第5話 ゾンビとの戦い
「止まって!」
ミリルが、広場に入る直前の所で足を止めた。
「どうしたんだよ?ミリル?」
「こいつらを倒してから行くわよ」
「こいつらって全員か?」
少なくても十体はいるぞ。
こいつらを全員倒すだなんて幾らミリルが強いからって難しいんじゃ無いのか?
それでも、ミリルは自信満々の顔で、
「そうよ。全員よ。当たり前じゃない。そうしなくちゃ、この後の中ボス戦で挟み撃ちにされてしまうわ。そうなってしまうと、全員を倒す事は出来るけれど、葵くんを庇いながら戦う余裕までは流石に私には無いわ。だから、葵と一緒に確実に生きて帰る為には、中ボスとこのゾンビの群れとを分ける事が必要なの」
「なるほど、でも、二人でこの数のゾンビを相手にするのは流石にきつくないか?」
彼女の目は、獲物を狙う豹のように、その澄んだ青い瞳をギラギラと輝かせている。
葵は、彼女の太腿の所に何か、鉄の棒を装備しているのに気が付いた。
「なあ、ミリル。その鉄の棒は何だ?」
「あ、これ?これは、ここに来る途中で建物の中で拾ったのよ。接近戦に有利かなって思って。弾もあと十一発残っているけど、この数を相手にするには足りないでしょ?はい、葵の分」
ミリルはそう言って、葵に先が欠けている一メートルほどの棒を葵に渡した。
「これ、欠けてんじゃん。俺、その長い方を使いたいんだけど」
「何言ってんの?葵は、棒術とか知らないでしょ。そっちの方が先が欠けてるから敵を刺したりしやすいだろうという私なりの配慮だったんだけど?」
だからといって短い方を渡されるのは、なんか、長年VRのバトルゲームをしてきた俺のプライドが傷つけられたような気がする。
VRゲームの中でも、俺が一番時間を使ったのはバトルゲームだ。格闘戦、あの自分と相手とが全力で自らの技術と力の全身全霊を懸けて戦うあの火花を散らし合う感覚。あの感覚は病みつきになる。それで俺は、ゲームの世界にのめり込んだのだ。
これは、一人のゲーマーとして言わねばなるまい。
「確かに、俺は、小さい頃から剣道を習っていたけどさ、それは酷いんじゃ無いのか?」
ミリルは、きょとんとした顔で葵を見る。
「酷い?何が?合理的じゃない?私は、棒術を習っていたからこっちの長い方を使う。葵くんは、剣道をしていたからそっちの少し短い方を使う。これで、平和的解決じゃない。何がいけないのよ?」
「だって、それじゃ俺が下でミリルが上みたいじゃないか」
「それは、葵の思い違いよ。私はそんな事全然考えていないわ。さっきも言ったけれども、私は棒術を習っているから長い棒の方が使いやすいだけ。私は、こちらの方が有利に戦えると判断しただけだから。そこは、勘違いしてもらいたく無いわね」
「そうか。それなら、別に良いんだけれど。でも、そんなことを話しているような場合じゃ無いよね」
「そうね。さっさとこいつらを倒すわよ。二人で一気に行けば大丈夫!」
ミリルはそう言って鉄棒を構えて、ゾンビの群れに向かって突っ込んで行く。
「うおりゃー!」
ミリルに続いて、葵もゾンビの群れに突っ込む。
葵は、横に鉄棒を大きく振ってゾンビ達を薙ぎ払う。
さらに、それで体勢が崩れたゾンビの腹部に向かって突きをする。
鉄棒は、スポンジのように柔らかいゾンビの腹部を貫通する。
ゾンビは、グゥオオオという絶叫を上げながら粉のようになって消滅した。
「次!」
葵は、ぐっと鉄棒を握り締めて周りの状況を見渡す。
左には、シリルが長い鉄棒を振り回して暴れていた。
いや、暴れているという表現は正しくないのかもしれない。
俺は、彼女のその技に思わず見取れてしまった。
彼女の戦う姿は、宝石のように美しかった。
それは、もう、芸術と言っても過言では無かった。
彼女の次々と繰り出す技は、格闘家のような雄々しく、荒々しいものでは無く、バレエのようなお淑やかでもあり、華美でもある。
そんな、相反する物同士が成す美しさ、と滑らかさがあった。
俺の視線に気付いたのか、ミリルは「こっちを見ないで戦え!」と、言いたそうな目付きでこちらをちらりと見た。
顔は、子猫のように可愛いのに、怒るとこんなに怖いのか。
絶対に怒らせないようにしよう。
左手にゾンビの手が忍び寄ってきた。
鉄棒でその手を振り払い、首元に向かって殴りつける。
あと、一体。
葵は、目の前で、今にも襲いかかろうとするゾンビの頭に向かって鉄棒で頭を突く。
「はぁ!」
吹っ飛ぶ、かと思いきや、欠けた部分がゾンビの頭を貫いた。
ゾンビは、さらさらと粉になって消えていった。
「やったね!」
ミリルが近付いてきて左手の掌を俺の方へ向けてきた。
「え?」
戦ったばかりで体がぼおっとする。
ミリルは、可愛らしい頬をぷっくりと膨らまして、
「何やってんの?ハイタッチだよ。ハイタッチ!」
