第九話 空き巣とエロ本

「んむぐ~~~~~~~!!!!」


 猿轡を噛まされた俺はジタバタと暴れようとして、そして断念した。

 両手足を椅子に縛り付けられてはどうしようもないのだ。

 部屋には艶らしい女性の喘ぎ声が響き渡り、なんというかその……まあそれ以外の音も鳴っていた。


 どうしてこうなったって?


 ……回想入りまーす



「鏡太く~ん? お姉さんと映画見なーい?」

「その下品な乳をきょーくんの頭からどけなさい。きょーくんはあたしとアニメを見るのよ」

「貴女こそ、その貧相なお胸を鏡太君の腕にこすりつけるのやめたほうがいいんじゃない? 鏡太君の腕が擦りむけちゃうわよ」

「グルルルル……」

「キシャーッ!」


 なんともさわやかな朝だ。ソファに座った俺は、ソファの後に立ったお姉さんに背後から抱きつかれ、並んで座った夏南に右腕をホールドされながら気持ちのいい朝を満喫していた。 


「ふん……鏡太君は男の子だから、私とアイアンマンが見たいわよね?」

「いやこれメタルマンじゃねえか!」

 

 お姉さんが手にしていたDVDのパッケージを見て俺は叫んだ。

 それパロディー映画! Z級映画! 知る人ぞ知るカルト映画!


「……? 間違えたかしら?」


 自分でパッケージを見てお姉さんは小首をかしげていた。アミバ様みたいなこと言わないで。

 まあパッケージだけは本物っぽいですからね……


「ふんっ! やっぱりポンコツじゃない! 今日もあたしの勝ちね! はい、きょーくん。あたしとアニメ見ようね!」


 そう話す夏南が持っているのは『School Days』のDVDだった。

 ビクッと震えて夏南の表情を伺うが、ニコニコと太陽のような笑顔を浮かべているだけだった。昨日のこともありなにか意味が込められているんじゃないかと思っていたが……


「なんか伝説の日常アニメ? らしくて、純愛ラブストーリー? でもあるってネットで評判だったから、あたしたちにぴったりね!」

「うーーーーーーーーん…………」


 俺は唸った。どうも内容を知らずにネット上のジョーク記事を鵜呑みにしているらしかった。まいったな……純真な夏南にはとても観せられない……そして俺も全然観たくない……


「どっちもそんなに見たくないな……それよりほら、平和にみんなでパズルでも作ろうぜ? 俺持ってるんだ、超難関純白ジグソー1000ピース」


 子供の遊びと思ってはいけない。成人済みの連中がやるからこそ楽しいパズルもあるのだ。


「…………そういえば好きだったね」

「…………パズル……ねえ」

「え、なに……」


 なんでそんな顔するのさ! 楽しいだろ! みんな好きだろ!


「まあきょーくんが言うなら……」

「私も何年ぶりかしらね……」


 急に弟に接するような慈しみに満ちた表情で俺を見始める二人に、俺は困惑した。

 パズル、もしかして女子受け悪い?



 黙々……


 さて、三十分が経過した現在ですが……




 最高に楽しいです!!




 まだ10分の1もできてないけど、やっぱりパズルは楽しい! 最初はなにも分かってない手探りの状況なのに、わずかな手がかりから完成形に近づいていくこの快感がたまらない。山ほどあるピースから目的の一枚を見つけたときのカタルシスといったらもう……


「あー! もうっ! つまんない!」


 早くも夏南は音を上げている。夏南はこういう集中を求められる類の遊びより、もっと感覚的なものが好きなのだ。スポーツとかも大好きだもんね。

 リビングを片づけてパズルを床に散らかして遊んでいるのだが、夏南は猫のようにごろごろしたり、俺にちょっかいをかけてきたりする。


「やっぱり他のことしようよ~! ジェンガとかもあったでしょ?」

「今集中してるから……」

「むぅ~~~~~~!!!」


 じゃれつく夏南をあしらいながら、俺はちらりと残る一人の参加者を覗き見た。


「~~~♪」


 そう、驚くべきことに! あの目も当てられないほどのポンコツお姉さんが凄まじい勢いでパズルを作り上げているのだ!


 まるで最初からどこにピースがあるのかわかっているかのように、お姉さんは鼻歌交じりでパズルを組み立てていく。そして屈んで作業しているのでお姉さんが動くたびに胸がゆさゆさと揺れてエロい……


「あの女のことばっかり見てる……」


 そんな声が聞こえて、ピースを検分する俺の腕に夏南が爪を立ててきた。


「いてっ……そ、そんなことないって」

「胸ばっかり見てるでしょ」

「いやあ、そんなわけ……」

「……きょーくんのえっち」


 そんなことを言っていると、お姉さんが満足げに大きくのびをした。


「う~~~~ん……!」


 そうして大きく体を逸らすとその豊かなバストが強調されて――


「あいたたたたたたた! ひっかくなって!」

「じゃあ胸見るのやめれば?」


 お姉さんは大分組み上がったパズルを心なしか自慢げに俺たちに見せながら、俺にウィンクを飛ばしてきた。


「知性溢れるお姉さんにメロメロかしら?」

「いや、冗談抜きにびっくりしてますよ。すごいです」

「ふふふ……そうでしょ? いいわね、パズル。またやりましょ」

「ええ、ええ! いいですよね! パズル!」


 お姉さんと意気投合して盛り上がっていると、背後から強烈な冷気を感じた。

 こ、これは……


 おそるおそる振り向くと、案の定夏南が涙目で俺を睨んでいた。


「……………………………………………………」


 悔しいのかふるふると震えている。いかん……あれは爆発寸前だ、ここでなんとか鎮火しないと……!


