第83話 ギルド登録

 シャリアの金級冒険者登録はつつがなく済まされた。それにより上機嫌でレーノが席を立とうとしたところ、リティールが口を開く。


「ちょっと待ってくれるかしら」

「……どうかされました?」


 どこか不機嫌に見えるリティールの表情を見て警戒するレーノ。だが、続く言葉は彼女が警戒していた程のものではなかった。


「私も冒険者登録を済ませておきたいのだけど」

「でしたら、受付で……」

「多分だけど、外でやると騒ぎになるわ。ここでやってちょうだい」

「んー……あの、公平性の観点からそういうのはお受けできないんですが……」


 やんわりと、だが断る姿勢は見せておくレーノ。リティールは仕方なさそうにその申し出を受けて席を立った。それに従って席を立つことになる一行。そしてギルド受付への移動中にシャリアがリティールに尋ねた。


「お姉ちゃん、どうかしたのです?」

「リアだけ危険な目に遭わせられないわ。私もついていくことにするの」

「……お姉ちゃんにはレインスさんを守っていてほしいのですが」

「権威も抑止力の一つよ。安心しなさい。金級にならなければいいんでしょう?」


(……行く前の冗談が冗談になってない気がするんだが……)


 シャリアと話しているリティールの姿を見て自分が目立つことによってレインスを目立たなくさせるという旨の冗談が現実のものになりつつあるとレインスは認識する。だが、彼女たちを止める権利は特にないため放置せざるを得ない。


(まぁ……シャリアにはある程度人里の常識を教えたしリティールも頭は良さそうだからもう俺がいなくてもいいとは思う。あんまりにも俺が望む生活と離れているような生活になりそうだったら別れればいいか……)


 楽観的な見通しを立てながら移動するレインス。程なくして新規受付のラインにレーノが入り、リティールの検査を行う。


「じゃあ、簡単なプロフィールを……」

「シャリアと大して変わらないわよ」

「決まりなの。書いてください」


 レーノに少し窘めるような形でそう言われ、面倒臭そうに申込書の記入欄に必要事項を書き込むリティール。そしてそれは問題なく受理された。


「じゃあ、魔術が得意ってことでいいわね?」

「そうね」

「使える属性は……全属性? え、本当かしら?」

「ここで嘘書いてどうするのよ」


 やりとりだけで若干胃が痛くなって来るレインス。しかも、ここで言う全属性は火水風土金の五行に加えて光と闇という書く項目がある分だけだ。リティールはそれ以上に「無」と「空」の魔術を操ることが出来るため、これでも目立たなくしているという状況になる。


(存在がちーとってやつだな……)


 客人まれびとの用語で自分との違いを笑うしかないレインス。かつての賢者が自分では及ばないとして名を挙げただけはある。彼女はギルドの測定器具でその属性を全て測定するとレーノから感嘆の声を貰うことになる。


「シャリアちゃんも凄いと思ってたけどこれは……」

「まぁ、ヨーク種次期族長なんだからこれくらいは当然よ……それで? 次は何をしたらいいのかしら?」

「あ、はい。魔力量の調査になるんですけど……これを握ってもらえれば」


 そう言って魔結晶で出来た魔具を手渡してくるレーノ。それを見てリティールは顔を顰めた。


「これじゃ壊れると思うのだけど」

「え……そんなことは……黄金級の魔術師さんでも図れるんですよ?」

「そうなの?」


 レーノではなくレインスに確認を取るリティール。レインスが頷くとリティールは少し考えた素振りを見せて魔具に触れた。すると眩い光がギルド内を覆いつくす。


(何となくこうなりそうな予感はしてた……)


 今まで見たことのない強い光にレインスは目を細めてリティールを見ながらそう考えた。ギルド内はいきなり強い光に晒されて軽いパニック状態だ。レーノが慌てた様子でリティールに告げる。


「も、もう結構です! ありがとうございました!」

「そう? なら手を放すわよ」


 光が収まる。だが、ギルド内は騒然としていた。ギルド内にいたほぼ全員が光源とその発生者であるリティールのことを見ている。リティールは軽く溜息をついてレーノに言った。


「こうなると思ったわ。で、次はどうするのかしら?」

「……え、えぇと……あなたは、いや、貴女様は一体……」

「シャリアの姉でヨーク種次期族長のリティールよ。書いたでしょ? そんなことより冒険者登録を進めたいのだけど」

「は、はい……」


(とんでもなく目立ってるじゃないか……俺はもう退散するか……?)


