第36話 違和感覚える身体


 どうしてこんなことになったのか。


 私には皆目分からなかった。ただ、対抗戦をしていただけ。それなのに、どうして魔物が出てくるのか。


「この森、ドこまで……」


 走れど走れど森を抜ける様子はない。一向に晴れることの無い景色に、苛立ちを覚えながらも、私は走った。


 コータやリゼッタ様を助けるために、この状況を先生たちに伝えるために。


 学院周囲の地形はだいたい、頭に入っていた。この森は、学院の裏にあるもので、ここを抜ければすぐに学院が見てることは分かっている。分かっていても、見えなければ不安になる。


 ――一体、私たちは森のどの辺にいたのよ。


 そう思ってしまうほどに、遠い距離を走った。そして、ようやく、学院の校舎の一部が視界に入る。少しの安堵を覚えながら、私は足に力を入れ走る速度を上げる。


 そんな時だった。

 鉄臭い、触れたくない臭いが鼻腔に届いた。

 そして、同時にあちらこちらから剣戟が聞こえる。


「うそっ……。どうイうこトなの?」


 口をつく言葉。不安が過ぎる。

 もしかして、魔族が復活したの?


 『憎シミヲ、思ウガママニ解放セヨ』


 脳が吹き飛びそうなほどの痛みを覚える。立っていることすらままならなくなり、私はその場に崩れる。しかし、脳内に響く声は弱まることない。それどころか、さらに強くなる。


 『殺セ。弱キ者ガ今、力ヲ見セツケロ』

 

 迸る感情が、体の中からグツグツと煮えたぎる力を沸きあげる。


「う、うるサい!」


 怒りに任せ、私は近くの木に拳をぶつけた。確かに力は込めた。だが、私の力ではせいぜいコツン、と音がなる程度のはず。

 しかし、拳が触れた瞬間、木はゴキっ、と大きな音を立てて折れる。


「ど、ドうしテ」


 予想だにしない大きな力を前に、私は思わず声が洩らした。そして、気づいた。言葉が上手く発せていないことに――。


 だが、そんなことを言ってる暇などない。私は鳴り響く言葉を無視して、足を進めた。そして、ようやく学院にたどり着く。


 先生に今の状況を説明して、助けて貰わなきゃ。


 その一心でここまできた私にとって、眼前に広がる景色は絶望でしかなかった。

 血が飛び散り、生徒とオーガの死体が散らばっている。串刺しになって死んでいる者、顔面を潰され死んでいる者。

 亡くなり方はそれぞれだが、しっかりと目に刻むことが出来ないものだった。

 込み上げる吐き気をどうにか堪え、ゆっくりと歩みを進め、先生の姿を探す。


「いタ」


 見つけたのは返り血を浴び、大きく息を乱しているクックス先生だ。


「先生!」


 そんな先生に、私は大きな声で呼びかけるのだった。



 * * * *


 ガースとバニラの戦闘不能から立て続けに、やられたコータたち模擬戦争チーム。

 意識を保ち、立っている者はもう残っていなかった。

 先程倒したばかりのリゼッタとマレアを見下ろしながら、男オーガは重々しい声で放つ。


「人間トハ、ココマデ弱イノカ」


 どこか残念そうにもとれる表情の男オーガに、女オーガが言う。


「蹂躙スル相手ガ弱イノハ良イコト」


「ソレハソウダガ」


 男オーガは剣に付着した血を眺めてから、一振でそれを払う。

 そんな時だった。女オーガが表情を険しくし、周囲に警戒を見せた。


「ドウシタ」


 落ち着いた様子の男オーガは、女オーガの様子に怪訝げな表情を浮かべた。


「何カ来ル」


 瞬間、そこにはオーガたちが倒したはずの男――コータの姿があった。


 コータの目は焦点が合っていないようで、立っていることすら不思議に感じさせるほどだ。

 右手には月の宝刀を持ち、どのタイミングで切りかかるのか見ているようにすら思わせる。


「不気味ダナ」


 オーガが感じ取る気配と、見た目の違いに違和感を感じたのか、男オーガは柄を強く握り直す。


「神聖なる息吹 母なる大地に芽吹くもの 混沌の世に終わりを告げる 荒れ狂う風となれ 蒼凛の鎌鼬"シナツヒコ"」


 どこに意識があるかなんて分からない。ただ、コータは頭に流れてくる言葉に従い、文言を紡ぐ。

 瞬間、コータの視界に赤色の文字が浮かび上がった。

 今まで文字が浮かんできたことはあった。

 だが、赤色の文字なんて見たことがない。定まらない焦点で、どうにかその文字を読む。


古代魔法エンシェントマジックの使い手を発動します』


 その言葉はコータの冒険者カードに記載されていたものだった。強そうな印象を受け、コータ自身が不安に感じたそれが発動したのだ。

 体を包み込んでいく、圧倒的な魔力。今まで感じたことのなかった、ヒリつくような威圧感がコータを襲う。そして、コータは気づく。それが、魔力なのだと。

 そうこうしている間に、コータの周囲には蒼色を纏う暴風が吹き荒れる。だがそれは、コータには何も感じさせない。風の流れは目に見える、しかし肌には感じられないのだ。


 ――まだ早いのですが、今回だけですよ。


 コータは頭の中でそんな声を聞いたような気がした。そしてそれと同時に、暴風がオーガを襲った。


 強い暴風は周囲の木々を折り倒す。

 周囲の木々は、折れても戻ると言われているが、復活の兆しすら見せていない。


 男オーガはその暴風の威力に危険を感じたのか、体の前で剣を構えた。だが、剣で風が切れるわけがない。呆気なく、何もすることが出来ずに、男オーガは鮮血を撒き散らし、体を木っ端微塵にした。


「ソ、ソンナッ」


 その様子を見ていた女オーガが、驚きの声を上げる。しかし、コータにその姿を捉えることは出来ない。ステレスを使い、姿を隠しているのだ。だが、女オーガ自体はこの場に存在している。幾ら姿を隠そうとも、風には関係がない。見えていても、見えていなくても、攻撃はあたる。


「ウゥ」


 短いうめき声が洩れ、同時に鮮血が迸る。見えない相手に、確実にダメージが与えられている証拠だ。

 あまりにも強い暴風はその勢いを殺さないままに、女オーガを襲い続ける。


「アァァァァァ」


 攻撃に耐えかねた体からは大量の血が飛散し、金切り声のような断末魔を上げた。


 そしてその瞬間、暴風は激しい爪痕だけ残し、姿を消した。







「んっ……」


 意識を失っていたマレアの意識が戻った。何度か瞬きをしてから、マレアの意識は完全に覚醒する。

 そして同時に、肩から激しい痛みが走った。


「うぅ……」


 視認すると、肩の周りは真っ赤に染まっており、注意して見ると刺さった跡がある。

 そして、オーガに刺されたことを思い出す。同時に、痛みが増したような気がする。

 肩を抑え、覚束無い足取りでゆっくりと立ち上がる。

 そこでようやく気がつく。周囲の異常事態に。


「ど、どうなってるの?」


 折れても修復すると言われている木々は、根元から折れており、大地は抉ったような跡が残っている。

 そして視界に映り気づく。マレアが気絶するまではそこにいなかったはずの人物、コータがいることに。


「まさか……、コータがやったって言うの?」

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