「あらー? 足りないのはバストサイズだけじゃなくて脳味噌もらしいわね~?」

「あんたはなんでそうやって火に油注ぐんだよ!!!」


 慌ててお姉さんを非難するも、時すでに遅し……


「…………………………………………………………………………………………………………だもん」

「え?」

「きょーくんは巨乳よりお尻の方が好きだもん!」


 ほら、またなんの根拠もないことを――


「だって本棚の図鑑の裏に隠してあるエロ本だってお尻のやつばっかりだし!」

「なっ……!?!?」


 なんで知ってんの!? エロ本の隠し場所!!


「女子高生ものばっかりだもん! たまに海外の――」

「やめて! もうやめて! ゆるして!」


 自然な流れで土下座すると、俺は夏南に縋りついた。

 おねえさんゆるして! おメンタル壊れちゃう!


「そんなわけないわ! 鏡太君は隙さえあれば私の胸ばかり見てるもの!」

「そ、そんなことねえよ!!」


 嘘です……見ちゃってます……全部バレてました……


「ほんとだもん! 家に来るたびにチェックしてたもん!!」

「お前なにしてくれてんの!?」


 衝撃の告白に俺は震えた。夏南……お前……


「信じられないわね……これだけ胸に執着しているのに……」

「なら今からきょーくんの部屋に行きましょうよ、証拠を見せてあげる」

「それがいいわね」

「いやだめだけど!?!?」


 凄まじい勢いでリビングを飛び出した二人に追いすがるように俺も立ち上がった。なんでこんな時だけ息ぴったりなの?



「鏡太君? これはどういうことかしら?」

「いや、どうもうこうも……」

「きょーくん。正直に話して」

「いやだからですね……」


 正座だった。

 俺が部屋に入ったときには、すでに二人の間で探し出されたエロ本の展覧会が開かれていた。俺の宝が一冊一冊並びたてられている……なにこの地獄?


「鏡太君は巨乳好きじゃなかったのかしら?」

「いや、巨乳も好きです……って! 違う違う! プライバシー! 俺のプライバシーの侵害!」

「きょーくん。残念だけどこの国ではエロ本を隠してる男の子には人権が認められてないの」

「え、マジ? ここほんとに法治国家?」

「「いいから白状しなさい!」」

「…………お尻好きです」


 言わされた……我ながら情けない……


「……ん? この雑誌、付録がついてるわよ?」

「!?」


 おねえさんの言葉で俺はビクンと跳ねた。やばい!


「えーっと? 『究極のバトル! 巨乳と美尻! お前はどっちの山に登る!?』? なによこれ……」


 覗き込んだ夏南も険しい表情になる。


 もうほんとに許して……死にたい……


「これじゃどっちが好きかわからないじゃない!」

「こうなったら……秋洲さん?」

「ええ……わかってるわ夏南ちゃん」


 え、え、なに? なんで二人で通じ合ってるの?


 そんな風に俺が戸惑っていると、二人は見事な連携で椅子を用意して俺を座らせ、それから素晴らしい手際で俺の両手両足を椅子に縛り付けた。


「なになに!? 俺なにされちゃうの!?」


 もしかしてあれ? 動けない俺を二人が誘惑してくるってやつ!? 

 期待と恐怖に震えていると、二人は予想外の行動をとった。


 パソコンを起動して……DVDトレイを出して……


「「再生して反応を確認するわ!」」


「いやぁぁぁああああああああああ!!! ゆるしてぇぇぇぇぇええええええ!!!」


 拷問だ! 女子の前でお気に入りのエッチなDVD再生させられるなんて! こんな惨い拷問この世にあるか!?


「鬼! 悪魔! ひとでなし!!」


 必死で抵抗するも、あっさりと夏南に猿轡をかまされ(どっから持ってきたのそれ??)、俺は物言わぬオブジェクトと化した。



 というわけで回想終了。


「うわ……すご……」

「こ、こうなってたのね……あら、あらら、えぐいわね~~……」


 二人は映像に夢中だ。俺には目も向けない。


「むぐぐぐ~~~!!!!」


 必死の抵抗も、まあなんの役にも立たない。


 嫌に仲良く寄り添ってパソコンの画面に食いつく二人を眺めながら、俺はまた一条の涙を流した。

 彼女たちの良好な関係は、俺の尊い犠牲の上に成り立っているのだ。


 そのことをどうか忘れないでいただけるとありがたい。

 そして映像と雑誌についてはすぐに忘れていただけるとありがたい。


 もちろん。そのどちらも叶うことはないのだ。

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