第6話 コータの能力はチートなのですか?
通されたのは、受付から出て直ぐ右隣にある扉の奥。木の壁が特徴的で、使用頻度が少ないのか冒険者たちがたむろしている先程の部屋よりは幾分か劣化がマシなように感じる。
「それではまず、こちらに手をかざしてください」
ナナは直径15センチ程の水晶玉を手のひらにのせ、コータに向ける。
「この水晶玉にかざせばいいんですか?」
「はい、その通りです」
屈託のない笑顔を浮かべたナナに少し照れを覚えながら、コータは占い師が占いを行う際に翳す。
するとタイムラグなしで水晶玉に光が灯る。あまりの輝きに目を細める、なんてことにはならずたんやりと光を放つ。
光は安らぎを覚えさせてくれる若草色。ゆらゆらと揺蕩うように水晶玉の中を動く光に、ナナは静かに頷く。
「コータさんは風属性に適正があるみたいですね。そして、魔法適正は良くて中の下ってところですね」
表情豊かに、コロコロと変えながら水晶玉から読み解けることを告げる。
「風……ですか」
「そうですね。あっ、風属性に適正が強いだけで他の属性の魔法が使えないって訳じゃないですからね」
コータの表情に炎や水、などと魔法らしい魔法が使えたらな、という心情が現れていたのだろうか。ナナはそれを理解して、フォローを入れる。人の心情を見抜く力は、受付嬢ということもあるのかやはりずば抜けている。
「でも、魔法適正は中の下なんでしょう?」
魔法適正がどれほどのものなのか、コータには分からない。もしかすれば魔法を覚えやすい、という意味だけで威力等には関係ないのかもしれない。しかし、魔法を使えるかどうかに関わる大事なものなのかもしれない。
「そうですね。でも、魔法適正は魔法を使えば使うほどにあがるものですから。かの有名な勇者ユウト様も、最初は魔法適正がほとんどなかったと聞きますので」
何も卑下することない、とナナは笑顔で告げるや軽く手を叩く。瞬間、コータたちが入ってきた扉から新たな人が入ってくる。
「おっ、お前さんが冒険者ギルドに入ろうってやつか」
慌てて振り返るコータに、声の主は白い歯を見せる。禿頭でいかにも冒険者らしい風貌の男性で、背には斧を担いでる。
「俺ァ、C級冒険者のオラリアだ。まぁお手やらかに頼むわァ」
そう言いながら部屋の奥の方へと向かい、互いの距離がちょうどいい感じのところまで行くと振り返る。
「え、えっと……」
状況がうまく飲み込めなていないコータに、オラリアは斧を抜き首を回す。
「ギルドに入るってことはァ、戦うってことなんだよォ」
そう告げるや否や、オラリアは体に似合わない俊敏さでコータとの距離を縮める。そして躊躇うこともせずに斧を振る。
「
丸腰のコータに手を抜くこともせず、オラリアは叫ぶ。同時に斧の刃の部分に光が集まる。ある程度の輝きを放った瞬間、オラリアは斧を水平方向に振った。
「う、うそだろ!?」
状況すらわからないまま、かなり危険なスキルを向けられていることにだけは気づいたコータは後方へ大きく跳ぶ。
大きく跳びすぎたせいか、背中が先ほど通ってきた扉のある背後の壁にぶつかる。
ミシっという音が耳に届く。
それを気にする前に、コータは胸部に痛みを覚えた。
「運がいいのかァ、悪いのかァ」
オラリアは首を回しながら吐き捨てる。
「ごほっ、ごほっ」
胸部に与えられた傷の痛さに思わず咳き込みコータ。じんじんと痛み、傷周りは異様に熱いのに対し、全身からは体温が奪われていっているような感覚に陥る。
「壁際ぎりぎりまで逃げるとはァ考えたなァ」
オラリアは器用に斧を回しながらそう言う。
「なに?」
痛みからだろう。コータの耳にはまともな音すら入ってこないため、オラリアの言葉が不協和音にしか聞こえない。
「もうちょっとこっちに来いよォ」
怒気を孕んだ声音をぶちまけるも、コータには届かない。
そのときだ。コータの耳に機械的ではあるが、鮮明な音が届いた。
【称号『異世界の戦士』の効果を発動します】
その声を聞き終えるや否や、コータの様子が大きく変化した。ズキズキと痛んでいた胸部からは、痛みすら感じられない。また、器用に回していると思っていた斧の動きが止まっているかのように見える。
「何ボーッとしてやがんだよォ」
オラリアを観察していたコータ。それをただボーッとしていると取ったオラリアは声を荒らげ、拳を握る。その瞬間ですらもスローモーションに見えたコータは、オラリアの拳を最小限の動きで避ける。
