第24話 稽古場( 2 )


 淡々とした言葉に、桜子はただ声を失った。


 薫が——破門された?


 そんなことを聞くのは初耳だった。お宮の出入りを禁じられたどころの騒ぎではない。祖父は薫のことを切り捨てたのだ。こんな短い間に。祖父が稽古場に姿を見せなくなった頃、何か動きがあったに違いない。


 ——宝物殿で姿を見た時は、そんな話にはなっていなかったのに。


 記憶をたどって桜子はハッとした。祖父が現れないのに焦れていた頃、薫はふたたび姿を見せたのだ。優から極秘で文が届いたと、話の合間に薫は言っていた。

 桜子の様子を見て、桂木は幾分、声をやわらげた。


「彼は確かに優秀でしたが、おのれの分をわきまえなかったのです。桜子さんが気にされることじゃない」


 その言葉に桜子はカッとなった。


「薫が一体何をしたっていうの」


 対する桂木は落ち着き払っていた。


「私はあなたが薫を気にかける方が意外だ。今までそんなに親しい間柄というわけでもなかったでしょう」


 改めて言われなくても分かっていた。その通りなだけに、言い当てられると先に悔しさがわく。桜子はつとめて平静になろうとした。武道でも口論でも何でも、感情的になったら負けなのだ。


「薫は私にとって唯一のいとこで、弟のような存在だったのよ。少しは気にかけてもいいでしょう」


「そうですね。でももう介入されない方が身のためだ。師範も桜子さんのためにそうされたのでしょう」


「知らない。おじいちゃんのことなんて。今まで何も教えてくれなかったくせに」



 最後は結局八つ当たりのようになって、桜子は稽古場から飛びだした。少し走ると涙がつられてにじむ気がしたが、すんでのところでこらえる。そんな涙で洗い流せる状況ではないのだ。


 ——なんで私って、いつもこうなんだろう。


 感情的になるまいとしたのに、お宮で部屋を飛びだしたのと同じことをしている。


 ——まわりに何を言われても関係ない。自分自身で選びとるしかない。


 すっかり葉桜になった木を少し離れた場所から見上げると、昨夜と変わらぬ輪郭がそこにあった。その姿を眺めていると、冷静さを取り戻せる気がした。


 ——知らなかった。薫が破門されていたなんて。



 改めてそう思うと、今度は祖父への怒りが込みあげたが、本当に桜子が腹立たしいのは自分自身だった。今まで何も知らず、見て見ぬふりをして、変わらぬ安寧を求めていただけの自分。


 ——せめて『水神の剣』について知りたい。どんなことがその先に待っていても。



 桜子はそう思い唇を噛みしめた。山の端に沈んでいく夕日が、燃えおちてゆくほむらのように見える。

 桜子はその景色ごと、新たな決意を胸に刻み込んだ。

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