「あ、ああ」
右手をミリルの左手の方へ空を切らせる。
パチンと気持ちの良い音がした。
ミリルの掌は、この戦いからは想像も出来ないほど小さくて、大福のように柔らかかった。
ああ、ちゃんと女の子の手なんだな。
ほんのりと、ミリルから甘い花の香りがした。
葵は、ミリルの手を大切そうに握り締める。
「え?ちょっと・・・・・・」
ミリルは、目を丸くする。
俺達は、暫く停止した。
「ちょっと、何やってんの?ねえ、ってば」
はっと夢から目覚める。
「ごめん。ミリル」
握っているミリルの手を離した。
「も~、私は、ハイタッチしようとしたのに何で私の手を握るのよ」
「それは、ちょっと、言えない」
葵は、俯きがちに答える。
「何よ、それ。訳わかんないし」
ミリルはぷいっと拗ねる。
ミリルの銀髪の髪がさらりと、彼女の動作に合わせて靡く。
それは、もうこの世のものとは思えないほど美しかった。
「そんなことより、中ボスを倒してさっさと美味しい食べ物を食べに行くわよ」
「美味しい食べ物?なんだよそれ?そんな話、微塵も聞いていないぞ」
ミリルは、そんなの当たり前じゃない、というような顔で、
「そりゃ、そうよ。今決めたんだもの」
「そんな、勝手にそんなこと言われても・・・・・・」
全く、この女は一体何なんだ?
こいつと会ってから俺はろくな目に遭っていないぞ。
確かに、自分で進んでミリルに付いて行ったけれども、まさか、こんなに大変な目に遭うだなんて思いもしなかった。
でも、良いこともあった。
葵は、ふっと顔を緩ませる。
まだまだ、分からないことは多いけれど、この世界の事を少しずつ理解していけている。
短い時間、まだ、ほんの一日も経っていないけれど、このミリルという少女は、見た目よりもずっとエネルギッシュで、勇敢で、頭の回転も速くて、才色兼備で、どこからどう見ても非の打ち所のない美少女だと俺は思う。
だが、その分、人を振り回してしまう所が彼女にはある。
完璧であるが故の欠点。
俺は、これから先どうしていけば良いのだろう?
ミリルと一緒にいるべきなのか?
いないべきなのか?
「ねえ、ねえってば、葵くん、私の話聞いてる?」
ミリルのその声で我に返る。
「ああ、聞いてるよ。美味しいものを食べに行くっていう話だろ?」
「そ!葵君は何が食べたい?私はね、苺パフェが食べたいなあ。葵」
ミリルは、胸に両手を握ってキラキラと目を輝かせる。
「俺は、何も食べたいものは無いよ。何でもいい」
ぶっきらぼうにそう答えると、ミリルは、ぷっくりと頬を風船のように膨らましてそっぽを向いた。
「も~、何よそれ。ちゃんとレディをリードしなさいよね!」
無茶言うなよ。
葵は、心の中で溜息を吐いた。
俺、こいつの事苦手だ。
こいつは、あれだ。
色々事件に巻き込まれて人に迷惑をかけるやつだ。
なんていうんだっけ?
ああ、そうだ。
トラブルメーカーだ。
「ちょっと」
ミリルが獣の様な目つきで睨んできた。
「今、失礼な事考えていたでしょ?」
「いや、考えてないよ」
こいつ、勘も鋭いのか!?
侮れない奴だな。
「ふーん」
ミリルは、疑いの目で見てくる。
正直言って、怖い。
「ほ、ほら。さっさと中ボスを倒さないと元の世界に戻れませんよ」
「あ、今、都合が悪くなったから話ずらしたでしょ!」
ああ、五月蠅い女だ。
そもそも何で俺はこんな所でゾンビと戦っているんだ?
楽しいから良いけど、このミリルという女だけは気に食わないというか、気が合わない気がする。顔は可愛いけど。
ミリルと葵は、広場の中に入って行く。
が、そこには中ボスどころか魔物の一匹も見当たらない。
「おい、ミリル。ゾンビなんかいないじゃないか。そんなもの一体どこに」
ミリルは、手で俺の言葉を制する。
「黙って。ほら、武器を構えて。油断しないで。敵はいつ、どこから攻撃してくるのか分からないのよ。いつ、どんな攻撃が来ても対応出来るようにして。あなた、死にたいの?」
そんなこと言われたって、どこからどう見ても、敵はいない。
ここは、広場だ。
視界は開けている。
そんなところで警戒しろと言われても、まさか、空や地面から攻撃が来るわけじゃあるまいし。
そう思った直後だった。
何か細いものが右足を掴んでものすごい怪力で地面に引き込んできた。
「ぐわあっ」
思わず、悲鳴を上げてしまう。
「葵くんっ!」
その時、地面からひょっこりと化け物が地面から顔を出した。
化け物だからひょっこりという表現は正しく無いのかも知れないけれど。
その化け物の顔は、猪の顔をしていた。
猪の顔の右上の所に、「デット・ビースト」と表示されていた。
死の獣。
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