「何ィ!?」
大きく避けるだけ、大きく躱すだけ、はたまた喰らうだけ。
どれをとっても素人の戦闘。戦闘が素人でも冒険者にはなれなる。だからこそ、ナナはそろそろ止めに入ろうと思っていた。
これ以上戦っても意味が無い、そう思ったからだ。だが、それは大きな間違いであったと気づく。
やめ、と出かけていた言葉を飲み込みコータの動きに目をやる。
「舐めた真似しやがってェ!」
手を抜かれていた、そう感じたのだろうか。オラリアは目を見開き、怒号に似た咆哮をあげる。
「見える……」
背後にある壁のことなんて忘れたかの如く、オラリアは一気に斧を振り抜く。その行動1つ1つがハッキリと目に納まっていた。水平、いや少し右斜め下に向かって進む斧を、紙でも避けるかのようにひらりと避け、コータはオラリアの腹部に掌打を打ち込む。
強く、全身の力を乗せての一撃。
途端、ガランと大きな音を立て斧が床の上に落ちる。
【スキル獲得 体術Lv1】
コータは脳内でそんな声を聞きながら、上背の男──オラリアを見る。
コータに一撃を食らわされたことか、それともその威力の強さか、オラリアの目は驚きに満ちている。
「クソがっ」
怒りを孕んだ声音で吐き捨て、右脚を軸に左脚を回す。傍から見れば相応の速さで動いているはず。だが、コータには違う。ハッキリと見える脚に、無駄の動き無しで脚を受け止める。動きは目に見える。だが、身体まで発達がするわけではない。蹴りの威力に肺が圧迫されるような感覚を覚える。
「ぐはっ」
蹴りの威力に圧倒されるように、逆流してきた酸素を吐き出す。それを機と見たのか、オラリアは受け止められた脚をそのままに、拳を振るう。
戦闘経験の浅いコータは蹴りを止めたことに満足し、次の一手を読めてなかった。そのため、オラリアの拳はコータ顔面を捉えた。
鉄臭い血が鼻から零れたのを感じたコータは覚束無い足取りで、どうにか血を拭う。
「まだ立つかァ」
思った以上にタフなコータに苛立ちを隠せないオラリアは追い討ちをかけるべく、床を蹴る。だが、それより先に動き出していたコータはオラリアの動きの1歩先で攻撃を試みる。
【体術Lv1 掌打】
コータの脳内に響く音。それに従うように右手に光が纏う。どのタイミングで、どう打ち出せばいいか分からないコータ。そんなコータを置いてけぼりに、脳内では処理が行われ、捻るようにして後ろに引いた右手が再度、オラリアの腹部に直撃する。
「おほっ」
なんとも惨めな声音と共にオラリアは、血を地面に吐いた。
「やめっ!」
それを見たナナは慌てて、その言葉を放つ。
ナナにとっては、新米がC級冒険者に勝つなんてことは起こったことがない未知の現象。
慌てるなという方が無理があるだろう。しかし、ナナは伊達に冒険者ギルドの受付嬢をやっていない。一瞬こそ驚きを見せたが、すぐに表情をいつものに戻してオラリアの方へと近寄る。
「お疲れ様です。ポーションをどうぞ」
「あ、それがポーション……」
ナナが取り出したのは、液体の入った水色の小瓶。コータがそれを見るのははじめてでは無い。サーニャを助けた後に与えられたが、当時コータは重症を負っており、記憶が定かではなかった。それゆえハッキリと意識のある状態で見るのははじめてだったのだ。
「コータさんもどうぞ。怪我、されてるでしょ?」
見るからに血が流れている。だが、ナナは訊いた。それはやはり先程の動きのせいだろう。そしてその時から、コータの胸部から溢れていた血は止まっていたのだ。
「あ、はい。ありがとうございます」
オラリアの動きをはっきりと捉えられるようになった瞬間から、痛みの事などすっかり忘れていたコータは今になって再度疼き出した傷に軽く手をやりながらポーションの入った小瓶を受け取る。
軽く刺さったコルクを抜き、ポーションを口に含む。瞬間、みるみると痛みが引いていく。同時に傷口付近に光が集中する。ポーションを飲み終える頃にはそれは消え、何事も無かったかのように僅かな傷跡すら残さない綺麗な状態に戻った。
「それでは表に戻りましょうか」
完全回復を果たしたオラリアはコータに何かを言いたそうだったが、それよりも先にナナが口を開いた。
「お、おうゥ」
「はい」
