第38話 強大な威力を誇る古代魔法
光こそ放ってはいるが、据わっていない印象を受けるコータの瞳。
その先にいるのはイグニティだ。青ざめた肌、白目部分が赤に染まりつつある釣りあがった目、膨れ上がった筋肉、それから額からは黒曜石のような角が生えている。
「これは見事にやってくれたな」
飛び散った血、砕けた角の破片。周囲に散らばるそれらを視界に収めながら、イグニティは低く唸るような声で言う。
「……」
対してコータは何も言葉を発さず、ただ虚ろにイグニティを眺める。
その様子にイグニティが何かを言おうとした、その瞬間――
コータは放たれた矢の如く、イグニティに向かう。
そのあまりの速さに、イグニティは思わず後方へと飛ぶ。コータはそれすらも読んでいたかのような動きで、イグニティに詰め寄る。そして、手のひらを向ける。
「万物、これを以て移動を開始せよ
短い言葉の後、コータの手のひらからは膨大な風が吹き荒れる。台風や、竜巻なんてものとは桁が違う。
世界にある物という物を吹き飛ばさんとする量と力。
それらが容赦なくイグニティに向かう。
「何だよ、これは!」
あまりの威力に驚きを隠せないイグニティは、後方へと退避をしながら魔法を発動させる。
「展開せし陣は5つ。対応する魔法は
イグニティの腕から、5つの魔法陣が飛び出す。大きさの異なる魔法陣が展開され、コータの魔法がイグニティに届く寸前でそれらは、五角形の障壁を形成する。
五角形に見える障壁。それらは魔法陣より呼び起こされた障壁が重なり合った姿。幾重に重ねられた障壁は、そう簡単に破られるものでは無い。だがしかし、それは普通の魔法に対してだ。
コータの発動している魔法は、発動した称号に基づき、古代魔法。あまりに強力、または文献が残っていないために現在は使用不可能とされているものだ。
それが現代の魔法で止められるわけがない。
「やべぇッ」
それを肌で感じたイグニティは障壁を展開したまま、大きく右側へと体を逸らした。瞬間、障壁には亀裂が走り、形を保てなくなる。
多少威力が落ちたコータの魔法は、障壁を突き破り、イグニティの左腕を喰いちぎった。
左腕を喰いちぎったにも関わらず、魔法の威力は衰えない。その圧倒的な威力を保ったまま、イグニティの奥に立つモモリッタとククッスへと襲いかかろうとする。
だが、魔法は2人に触れる直前で消滅する。
「小癪な」
肩口から綺麗に吹き飛んだ左腕。滴る血を横目で見たイグニティは、洩れる空気と共に零す。
苦悶の表情を浮かべ、本当に痛いのが見ているだけでも伝わる。しかし、それで手をゆるめるコータではない。
そんなイグニティに詰め寄り、回し蹴りを入れる。クリーンヒットしたイグニティは、後方へと大きく吹き飛ぶ。
片腕が無くなり、体のバランスを上手く取れないのか。イグニティは立ち上がることにすら苦労しているように思える。
「万物、これを以て移動を開始せよ
先程イグニティの左腕を引きちぎったばかりの魔法を、コータは無表情で発動させた。
全てを蹂躙する豪風がイグニティに向かう。目に見える
だが、次の瞬間。魔法の詠唱だけが耳に届いた。
「正当なる魔力の使い手 闇に選ばれし聖者の一振
この身に宿る真の力を解放せし給え
同時に、その豪風を飲み込むかのように大地に暗黒が広がる。広がった暗黒は範囲をさらに広げ、豪風の道を全てカバーする。
だが、そうしている間にも風は進む。イグニティの顔まであと一歩。その所で、暗黒が大地から飛び出し、風を飲み込む。
「い、インタル先生ッ!?」
古代魔法を完全に封印し、止めきった魔法が飛んできた方を見るククッスは、驚きの声を上げた。
インタル先生の姿をした魔物がそこにいたからだ。
肌色、目の雰囲気は、コータが戦っているイグニティと相違ない。角もしっかり生えており、インタル先生と判断できるのは、トレードマークとも言っていいカイゼルひげがあるからだろう。
「クルス先生ですか、それともククッス先生と呼んだ方がいいですか?」
声色、それは間違いなくインタルのそれだ。
「クソっ。死に損ないが」
「ど、どういう……」
事態が飲み込めていないのか、ククッスは戸惑いを隠せていない。
「分からないなら教えてあげますよ」
そう言うや、インタルは近くに転がっていた生徒の死体に向かってかかと落としを決めた。
普通の人間の一撃ではなく、魔族オーガとしての一撃を放つ。
瞬間、その生徒の頭はぐちゃっと潰れ、潰れた頭からは脳らしいものが飛び出す。
「生徒ですよッ!?」
「見れば分かる。だが、私には関係ないのだよ!」
白目部分を赤く染めた目を強く見開き、インタルは吠える。それに圧倒されたのか、ククッスは無意識的に1歩後退りをしている。
「万物、これを以て移動を開始せよ
ククッスへと歩み寄ろうとするインタルに、コータは魔法を発動させる。それに対し、インタルは先程と同じ"絶対暗黒"を発動させて完全に防ぎきる。
その隙を狙い、片腕のイグニティがコータに飛びかかった。
全体重をかけた右拳。
まるで後ろに目があるかのように、コータは自然な動きでそれを避けるや、腰に差してある月の宝刀を抜く。
