星流夜
白地トオル
Baby A
皆さんは、これまでの人生で「生きててよかった」と思う瞬間はあったかな。
ひとそれぞれに、「生きててよかった」と思う瞬間はやってくる。
それは「いつ」ではなく、「いつか」なんだ。
「待ち望む」ものではなく、「待ち続ける」ものだ。
それは苦悶の人生に輝きをもたらす、闇夜に光の轍を描く、流れ星だ。
君たちは遠く何光年もの星々が落ちていくのを待ち望むかな。
そうではないね。きっと宙を見上げて、待ち続けるのだろう。
その「いつか」のために、首を折って待ち続けるのだろう。
やってくる。必ずやってくる。必ずその時は――――――。
え?私?私の「生きててよかった」と思う瞬間かい?
ああ、それは私の身にあまりに早く訪れたことを覚えているよ。
師走の寒空の下、私は天然の腐葉土の上に生まれた。
生まれた、というのは言葉の綾だ。でも私の人生のスタートラインはまさにその瞬間だったんだ。鬱蒼たる樹林の陰の下、私は暗い暗い山中で産声を上げた。起き上がることも立ち上がることもできない小さな私は、仰向けになっていた。うつぶせになっては呼吸ができない。生まれて間もなくともそれくらいは理解していたんだね。
ただ仰向けになった理由はそれだけじゃない。宙を見上げてみると、真っ暗な景色の中に、光り輝くモノが見えたんだ。それはチラチラと動いていた。様々な大きさをしていた。赤ん坊の私はそれを捕まえようと何度も手を握った。宝石の粒のようなそれを、必死に掴もうとした。でも掴めなかった。それは「星」だった。「星」が何を指すのか、「ほし」とは何のことか、そもそも「〇〇」とはどう発声すればいいのか、何もかも未成熟だった私にはあまりに遠い存在だった。
しかし幸運だったのはその日に限って、その街に流星群が訪れていたことだった。
どうやら私が捨てられていた場所は、地元の人間しか知らない穴場の観測スポットだったようだ。
しばらくして、私の泣き声に気付いた大人たちが、私を病院まで運んでくれた。生死の境をさまよったが、なんとか一命をとりとめることができた。その後施設に預けられ、親の愛情を知らぬまま体だけが大きくなった。決して楽な人生ではなかった。理不尽なスターターピストルの号砲を合図に、がむしゃらに走り続けてきた。そうして大人になった私は自分が何者だったのかを考えるようになった。私を生んだ親はなぜ私を山中に捨てたのか。その理由を知りたがっていた。
興信所で探偵を雇い、自分の出自を調べさせた。
どうやら私は、はるか中東の異国で生まれた男児ということが分かった。親の名前までは分からなかった。そもそも生きているかどうかも分からないという。ただ、私の運びの親だけは突き止めることが出来た。運びの親、とは私を山中に捨てた親のことだ。その親はカタヤという名前の男だった。
カタヤは中東の商人から、用済みになった私の廃棄処理を任されていた。
目をくりぬかれた私の―――――廃棄処理を。
世の中には赤子の眼球を愛でる異常性癖の持ち主がいるらしい。カタヤは商人のブローカーとなって、他人の家から子を攫いそれを高く売りつけ、廃棄処理までを行うという。……吐き気がした。
私はカタヤの居所を掴み、彼と接触することに成功した。私はあの時捨てられた男の子だと告白した。彼は「お前、10032番か」と呟くと、突然私に飛び掛かってきた。私は驚いて彼を振り払うと、懐に忍ばせていた銃を取り出し、彼の脳天に銃口を突きつけ二、三発ほどその脳天に撃ち込んだ。
脳漿が飛び散る。私は震える手のひらをぎゅっと握り込んだ。
―――――え?「生きててよかった」瞬間はいつだって?
それはもう話してしまったね。
「生きててよかった」と思う瞬間、それは森の中で星を見たときだ。
あの日、綺麗な星を見て生きる活力が湧いてきたんだ。
私には眼球がない。それでも確かに星が見えたんだ。瞬く無数の星がね。心の眼で見たって言ったら信じてもらえるだろうか。
その年の流星群は、雲が晴れて綺麗に見えた。
名は確か……、ふたご座流星群と言ったよ。
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