第95話 白外法

「レインス、ちょっとこっちに来て」

「んー?」


 激闘を終えた後。シガーの家で体を休めていたレインスはシガーの治療に当たっていたリティールに呼ばれてソファを立った。向かうのはシガーが横になっているベッドだ。そのすぐ隣には鎖で雁字搦めにされたニーヤの姿もあった。


「どうかした?」


 外部に仙氣を付与できなくなったレインスでは治療の役に立たないということで休んでいたが、何の用だろうか。そう思いながらリティールたちの下に行くと彼女は難しい顔をしていた。


「……シガー、傷は治ったけど目を覚まさないのよ。恐らく、体力的な問題ね」

「不味いのか?」


 レインスの問いかけにリティールは頷いて言う。


「正直に言うと、かなり危ない状態ね……リアが治療してるから何とか生きてると言っていいわ」

「そうか……」


 もっと戦い方を選んでいればよかったとレインスは後悔する。そんなレインスにリティールは尋ねた。


「ねぇ、何かいい案はないかしら? 出来れば助けたいの。何かない?」

「……んー」


 少し考える素振りを見せるレインス。正直に言ってしまえばないわけではない。だが、それをやるのは賭けに近く、倫理的にもどうかと思うものだった。そのため言うか言わないか悩んでいるとリティールの真摯な眼差しがレインスを貫いた。


「ある、のね?」

「……そうだね。ただ、俺が考えてるのは生き返らせるだけの行動であってその後のことは何も考えてないやり方になるかな……一応、言うだけ言ってみるけど」

「お願い」


 リティールの言葉を受けてレインスは視線をニーヤの方に向けた。そして端的に告げる。


「屍鬼将軍パリヤッソの血を彼に入れる」


 レインスの考えは対ニーヤ戦の時に見せつけられた異常な回復力をシガーに付与できないかというものだった。それに対し、リティールはたっぷりと間を取ってから答える。


「……やっぱり、そういう手ね」

「そっちも同じようなことを考えてたのか」

「まぁ……でも、それをやると色々と問題が……」


 リティールが言うにはまず、シガーの体がパリヤッソの血に拒絶反応を示して死に至る可能性、そして仮に馴染んだとしてもニーヤのように自我を失ってしまう可能性、またそれらをクリアしたとしても人間として生きていくことが出来なくなるという問題があるということだった。


「……やっぱり難しいか」

「そうね……でも、だからと言って別に案があるわけじゃないのよ。どうしたものかしら……」


 悩む二人。そんな時だった。


「私の血を使ってちょうだい……」


 呻くような声が聞こえた。その発生源はベッドのすぐ隣……ニーヤからだった。彼女が意識を取り戻したと見てすぐに警戒するレインスだが、リティールがそれを制して言った。


「どうやら、目を覚ましたみたいね」

「……ご迷惑をおかけして、申し訳ないです」

「お礼ならレインスに言ってちょうだい」


 縛られた状態で、ニーヤはレインスに頭だけ下げて謝罪の言葉を告げた。対するレインスは何とも言えない顔でそれを受け取った後、彼女に尋ねた。


「血を使うってことをやってほしいみたいだけど……何で? 大丈夫という自信はどこにあるの?」

「今ならわかるの……さっきまでの状態はあの男、パリヤッソが近くに居たことで起きた暴走状態みたいなものだったって。そしてその効力も薄れていて彼を化物にする能力もなく、回復力も彼を助けられる程度しか残ってないことも」