手早くそれを構え、イグニティの首目掛けて振り下ろす。
「やめろ」
それを間一髪でインタルが防いだ。
咄嗟に飛び出し、刃を掴んでいる。手のひらからは血がこぼれ出している。
「ッ!」
コータはそのまま、脚を振り上げて蹴りを入れる。インタルはそれをもう片方の腕で受け止める。
「体術 掌打」
脚を下ろした瞬間、今度はインタルの腹部目掛けて掌打を放った。さすがに対応しきれなかったインタルは、血反吐を吐きながら後方へと飛ばされる。
イグニティはその間に間合いを取り、首を取られる範囲からは逃れる。
「ありえない……。ありえるわけが無い」
そんなコータの戦いっぷりを見たククッスがそんな言葉を洩らす。
見たことの無い魔法を使いこなし、魔族二体を圧倒するその姿に恐怖さえ覚えていた。
「神聖なる息吹 母なる大地に芽吹くもの 混沌の世に終わりを告げる 荒れ狂う風となれ 蒼凛の鎌鼬"シナツヒコ"」
そんなククッスを横に、コータは森でオーガ二体を蹂躙した魔法を発動させる。
蒼色を纏う暴風が吹き荒れ、大地を抉っていく。
暴風の中は一切の光りを通すことすら許されない。
暴風だけが吹き荒れる暗黒の中、インタルはその暴風を防ごうと、絶対暗黒を展開しようと試みる。だが、魔法が発動しない。
いや、違う。インタルが制御できていないのだ。
暗闇で絶対暗黒を発動するのは、黒に黒を重ねるのと同意。それを上手く制御するためには黒と黒を見分けなければならないのだ。インタルはそれが上手くできていない。
その間に蒼凛の鎌鼬は、圧倒的な威力を誇りインタルに襲いかかろうとする。
「させるかッ!」
咆哮と共に蒼凛の鎌鼬の前に立ちはだかったのは、イグニティだ。
「展開せし陣は10。対応する魔力は
防御魔法、
瞬間、目にも止まらぬ速度で10の魔法陣が出現し、分厚い防御膜を完成させる。だが、コータの蒼凛の鎌鼬の前では紙くず同然。
刹那の足止めは出来たが、直ぐに亀裂が走り崩壊が始まる。
「展開せし陣は6つ。対応する魔力は
反魔法、
崩壊が始まると同時に、イグニティは新たに反魔法を発動させる。先程発動した反魔法よりも、一回り大きな魔法で迎えうつ。だが、それでも威力が落ちることは無い。
すぐさま崩壊は始まり、イグニティは新たな魔法を組み立てる。
十重防御だ。
連続した魔法行使により、イグニティの体内の魔力バランスが崩壊したのだろう。イグニティの体は、あちらこちらから血が吹き出しており、目からも血の涙がこぼれ落ちている。
「イグニティ、もうやめろ!」
イグニティに護られている状態にあるインタルは、そう叫ぶ。
「やめるわけないよ。オレサマは、アンタがいなきゃ、あの日で終わってた」
「イグニティ……、まさか」
「覚えてるよ。オレサマが人間だったことも、アンタがそれを助けてくれたのも」
話している間にも、イグニティは反魔法と防御魔法を交互に繰り出している。
「ならなんで、私についてきた」
「アンタがオレサマの目標だからだ。憎しみだけに囚われず、人助けもできるアンタに、オレサマは憧れてた」
魔法の連続行使は続く。その度に、イグニティの全身からは血が吹き出す。見ていて無惨に思えるほどの血が溢れ、足元には血溜まりが出来ている。
「最初は絶望したさ。魔物に堕ちたのだからな。でも、アンタがいた。アンタがオレサマを導いてくれた。だからこそ、オレサマはアンタが願いを叶えることを祈ってる。オレサマの復讐までもを自分の復讐に入れ込むアンタを護って死ぬなら本望だ」
言い切った瞬間、反魔法が崩れた。続けて防御魔法を発動しようとする。だが、それは血反吐によって拒まれる。
かなり威力を落とした蒼凛の鎌鼬が、イグニティの体を襲った。
威力は落としてあった。だが、イグニティの体は皮膚片すら残らない程に木っ端微塵となる。
「イグニティ……」
イグニティの魔法のおかげか、蒼凛の鎌鼬はイグニティの姿と共に消える。
コータとインタルの間には、抉れた大地と飛び散ったイグニティの血だけが残っていた。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
インタルの頬には涙が落ちた。
魔物化してはじめて泣いた。最愛の妻子の死体を見せられても、泣くことが無かったインタルが、この時初めて涙をこぼした。
「イグニティを返せッ!」
そう叫んだインタルは、自分の前に神々しいほどの光りを放つ魔法陣が展開されたのに気がついた。
――大事には思っていた
だが、ここまでムキになるとは思っていなかった。
――自分の右腕として忠実に働いてくれるイグニティに、愛着というものを感じていたのかな。
瞬間、仄かな温かさを感じる黄色の光りを纏う閃光が魔法陣から飛び出し、コータに向かった。
――聖魔法
魔族には決して使えないと言われている聖魔法だ。
「これは、ますます捨てられない駒だね」
遥か上空。そこから戦況を見ていた少女が妖艶な口調でそう呟くのだった。
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