第40話 最後の友情
私は……、何もできない。
戦うコータくんを助ける力もないし、傷ついたみんなを癒す力もない。
ほんとに、ただの役立たずだ。
どうにか役に立とうと呑んだ魔石に毒され、今にもオーガになろうとしている。
私……何をしているんだろう。
マレア様にキツい言葉を浴びせられ、居ても立ってもいられなくなった。
私は……ただ逃げたんだ。
走っても走っても。マレア様の言葉が私を追いかけてくる。追いかけてきた言葉が、刃となって私を切り刻もうとする。
流れる涙が青紫色の肌に伝う。
私はそれを筋肉に覆われ、分厚くなった腕で拭い駆けた。
――こんなところで泣いてる場合じゃない。今は一刻も早く、回復魔法が使える人を見つけないと!
マレア様は1人で歩けるとしても、少なからず怪我をしている。ほかのみんなは動けないほどの大きな怪我。そこへオーガが襲って来ないとは言いきれない、だからこそククッス先生の護衛が必要なのだ。
それを考慮すると、不安要素はあるかもしれないが自由に動けるのは私だけ。
「ちゃントしナイト」
脚を動かし、周囲に目を配る。だが、どこを見ても生きた人の姿を捉えることは出来ない。
首を落とされ動かないオーガや、オーガに殺られ息を引き取った生徒の姿。
これだけ動いて生きた人を見つけられないのだ。恐らく生き残った生徒たちはどこかに身を隠しているのだろう。
――索敵魔法でも使えればよかったのに。
あまりに見つからない状況、ないものねだりさえしてしまう。
そうこうしているうちに、私は学院の門の前までやってきていた。回復魔法を使える人どころか、人の姿を見つけることすら出来ないまま。
「どウシて……。みンナどコニ……いるノ?」
一刻も早く、コータくんたちを回復させてあげないといけないのに。どうして……どうして誰もいないの!?
私は……こんなことすらできないの?
自分の無力さが歯がゆく、溢れ出す涙を堪えきれない。
いつになれば……、どうすれば……。
私はみんなの力に、本当の仲間になれるの?
自分の力をおごったことはない。幼い頃には自分を過小評価しすぎだ、とまで言われた。でも、そんなことは無い。私は、本当に自分では何も出来ない。
コータくんのような知識もないし、貴族の人達のように魔法に長けているわけでも無い。だからと言って、剣術などが長けているわけでもない。
私は中途半端で……弱い。
「俯いている暇なんてあるのかしら?」
そんな時だった。頭上からそんな声が届いた。私は下を向いていた頭をゆっくりと上げる。その間に、再度その声が降り注ぐ。
「泣いてる暇があれば、行動するべきじゃないのかしら?」
その通りだ。泣けば許されるってのは、赤子の間だけ。目を強く瞬き、涙を絞り出す。それを拭い、顔を上げた。
「いい顔になってるよ」
「……えぇ!?」
「それにしても、この状況はどういうことなのかしら?」
「我々は何の報せも受けていません」
驚く私を無視して、華美ではない水色のドレスに身を包んだ若い女性とメイド服に身を包んだ老女が言葉を交わす。
「あ、アの……」
「どうかした?」
「あ、あナタは……第二王女のサーニャ様ではありマセンか?」
「いかにも。そういう貴女は? 人間のようには見えないが?」
「わ、ワタしはモモリッタでス」
「そうか」
私の名前にさして興味を示すようすはなく、サーニャ様は学院内を見渡す。
「ここからでは分からないな。ルースト、確認しに行こう」
「サーニャ様、それはあまりにも危険です。中の様子が分からないのであれば、入るのは止めておくべきです」
「だが! 中にはコータもいるのだぞ。コータがいなければ、この話はなくなってしまう!」
「コータ……?」
まさか王女様の口からコータくんの名前が出るなんて。
「し、知ってるのか?」
私のつぶやきに、サーニャ様は強く反応を示された。その様子は切羽詰まったようで、気圧されてしまう。
「サーニャ様」
「あぁ、すまない。モモリッタ、と言ったね?」
「はイ」
「君はコータを知っているのか?」
コータを知っているのか否かの不安と期待が入り混じった瞳が私を射抜く。
「お願イしマス。コータくンヲ、助けテくダサイ」
私はその瞳に気圧されながらも、頭を下げた。いま、頼れる人はサーニャ様しかいない。
コータくんや、リゼッタ様があとどれくらい持つか分からない。なら、なりふり構ってられない。後でどんな処罰が待っていようと、私はみんなを助ける。
そんな私の思いが届いたのか、サーニャ様とお付のメイドさんは大きく頷いた。
「分かった」
「行きましょう」
そしてサーニャ様とメイドさんは、目を合わせて交互にそう言った。
* * * *
「まだ……?」
マレアは知らず知らずのうちに、そう呟いていた。
「心配か?」
そんなマレアに、ククッスはソワソワした様子で訊く。
「別に」
