第七話 空き巣と不倶戴天
落ち着いたところで(?)、夏南と俺とお姉さんを交えた真剣な面談(??)が始まった。
ダイニングテーブルを囲って、俺たちは静かに臨戦態勢を作る。俺と夏南が横に並んで座り、向かいにお姉さんが一人で座る形だ。
話を切り出したのは夏南だった。
「それで、あなたの本当の目的はなんなんですか?」
そのものずばりの物言いだ。流石は夏南。
「百歩譲ってこの家に侵入した理由はわかりました。でもなんであなたがそんな空腹状態だったのか、きょーくんに見逃されてなおこの家に居座るのか、そこは全く分かっていません」
「……」
夏南の横でうんうんとうなずく俺。情けないとか思うなよ?
「答えてください」
「いやよ」
!?
俺は驚いてお姉さんの顔を見た。
『いやよ』!?
明確な拒否の姿勢に俺は面食らっていた。そっと夏南の方を見遣ると、同じように鳩が豆鉄砲をくらったような表情だった。
「い、いやって……」
「言いたくないわ。私の目的はあくまで口封じってだけよ」
「……そんな理由で人の家に不法滞在してもいいと?」
「不法じゃないわ。鏡太君から許可は得ているもの」
「きょーくん……?」
夏南に鬼のような形相で睨みつけられて、俺は慌てて否定した。
「きょ、許可なんて出してねえよ!」
「これを見なさい」
スッとお姉さんがなにかの紙切れをテーブルの上に差し出した。
俺と夏南はそろってその紙に体を乗り出す。
『 滞在許可証
八咫野鏡太は、秋洲香波の八咫野宅における滞在を無条件に、また無期限に認める
2018年12月17日』
そう記されていた紙の下部には、しっかりと俺とお姉さんの拇印が捺されていた。
「な、なんだこの紙!?」
まったく身に覚えがなくて震える。
「き・ょ・ー・く・ん・…・…・?・?・?」
なんだか夏南の話し方がモールス信号みたいになっていた。もはや目に光も灯っていない。
待て待て本当に記憶にないぞ!? 拇印が捺されているけどこれほんとに俺のか? 必死で昨日の記憶を手繰り寄せるが、携帯ショップでの出来事以外あまり覚えていない。あとお姉さんの裸Yシャツ。
「帰って来てから私の胸に顔をうずめて甘えてたじゃない? あの時に『はぁい鏡太君……いい子だからここに拇印を押しましょうねぇ~』って言ったら喜んで捺してくれてたわよ」
そう言われてみればそんな気もしないことがないこともないような...?
し、しまった……全く気が付かなかった……気が動転していた……
「-・-・・ ・・・- ・-・-・」
本格的に夏南が壊れて来ていよいよモールス信号を口から発していたので慌てて否定する。
「ち、違う違う! 俺の意思で契約したわけじゃない! ほんとだって! その契約書は無効!」
「あら~? こんな紙切れでも法的拘束力はあるのよ~?」
「なんでそこはポンコツじゃないんだよぉ!」
「そういうわけだから、夏南さん、でしたっけ? 私はここで鏡太君と暮らすから、貴女は別にいなくてもいいわよ」
「……………………」
あ。やばい。
横から感じる燃え上がるような激情に、俺は覚悟を決めた。
お父さん、お母さん。ごめんなさい。俺もすぐそっちへ行きます。
親切な幼馴染が送ってくれるから……
「……殺す」
案の定そんな低い声が聞こえて、夏南は静かに立ち上がった。
「きょーくん……きょーくんのお家の包丁って、よく切れるやつだったよね……? おばさん料理好きだったもんね……?」
「待って! ちょっと待って夏南! 早まらないで! お願いだから!」
俺は夏南の腰に縋りついた。人のお家を事故物件にしようとしないで!
「離してきょーくん! そいつ
「ふふふ……足掻くがいいわ小娘! 鏡太君は私の虜よ! 貴女みたいな貧相な娘にはこれっぽっちも勝ち目なんてないのよ!」
「に”ゃ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”あ”あ”あ”あ”!!!!」
だめだ! この二人相性が悪すぎる!
爆発寸前の俺の胃袋と、すでに爆発している夏南を押さえながら、俺は泣き顔になった。
★
「きょーくん、あたしとスマブラしようよ!」
「鏡太君、私とツイスターゲームをしましょう❤」
「は? なんできょーくんがあんたとそんなやらしい遊びしなきゃいけないのよ?」
「鏡太君はもう大人よ? 頭も体もお子様な貴女とは違うの」
「あんたみたいな年増とツイスターゲームなんてきょーくんが可哀想だって言ってんのよ」
「…………」
「…………」
「勘弁してくれ……」
両側から光線のような視線を受けて、俺はハチの巣になりながら弱弱しく呟いた。
やめてくれ……俺の平穏な日々を返してくれ……
これなら引きこもりの方がマシだ……
美女と美少女に挟まれるなんて最高❤
とか最初は一瞬だけ思わないでもなかったが、違う。
トラとかユキヒョウって美しいでしょ? あれ。あんな感じ。
両手に花っていうか両手に猛獣。そして俺は多分鳥のササミ。
「きょーくんもスマブラ好きだよね!」
「鏡太君は私と密・着したいわよね?」
「え、えっとぉ……」
俺は両腕をがっちりホールドされて択一を迫られる。
左腕にはお姉さんの柔らかな胸の感触、そして右側には特殊なホールドの方法によって血流を完全に止めてくる夏南のいぶし銀の関節技。
こんなのどっちを選ぶかなんて明白だろ?
「今日はスマブラの気分かなあ……」
俺は右腕の無事を選んだ。
「やったー! きょーくん大好き!」
「もう……鏡太君ったら素直じゃないんだから……」
二人とも俺の腕から離れてくれるようだ。よかった……まだ生きてる……
右腕の生還を喜んでいると、横では再び戦争が始まろうとしていた。
「というわけであたしときょーくんはゲームで遊ぶから、あんたはどっか行きなさい」
「あら、急に強気になるじゃない?」
「ま、まあまあほら! スマブラみんなで出来るから! 三人でやろう! ね!」
「……むう」
「ふふん……」
ゲームを起動してコントローラーを二人に渡しながら、俺は胸をなでおろした。これでなんとかこの状況を乗り越えられる。ゲームを通じて二人の仲が少しでも良くなれば万々歳だ。
――そう思っていた俺は本当に底抜けのバカだった。
★
四時間後……
「くっ……」
「あはは! 決まったわメテオが! 完全にね! 隙だらけよ貴女のクラウドは!」
「ふん……勝率三割以下のくせに調子乗るんじゃないわよ……」
「それは通算でしょう? ここ三十分は私の勝ち越しよ! さっきまでは初心者だった私にどんどん差を縮められる気分はどうかしら??? 泥棒猫にはやっぱり敗北がお似合いね!!!!」
「あんたはただの泥棒でしょうが!!!」
「あ、あのう……二人とも……」
「「雑魚は黙ってて」」
「はい」
まあこうなりますよね……
そっとソファの裏で体育座りしながら、俺は静かに涙を流した。
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