 周囲を窺うレインス。すると、シャリアと目が合った。レインスと目が合ったと認識するとシャリアは苦笑して言った。


「やっぱり、お姉ちゃんは凄いのです」

「……凄いって、そういう問題じゃないと思うけど……取り敢えず、俺は先にギルドを出てるから終わったら……そうだな「レインス! ちょっと来て!」……はい」


 ギルド内にいた全員の注目が集まっている中、自分だけでもその目から逃れようとして早々に撤退しようとしたレインス。だが、その道は実行する前に閉ざされてしまった。仕方ないのでレインスは死んだ目をして注目の的であるリティールの声に応じる。リティールの方は何やらご立腹のようだ。レインスはひとまずどうしたのか尋ねた。


「どうしたの?」

「ここのギルド、聞き分けが悪いのだけど! どこもそういうものなの!? だったら私、冒険者登録辞めるわ! フリーで二人について行くことにする!」

「ちょ、ちょっと待ってください! それは困ります! ちょっとだけ思ったことを提案しただけじゃないですか!」

「何よ嘘吐き! あんた、私の前で嘘が通じると思ってるの!?」


(……あぁ、俺の日常がどんどん壊れていくよ……)


 初日から飛ばしているリティールに諦念めいた感情を抱きながらシャリアの方を見るレインス。その目の感情を何となく悟ったのだろうか、シャリアは申し訳なさそうにしていた。しかし、そんな妹を置いておいてリティールは加熱している。


「レインス、何か言いなさい!」

「……取り敢えず落ち着いて何があったのか言ってくれないと俺も分からない」

「北部戦線に行って黄金級を目指したらどうかと言っただけなんですよ。こちらとしてもそれだけでこんなに怒られるとは……」


 救いの手を求めてレインスに縋るような視線を向けるレーノ。だが、そんな態度もリティールにとっては無駄だった。


「しつこいわね。私はシャリアとついでにレインスのために里から出て来てるの。何でこの二人を放って北に行かないといけないのよ」

「まぁまぁ……リティール。人間との交流のためにも来てるんでしょ? そんなに怒らないで。それにレーノさんも気を付けた方がいいですよ」

「ごめんなさい、そこまで気に障るとは……」

「ふん。次から気を付けてちょうだい」


 何やら機嫌の悪いリティール。先程の部屋の中での出来事の所為で彼女の中では冒険者ギルドは可愛い妹のシャリアを虐めている組織に見えたのだろう。ギルドに対する不信感が強く出ていた。

 そんな彼女の印象を良くしようとレーノはギルドの上職者を呼び出し、対応依頼を図り出す。だが、リティールはそれも看破した。


「何か今、合図したみたいだけど? 何の合図かしら?」

「す、すみません。私の手には余るみたいなので上長を……」

「普通に登録するだけなのに? レインス、ちょっといいかしら。ギルド登録の時に受付で記名するだけで受理されるんじゃないの?」


 レーノは拝むような仕草でレインスに便宜を図ってもらおうとするがレインスはそれを自然な形で視界から外してリティールの方を見たまま答えた。


「……まぁ、うん。今回は特にユーコさんの推薦があるから特別な問題はないはずだし、金級冒険者に内定されてるシャリアの姉ということもあるから……」

「……もういいわ。リア、レインス、行くわよ。ここに縁はなさそうだわ」


 そう言うとリティールは記入した紙を無詠唱で燃やした。一瞬の出来事でそれに対応出来る者はおらず、レーノもただ見送るだけだ。


「さ、お邪魔したわね。悪かったわ。行きましょう」

「お騒がせしてごめんなさいなのです。レインスさん、行きましょう」

「……あぁ、うん」


 好き放題にやってのけたリティールを見てレインスは諦めの境地でそれについて行く。


(俺も、あんなふうに自由に振舞えたら楽だったんだろうなぁ……)


 そう、思いながら。



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