その4
「──以上が、ぼくが経験したことのすべてです」
最後にそう言ってキザムは話を締め括った。
「──分かったわ」
沙世理が一度深く頷いた。
「土岐野くん、あなたも私と同じようにタイムループ現象を経験していたわけね。それも私よりもたくさんね」
「はい、そうです。ただ、なぜこういう現象が自分の身に起きているのか原因は分からないんですが……」
「原因の可能性は言い出せば切りがないわ。そうね、例えばだけど──この地球を守る大いなる意思のような存在がいて、地球がゾンビ化した世界になるのを防ぐ為に、あなたの身にタイムループを起こしているとか。あるいは、時間を操作出来る宇宙人が地球侵略するのにゾンビはジャマだから、タイムループを使ってゾンビを排除しようとしているとか。まあ、どちらも荒唐無稽過ぎるけどね。ただ、わたしがタイムループ現象に取り込まれた原因だけは、土岐野くんの話を聞いて分かったわ」
「えっ? どういうことですか? ぼくと先生とでは原因が違うんですか?」
「おそらく違うと思うわ。私がタイムループ現象に取り込まれたのは、前のループ世界での土岐野くんとの関係から始まったと思うの」
「前のループ世界ですか?」
「考えてもみて、この世界に新しい『変化』が生じているんだとしたら、原因はその前のループ世界に絶対にあるはずなのよ。そして前のループ世界において、土岐野くんはそれまでしてこなかったある行動をしたでしょ?」
「はい……初めて第三者に──つまり先生にあの『大惨事』の話をしました……」
たしかに前のループ世界において、キザムは助けを借りる為にあの『大惨事』の話を沙世理にした。それまでは誰にも話さずに、一人の力でなんとかしようと思っていたのだ。
「そのことによって、私も土岐野くんと同じようにタイムループ現象に取り込まれたんだと思うの。さらに、私という存在が新たに加わって介在することによって、世界に『変化』が生じたんだと思うの。この先、もしかしたらさらに大きな『変化』が起きるかもしれないわ」
「大きな変化って、何か予想もしないようなことが……?」
「その可能性もあるということよ。ねえ、土岐野くんは『バタフライエフェクト』という言葉は知ってるかしら?」
「『バタフライエフェクト』……? 映画かゲームの中で聞いた覚えがあるけど……物理用語でしたっけ?」
「カオス理論に付随してよく出てくる言葉なんだけどね。簡単に言うと『小さな動きが起きることによって、さらなる大きな動きが生じる』っていったら分かりやすいかしら」
「えーと、その説明で言うと、ぼくが先生を巻き込んでしまったことによって、この世界の流れに変化が起きて、それがお弁当の中身だったり、野球部の予定だったりといった小さな形で現われて、最終的にはもっと大きな変化が起きる可能性も出てきたということですか?」
「まあ、そんなところかしら」
「じゃあ、ぼくが先生にさえ話さなければ、先生が巻き込まれることも、事態が今みたいに拗れることもなかったんだ……」
キザムは深いため息を付いて落胆した。なんとかしてあの『大惨事』を防ごうと気負っていたのに、成果が実らないばかりか、逆にタイムループ現象をさらに混乱させる結果になってしまったのだ。
「そんなに落ち込まないの。こう見えても一応養護教諭なんだから、生徒が困っていたら手を貸すのは当然の仕事よ。私はタイムループ現象に巻き込まれたからといって、怒ってなんかいないから心配しないで。それに私としてはちょうど良かったかもしれないし」
最後は自分に言い聞かせるような口調で沙世理は言った。
「すいません……ぼくがよく考えずに行動したせいで……」
それでも謝らずにはいられなかった。
「もう、そんな風にして謝らないの。それよりも、今はあの『大惨事』をいかに防ぐか考えるべきでしょ?」
沙世理の言葉に救われた気がした。沙世理が言うように、例えこの世界に『変化』が生じていたとしても、あの『大惨事』さえ未然に防げればそれでいいのだ。
「そういうことなら、これから二階のトイレに向かわないと」
キザムは腕時計で時間を確認した。そろそろ二階の女子トイレにあの二入組の女子生徒が現われる時間である。
「そうね、難しい話はここで一旦切り上げて、今からは実際に行動に移るわよ」
沙世理はすくっとイスから立ち上がった。その動きに一切の迷いは見られない。ループ現象を受け止める覚悟がしっかり出来ているのだ。
沙世理先生は強いよな。ぼくなんか四回目だというのに、まだループ現象に慣れていないんだから……。
保健室のドアへと向かう沙世理の背中に、羨望にも似た眼差しを向けるキザムだった。
でも先生に話して、結果的には良かったかもしれないな。よし、今回こそあの『大惨事』を必ず防いでみせるぞ!
気持ちも新たにして、キザムは沙世理の後についていった。
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