第99話 これはダメ

 社会科見学当日がやって来た。この日が来るまで冒険者ギルドの思惑と動向が気になるリティールと過保護な真似は止めて欲しいシャリアとレインスの間で何度か諍いが起きたが、それでも当日レインスとシャリアの担当を見ることについてレインスと密約を交わすことが出来たリティールは意気込んでカフェに入っていた。


(……ふぅん、このお店も結構おいしいわね。これなら用がなくても普通に食べに来てもいいくらいだわ。言い訳も立ちやすいわね……)


 お小遣いで頼んだパフェと紅茶のセットに舌鼓を打ちつつ、レインスとシャリアの来店を待つリティール。予定ではそろそろのはずだが……そう思って入り口の方を見ていると果たして、傾国の美少女と言って差し支えない可愛らしい少女がこの店にやって来るではないか。


(リア、今日も可愛いわね。レインスは……まぁまぁね)


 可愛いシャリアとそれをエスコートするレインス。そんな彼らの前には好青年と言っていい二人組がいた。彼らが来た途端、リティールは目に魔力を宿す。そして無言で立ち上がった。


「お、お姉ちゃん!? あれだけ言ったのに……」

「おいおい……」

「ちょっとこっちに来なさい」


 驚くシャリアと見るだけだと言ったのに堂々と現れて困惑するレインスの反応を無視してリティールは二人を店外に引っ張って行く。そして彼女は真面目な顔で言った。


「これはダメ」

「お姉ちゃん! 失礼なのです!」


 強く窘めるシャリア。そんな彼女たちに苦笑しながら二人の青年が店内から三人を追って外に出て来た。


「はは、手厳しいな? シャリアちゃんのお姉ちゃんなのかな? 初めまして。僕はラビ。こっちはカフス」

「馴れ馴れしく話しかけないで変態」

「お、おいちょっとリティールさーん? 流石に失礼極まりないと思うけど……」


 流石のレインスも窘めるレベルだ。だが、リティールは汚物でも見るかのような目で二人を見ている。しかし、好青年二人は苦笑するだけだった。


「全く、何がそんなに気に入られなかったのかはよく分かんないけど……ちょっと落ち着いて。この店でお茶でもして親睦を深めようよ」


 大人の対応。そんなに怒っていないようで安心したレインス。だが、リティールは油断なくシャリアの前に出て二人から距離を取らせる。そのついでにレインスを近くに寄せた。


「リア、私から離れちゃダメよ。そしてレインス。ちょっと耳貸しなさい」

「……はいはい」


 至近距離にやって来るリティール。彼女はその上で念を押して風魔術で外に音が漏れないようにした。そして、小声で怒るという器用なことをやってのけるのだ。


「ちょっと、何よこの変態たち! リアを見て欲情しっ放しじゃないの! ついでに私にも! あんたに対しては無だけど!」


 レインスはそれで大体理解した。どうやら、この二人はそう言う意味での子ども好きだったようだ。基本的に自己中心的な冒険者たちの中で、子ども相手の社会科見学などという面倒なことを快く引き受けてくれる心優しい奇特な方々だと思っていたが、どうやらその認識は改めた方がいいらしい。

 レインスは裏を取るために一応、氣を通して相手を見た。成程、確かに下半身に精力が傾いている。これは危険だ。


(……道理で自分より階級が上のシャリアが同行することに難色を示すどころか嬉々としてた訳だ……)


 冷めた目になるレインス。これで話は通じただろうということでリティールは風の魔術を解除した。唯一取り残されたのがシャリアだ。彼女は非常に怒っていた。


「お姉ちゃん! 今度という今度は怒ったのですよ!」

「り、リア落ち着いて? ね?」


 シャリアにも説明をしようと思っていたが、烈火の如き怒りようにリティールは気圧されてしまう。その分、シャリアは詰め寄って来た。


「人にいきなりそんなこと言っちゃダメなのです! ごめんなさいするのです!」

「え、死んでも嫌よ」


 現在進行形で性的興奮を覚えている変態共に謝る頭をリティールは持ち合わせていなかった。しかし、事情がよく分からないシャリアはその態度に更に怒る。


「お姉ちゃん!」

「まぁまぁ、僕たちはそんなに気にしてないから」


 寧ろご褒美。そんな呟きが警戒しているレインスの耳には入った。しかし、相手もさるものだ。ヒートアップしているシャリアには届かない。


「れ、レインス。助けて。リアが怒るの」

「まぁ……そうだなぁ。二人ともお家に帰ってゆっくり話し合えば? 元々、社会科見学は俺だけの課題なんだし」


 やんわりとこの場から二人を逃がすことにしたレインス。だが、そうは問屋が卸さない。男たちの狙いはあくまでヨーク姉妹。そして、シャリアもレインスについて行く気しかないのだ。


「……後でしっかりお話するのです。それからレインスさん、私も同じ学校に通ってるのです。課題は一緒なのです」

「偉い! しっかりしてるねシャリアちゃん! かわいい!」

「取り敢えず皆、お店の邪魔になるから中に入ってからお話ししよう。ね?」


 そう言って店内に入ることを促してくる青年二人。それにシャリアがリティールの非を詫びながらついていく。一方、今度取り残されたのはリティールとレインスの方だ。二人は顔を見合わせた。


「ちょっと、どうすんのよ。リアが穢れちゃうじゃない! どうにかしなさいよ」

「んー、でも一切ボロ出してないからなぁ……個人の思考の範囲だし……」


 だがしかし、そう思うには少し前には欲望が口から転び出ていた気もする。極上の美少女たちだ。彼らの興奮も仕方のないことだろう。だが、欲情をぶつけられる側はたまったものではなさそうだ。


「ただ考えてるだけなら私も文句だけで済ませるわよ。でもあいつらには明らかに悪意があるのよ! リアに何かあったらどうする気!?」

「……いや、シャリアがあの二人に負けることはないと思うけど」

「そういう問題じゃないわよ! 心に傷を負ったらどうするのよ! 学校に言ってリアをキャンセルに……「お姉ちゃん?」」


 シャリアが笑顔で店外に顔を出している。しかし、それによりリティールは最後まで言葉を続けられなかった。


「レインスさん、一緒に入るのです。お姉ちゃんは……大人しくパフェ食べて帰るのです。わかったのです?」

「り、リア?」

「わかったのです?」

「で、でもね。これだけは覚えて「わかったのです?」」


 尚、ここに至ってもシャリアは笑顔のままだった。そして、笑顔の少女は答えは一つしか認めないと言わんばかりにもう一度だけ尋ねる。


「わかったのです?」

「……はい」


 これはダメだ。何を言っても自分の言うことを聞くような状態ではなくなっている。リティールにはそれが理解出来た。こうなれば頼れるのはレインスだけだ。


「……頼んだわよ」

「まぁ、うん……」


 店内に入ると元々居た席の奥に向かい、パフェを食べながらこちらを睨んでくるリティール。そんな彼女の強い眼差しを受けながらレインスはカフェで青年たちの自己紹介を受けることになるのだった。



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