面白くなさそうな表情を浮かべながらも頷いたオラリアに、絡まれないことへの安心感を覚えたコータ。
ナナに続いて表を出ると、厳つい顔をした者、可愛らしい格好に身を包んだ者など様々な人が神妙な面持ちでコータたちを見ている。
「どうだった?」
その人たちを代表するかのように、水色のポニーテールを揺らしながらコータに駆け寄った女性──セチアが訊く。
「まぁ、頑張ったと思うよ」
どの結果に落ち着くのが正解だったのか分からないコータはそう呟く。
「そ、そう」
声に不安を滲ませながら、セチアはコータの全身に目をやる。
「傷とか探してもないぞ」
「えっ!?」
目線で当てられるとは思っていなかったのか、セチアはコータの言葉に驚きを露わにする。だが、幾らコータが経験不足であってもあれほどジロジロと全身を見られれば気づくというもの。それに気づいていないセチアの方が冒険者としてどうなのか、とコータが感じたところでナナが口を挟む。
「私がポーションを与えましたので」
「そんなに大きな怪我したの!?」
「別に。ちょっと胸を切られた感じ」
コータの言葉にセチアは、コータの胸部に視線をやる。
「あっ! 服破れてるし、血の跡も」
何故今まで気づかなかったのか、コータはそんなことを思いながらも「もう治ったよ」と告げる。
「そ、それならいいんだけど」
「そろそろよろしいでしょうか?」
コータとセチアの会話に一段落が見えたところで、受付に戻っていたナナが1枚の紙を手に口にした。
「ご、ごめんなさい」
業務を邪魔していたと気づいたセチアは、少し慌てた様子で零す。
「大丈夫ですよ」
それに対し、ナナは屈託のない笑顔で答え、コータに向く。
「それではコータさん。最後に冒険者ギルドにおける規約を読んでいただき、何も無ければ署名の方をお願い致します」
ナナから渡された紙には、びっしりと文字が書かれていた。社会の教科書でも見たことの無いくさび文字よりも形に規則性のない文字がコータの目に飛び込んでくる。
──な、なんだよ。
読めと言われても読めない文字に焦りを覚えた瞬間だった。
【称号『異世界人』を発動します】
慣れない声がコータの頭の中を巡るや否や、先程までは意味のわからないもの見えていたはずの文字が日本語に見え、ハッキリと読めるようになっている。
「本当にゲームみたいだ」
誰にも聞こえないほどの小声で呟き、コータは規約の書かれた紙に視線を落とす。
おおよその内容は、冒険者ギルドは登録者の仕事──依頼を斡旋する場所であること、受けた依頼を途中で投げ出せば違約金としてその依頼の報酬の三割をギルドに提出すること、それからギルド内での暴力行為は禁止、登録者の薬物の禁止などあり大抵のことが書いてあった。
コータはそれに与えられたペンでサインをしてからナナに渡す。
「はい、ありがとうございます。それではギルドカードを発行致しますので、少々お待ちください」
丁寧に頭を下げ、ナナはコータがサインした紙を持ったまま、再度受付から出て左側に設置してある階段を上った。
「オラリアは強かった?」
「攻撃は痛かった。あれを重いって表現していいのかどうかはまだわかんねぇ」
未だに心配そうなセチアに、コータは苦笑を浮かべる。いま、オラリアのあの攻撃を重いと言い切り、もっと強く重いと思われる攻撃を受けた時にどう言えばいいのか困る、コータはそう考えたのだ。
「C級の中ではかなり重たいはずよ」
「へぇ、そうなんだ」
でも、セチアのがもっと強い。セチアたち、ローズライトが何級の冒険者なのかコータは知らない。だが、あの日共にゴブリンを倒した身として、オラリア何かとは比べ物にならない強さを誇っている、と理解していた。
「……」
無言でチラチラとコータの様子を見るセチア。それが妙にくすぐったくて、変に思えて、わかりやすくため息をつく。
「何か聞きたいことあるのか?」
呆れ気味に呟いたコータ。瞬間、セチアは慌てて視線を逸らす。
「別に聞かれてやましいことは無いつもりだ。なんでも聞いてくれよ」
「……わかった。コータはオラリアに勝った?」
ギルド内の空気が一変した。セチアの問いは他の冒険者達も気になっていたらしく、あちらこちらから視線が集まってくるのがコータにはわかった。
「え、えっと……それは」
やましいことではない。ただもしここでコータが勝ちを宣言すれば、オラリアの立場はどうなる?