そう強がってはいるが、マレアの表情からは不安が滲み出ていた。自分が強い言葉で追い出したモモリッタが本当に誰かを呼んできてくれるのか。
信じてはいるが、不安は消えなかった。
「なら、大丈夫だろ」
ククッスは柄に手を置き、人差し指とトントンと鳴らしている。こちらも不安が消えないのだろう。
目に見えて分かるほど、コータとリゼッタが衰弱していっているのだ。
コータは眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情を浮かべてはいるが、まだ呼吸をしているのがわかる。だが、リゼッタに至っては、呼吸をしているのかどうかすら分からない。それほどまでに弱りきってるのだ。
「はやく」
ククッスは自然とそう呟いていた。そして思った。なぜ自分がポーションを持っていなかったのか、と。自分が教師としていることをおごっていたのだ。王ゴードに仕える自分が、負けるわけがない、と。
実際に、ククッス自身は負けなかった。だが、考えが甘かった。そう言わざるを得ない状況になっていた。
指を当てるのをやめ、グッと、拳を握る。そんな時だ。
「おマタセ!!」
額に僅かに黒曜石のような角が見え隠れしているモモリッタが、二人の女性を連れてやってきた。
「……サーニャ様ッ!?」
「おぉ、ククッス団長。この状況は一体?」
「説明は致します。しかし、それよりも前にコータとリゼッタの治療をお願い致します」
ククッスはサーニャとルーストに跪き、そう懇願する。サーニャはそれを快諾し、ルーストに向く。
「ポーションはあるか?」
「はい」
ルーストはそう返事をするや、手のひらのの先に闇色の歪んだ空間を作り出す。その歪んだ空間に手を入れる。
「それって……」
「空間魔法です」
マレアの疑問に短く答えながら、ルーストはポーションを二本を取り出す。その一つをククッスに渡す。
「リゼッタさんに、私はコータさんに」
「了解致しました」
ポーションを受けとったククッスは、リゼッタに歩み寄り、首の下に腕を回す。頭を少し持ち上げ、ポーションを口の中へと流し込む。
瞬間、体が柔らかな光に包まれ、腹部にあった傷口がみるみるうちに塞がり、癒えていく。
「コータさん」
短い呼びかけのあとに、ルーストはコータにポーションを与えた。同時に、先程リゼッタに起こったのと同じ光がコータをつつみ、傷を癒した。
「これで大丈夫でしょう」
「ヨカッた」
安堵を零したモモリッタ。だが、ルーストは厳しい目でモモリッタを見た。
「何も良くはありません」
「エっ、どウシテ?」
「あなたの、その姿はどういうことなのですか?」
ルーストはサーニャを護るように立つ。
「ドウいウって……」
「あなたからは魔物と人間の二つの魔力が感じられます」
「ルーストさん」
厳しい目でモモリッタに詰め寄るルーストに声をかけたのは、ククッスだった。
「何ですか?」
「これは魔物化だ」
「魔物化?」
「聞いたことがないぞ」
ルーストに続き、サーニャが口を開く。
「私だって知りませんでしたよ。でも、私は見たのです。生徒たちが、魔物に姿を変える様を」
「では、この生徒も魔物ということではないですか?」
今にモモリッタに襲いかかろうとするルーストに、ククッスは静かに告げた。
「違う、とは言い難い。でも、まだ完全に魔物化したわけじゃない。どうにか元に戻る方法があるはずだ」
「あなたはそれを知っているのですか?」
ルーストの言及にククッスは、さぁ、と答える。
「埒が明きません。魔物になる恐れがあるものを生かしておく方のが危険です」
言うか言わないかで、ルーストは手のひらの先に闇色の歪んだ空間を展開した。そして、その中に手を入れ、短剣を手にする。
「待って!! ……ください」
声を上げたのは、黙って状況を見ていたマレアだった。
「確かに姿は魔物かもしれない。それでも、モモリッタは私たちの仲間なんです!」
それを聞いた瞬間、モモリッタの目には涙が浮かんでいた。足でまといでしかなかったはずなのに、マレアが受け入れてくれていた事実がわかり、モモリッタは嬉しくて仕方なかった。
だからこそ、覚悟が出来た。認められてもらえていたから、仲間だったから。
モモリッタは小さく微笑んだ。
「マレアちゃん、アリガトウ。私を認めテクれて」
「モモリッタ……。はじめて、様って付けなかったね」
いらない、と言ってきた"様"。
それが無くなっただけで、ぐっと距離が縮まった様な気がした。マレアはモモリッタ以上に大きな涙を零した。
「魔物にナルカモシれない人がいルのハ危険でス。私を……殺しテクダさい」
モモリッタは弱々しい笑顔を浮かべてそう告げた。
「私たちをここに連れてきてくれた事には感謝致します」
それを受けたルーストは短く謝辞を述べ、短剣を構えたのだった。
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