしまったのだ。


「嫌だァァァ!!」


 ネーロスタはコータを押しのけ、ファムソーに抱きつく。そして、両手に大きな魔法陣を展開させた。

 そこから放たれた光は優しく、それに当てられただけでも心が安らぐような、そんな感覚になる。

 光は瞬く間にファムソーを包み込む。


「すごい魔法ね」


 あまりに高出力の魔法に、サーニャは思わず言葉をこぼす。


「これは一体」


 突然現れた光に、コータは何が何だか分からない。


「回復魔法"ヒール"だ」


 男性エルフがネーロスタに視線を向けたまま答える。あまりに強い光に、男性エルフですら目を細めている。

 しばらくして光は消えた。だが、ネーロスタの泣き声は止むことはない。心臓部に刺さっていた矢は抜かれ、血痕こそ残っているが傷口はすっかり癒えている。だが――


「なんでッ……、息をしてくれないのッ!?」


 ファムソーに生が戻ることは無い。ポーションでも、ヒールでも。

 彼の命を現世に繋ぎ止めることが出来なかった。

 恐らく、ネーロスタは頭では理解出来ている。だが、体がそれを認めていない。父親が死んでしまった、という事実を受け入れたくないのだ。



「とりあえず、ここを離れましょう」


 そんなネーロスタを横目に、ルーストがサーニャに言う。何かを言いたそうなサーニャの顔。だが、サーニャは何も言うことはなく頷いた。


「コータさん、私たちは一度宿の方へと戻ります」


「分かりました」


 ルーストの声に返事をし、コータは男性エルフに向いた。


「一体、これはどういうことなのですか?」


 その言葉に男性エルフは瞳を伏せた。そして、静かに口を開いた。


「エルフ族とハイエルフ族は此度の会談を巡って対立をしていました」


「それは話がついている、と聞きましたが?」


「それは族長の嘘です。それどころか、対立が深まっていました」


 男性エルフは握っていた短剣を、より強い力で握る。


「嘘をついてまで、俺らをエルフ領に呼んだ理由はなんですか?」


「文化を発展させる、という点においては嘘偽りはありません」


「それだけですか?」


 泣きわめくネーロスタの横で、男性エルフは静かにかぶりを振った。


「もうひとつは、戦力の補充でした。我々エルフ族は圧倒的な数で政を行っていました。ですが、大戦を生き抜いたハイエルフ族の力には勝てない」


「その力に対抗するため、ですか?」


「はい」


 男性エルフは申し訳なさそうに首肯する。


「それが民主主義国のやり方ですか?」


 隣でワンワンと泣きわめくネーロスタを一瞥し、コータは鋭い視線を男性エルフにあびせた。

 民主主義、というのは数と力で思い通りにするものじゃない。一部の人の意見のみで動かしていいものでもない。


「そう言われると……」


「これからどうするおつもりですか?」


 困惑した様子の男性エルフに、コータはさらに訊く。会談相手としていた族長ファムソーが亡くなってしまったのだ。これから誰がどう話を進めていくのか。


「少し、少し時間をください」


 男性エルフが弱々しく呟いた。その時だ。

 コータの耳に空気を切り裂くような音が届いた。間髪入れはずに抜刀し、その音に対して剣を振るった。


 キンッ、という高い金属音と共に矢が落ちた。

 矢の向かう先はネーロスタ。

 族長の家族を狙っているようだ。


「ネーロスタさん、逃げましょう」


 コータの言葉に、一度は頷いたネーロスタ。だが、父ファムソーの亡骸をそこに放置していくことに何かを感じたのだろう。

 大粒の涙を零しながら、ファムソーを指さす。しかし、それに付き合っている暇はない。ファムソーの亡骸も連れて行っていると、今度はネーロスタやコータの命まで危なくなる。


「いいから、一旦引きましょう」


 叫ぶようにそう言い、コータはネーロスタを引っ張るようにしてその場を後にした。


 * * * *


 会談の場所から、コータたちの宿がある場所まで戻ってきた。

 そこでネーロスタを男性エルフに託し、コータはサーニャたちの元へと戻る。


「サーニャ様」


 宿の扉をノックし、声をかける。すると、直ぐに扉が開く。


「無事でしたか?」


 出てきたのはルーストだ。疲れたような表情で、出迎え訊く。


「どうなりましたか?」


「あの後、もう一度矢が飛んできました」


 室内に入りながら答える。


「狙いは?」


 サーニャが真剣な瞳を向けて訊く。


「エルフ族の族長一家のような気がしますね。第二矢も、狙いはネーロスタだったという感じですし」


「そうか」


「でも、これからどうするのですか?」


 考え込むようなサーニャに、コータは静かに訊いた。

 エルフ間の対立は深まっており、現に族長という犠牲者も出た。そんな状態の場所に第二王女がいて大丈夫なのか。


「エルフ側の対応によるな。実際、危険だからと言って黙って帰るのはそれはそれで今後に支障をきたすかもしれないし」


「そうですか」


 政治のことなど全く分からないコータには、正解など分からずそう答えるしか出来なかった。

 あとは、族長が亡くなり不在となったエルフ族次第、というわけか。

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