新人にも勝てないC級冒険者となってしまうのではないのか。これまでの功績など関係なく、侮蔑の目を向けられてしまうのでは。
「俺ァ負けたよォ」
そんな考えしているうちに、オラリアが言った。人の心配など無視して、オラリアは笑い飛ばした。
「ほんとに?」
その言葉に嘘はない。セチアの追い討ちに、コータは小さく頷いた。
「危なっかしい戦いっぷりだけど、ゴブリンを倒したからもしかしてって思ったんだけど、ほんとのほんとに?」
涙をうるませ、再度確認してくるセチア。
「ここで俺がオラリアさんと示し合わせて嘘を言う理由がないだろう」
「それはそうだけど」
それを聞くや他の冒険者達が大きくざわつく。オラリアが新人に負けた、それを言いふらさんとするかの如くだ。
「皆さん、お静かに。コータさんがオラリアさんに勝利したのは紛れもない事実です。私もこの目でハッキリと見ましたわ」
持ち上がった紙の代わりに、小さなカードのようなもの手に持ったナナは、階段から降りながらそう言った。その言葉に他の冒険者は声を上げた。
「静かに、と言ったのに」
呆れ混じりの声を零しながら、受付に戻りコータに向き直る。
「はい、こちらがコータさんの冒険者ギルドが発行する冒険者カードです。無くされると再発行には約2週間と銀貨5枚が必要になるのでご注意ください」
素っ頓狂な表情を浮かべた黒の髪と目を持つ男──コータが写るギルドカードはまるで学生証や運転免許証のようである。それを受け取るや否や、ナナが再度口を開く。
「また裏面にはコータさんのステータスがあります。それはコータさんの成長に伴い随時更新されますので、ステータスやスキルなどの確認をしたい時にはぜひご活用ください」
「そうなんだ」
脳内でアナウンスされるだけじゃ忘れるだろうしな。そんなことを思いながら、コータはギルドカードを裏向ける。
【細井幸太 Lv2 魔法適正:風
スキル:鑑定【植物】Lv2、体術Lv1
ステータス:体力200 筋力15 MP5 耐久20
俊敏10 器用5 知力3 運0
称号:異世界人、異世界の戦士、ヒモ、放浪者、
──明らかにヤバそうなのが一個あるんだけど……。
「どうかなさいましたか?」
ステータスを見て途端、表情を固めたコータに対してナナはそう訊ねた。
「あ、いや……えっと」
ここで古代魔法について聞くべきかどうかを悩む。しかし、恐らくここでその名前を口に出せば、コータはタダでは済まない、そのような気がして誤魔化すことを決める。
「称号の欄に、オレンジ色で書かれてるのがあるんだけど、それが気になって……」
苦し紛れに苦笑を浮かべながらコータが口ずさむと、ナナはその事ですか、と手をポンと叩き答える。
「それは固有称号と言いまして、どんな鑑定スキルでも本人以外は見ることの出来ない称号なんです。特に、固有称号には特殊な効果があったりするので、お持ちであるならば自分で調べるのもありかもですよ」
「分かった、ありがとう」
何だかこのままここにいれば、固有称号とやらについて訊かれそうなそんな気がしたコータは礼を言うと冒険者ギルドを出た。
「あ、ちょっと」
コータを連れてきたセチアはそう言いながらコータを追う。
「急にどうしたのよ」
「せっかく冒険者になったんだ、格好だけでも冒険者に近づこうかなって思ってな」
口角を釣り上げセチアに笑いかける。
「それなら私付き合うよ?」
「いいよ、アーロやルア達もいるだろう。それに依頼とかもあるだろ? 買い物くらいは自分でできるよ」
そう言うや、コータはセチアに背を向け市場の方へと歩き出した。
「ばか……」
セチアの口から弱々しく吐き出されたその言葉は、誰にも届かずにそっと消えたのだった。
──固有称号は異世界人と異世界の戦士、それから一番ヤバそうな古代魔法の使い手か
コータは自分のステータスにあった固有称号について考えながら市場へと向かうのだが、他の称号ヒモや放浪者の恐ろしさを何も知らないのだった。
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