「リティール」

「嘘は言ってないみたいだわ」


 レインスはリティールの相手の感情を読み取る瞳術に確認を取った。判定は白。それならば話は早い。


「ならここは彼女の言う通りにしたらいいんじゃないかな」

「そうね。リア、ちょっと負担をかけるかもしれないけど聞いてちょうだい」

「はいなのです」


 シャリアに治療の説明を行うリティール。その間、レインスは意識を取り戻したがぐったりとしているニーヤを警戒しつつ尋ねた。


「随分ぐったりしているけど……そこから更に血を抜いても大丈夫なのか?」

「……どうでしょうね。けど、どうせ私に先なんてないからどっちでもいいわ」


 自嘲するニーヤ。レインスは彼女が自暴自棄になっていることに気付いた。自意識を奪われていたとはいえ、愛する者を自らの手に掛けた上、人を喰らう化物と化してしまったのだから仕方のないことだろう。レインスはそう考えて特に何も言わなかった。重い沈黙が落ちる。リティールがシャリアに治療手順の説明を終わるまで二人は口を開くことはなかった。


「……レインス、いいかしら? あなたも準備は良い? やるわよ」

「お願い、します」


(……言ってみたはいいが、出来るのか? 凄いな……)


 リティールたちの頼もしさにレインスは驚きを隠せない。彼の目の前でニーヤは魔術によって持ち上げられ、シガーの隣に寝かされる。そこでニーヤがリティールに尋ねた。


「……ねぇ、最後にお願いが。シガーにキスしてもいい?」

「いちゃつくのは後でやってちょうだい。今忙しいの」


 まさか真向から却下されるとは思っておらず、ニーヤは少し落ち込んだ。


「そう、ね……」

「それより覚悟はいいかしら? 行くわよ?」

「私はどうすれば……」

「何もしないでいいわ。というより、何もしないように頑張りなさい」


 それはどういう意味か。それを問いかけるより先にリティールは短く詠唱していた。


「【風弾フィル】」


 リティールの両手から放たれた小さな風がそれぞれニーヤとシガーの腕を切り裂いた。その直後、シャリアが素早く詠唱する。


「【水弾ドィラ】」


 血がニーヤの腕から立体的に動き始め、宙を舞ってニーヤからシガーへと流れていく。シガーの腕の傷に辿り着いた血は微かな抵抗をしていたが術によって強制的に流し込まれていった。


(……大丈夫なのか? これ……)


 魔術に頼り切るのではなく、魔術に加えて様々な原始的な手当てを行う白外法。恐らく、今現在行われているのはこれに当たるものなのだろうとレインスは素人目に見て判断し、何も言わなかった。

 だが、白外法の進んだ東の共和国の医術人や、癒しの魔術からこの分野についても今現在勉強中の聖女、メーデルがこの現場を見たら大慌てで割り込んで来たことだろう。危ういにも程がある治療法だった。


「まぁ、多分こんな感じでいいと思うわ」

「へぇー……」


 そんな綱渡りをしているとは知らずに感心しているレインス。対するリティールは物凄い古い文献内容を使いこなしたことで自信満々だった。シャリアからの尊敬の眼差しも相まって気分は上々だ。


「後は、血が馴染むまで放置ね。今日はもう疲れたし患者二人はベッドに鎖で縛り付けて寝ましょ?」

「そうしたいところだが……ニーヤさんが何か言いたそうにしてるぞ」


 レインスは鎖で縛りつけられてこちらに顔を向けるのがやっとのニーヤを指差してそう告げた。だが、リティールは相手にしなかった。


「何よ。警戒されるのは当たり前じゃない。文句があるなら明日にして。シャリアももう寝ましょう?」

「……そうするのです」


 シャリアは魔術による強制輸血を済ませるとその傷の箇所を治療してリティールに続く。その前に小さな声でニーヤに告げた。彼女にはニーヤがか細い声で言った言葉が聞こえていたのだ。その上で、彼女は優しく微笑む。


「今は、お休みするのです。疲れていては考えられないこともたくさんあるのです。結論を出すのは明日でもいいのです」

「……明日になっても変わらないと思うけど、ね」

「その時はその時なのです」


 シャリアはそう告げるとどこで寝るのかレインスと揉め始めた姉の下へと移動し二人を和解させることに勤しむのだった。




 

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