第77話 歌劇
いよいよ、レインス達のフラードの町の滞在最終日がやって来た。レインス達は復興祭と題された祭りの会場を練り歩いている。
「レインスさん、あっちの食べ物がおいしそうなのです」
「……シャリア、そんなに食べられないだろお前……」
「レインスさんと半分こなのです」
熱気あふれるメインストリートと広場。前日まで働き通しだったシャリアだが、その疲労は全く見せずにはしゃいでいた。
「お! 町の英雄様じゃないか! 今日はデートかい?」
町中に名前を知られているシャリアとその横をついて行くレインス。そんな両名を見てそう告げた的屋の男性。シャリアは照れながら否定も肯定もせずにレインスの方を見る。彼は苦笑していた。
「もう、困らせる質問したらダメなのです。クレープ一つくださいなのです」
「あいよ! 味は?」
(楽しんでいるようで何よりだ……)
レインスであれば自分の顔と名前を町中に知られているお祭りに出たくない。前世の英雄扱いだった時にも人々から求められる英雄像を気にしてこういった祭りなどを純粋に楽しむことなどできなかった。だが、シャリアは普通に楽しんでいるようだった。
(この辺りが凡人メンタルとは違うところなんだよな……)
シャリアのことを少し羨ましく思いながらレインスはお会計だけ済ませる。ほどなくして出来上がるクレープを持ってシャリアは一口それを食べると次にレインスの口元に持ってきた。
「美味しいのです。どーぞなのです」
「ありがと……」
非常に気恥ずかしい思いをしながらシャリアが口をつけていない部分のクレープを一口食べるレインス。味はよく分からなかった。だが、シャリアが楽しそうなのでいいことにする。
「お! シャリアさん、串焼きはどうだい?」
「えっと……」
「俺が食べるよ」
「ありがとうなのです!」
甘いもの以外は小食なシャリアに変わってレインスがそう申し出るとシャリアは一口だけ串焼きに手を付け、残りをレインスに渡す。すると、レインスの懐から声が上がった。
「すぃー」
「何だ? 食べたいのか?」
「すぃ」
「……甘くないけど。ほら」
声を上げたのはレインスについて来ていたぷち様、すぃーだった。彼女はこの町にいる間中、何となくレインスと共に行動することが多くなっており、今回のお祭りにもレインスにくっついていた。
そんな彼女は串焼きを貰うと串ごとそれを食べて満足そうな顔をする。
「すぃ」
「串ごと行くのか……」
「レインスさん、次はワッフルを食べるのです」
「みんなよく食べるなぁ……」
自分も育ち盛りの為かなり食べる方ではあるのだが、それを上回る一人と一匹に囲まれてレインスは思わずそう呟いた。それを聞いてシャリアは頷く。
「みんな元気になってよかったのです」
「……この町に掛けられてた魔術陣は大丈夫そう?」
「一応、全部見て来たのです。ただ、失った分の元気は……」
「そっか」
シャリアが気に病む必要はないと言いつつ、レインスは話題逸らしのために別の店を利用する。スライムが発生していた森で採れる果物を絞ったジュースが売りの店のようだ。レインスはそれを一口飲んでから言う。
「ちょっと酸っぱいけど、甘い物とか脂っぽいものばっかりだったし丁度いいかな。シャリアもいる?」
「そんなにたくさんはいらないのです」
「じゃあ、これ」
そう言ってシャリアに自分の分を飲ませるレインス。丁度そこでレインスは既知の気配を感知する。それはシャリアも同じようだった。
「……あれ? どうしてここにシャロさんの気配が……?」
「真っすぐこっちに来てるみたいだけど、取り敢えず迎えに行ってみようか……」
「なのです」
感じ取ったシャロの気配の方に少し進む二人。程なくして何やら急いでいる様子のシャロと出会う。
「レインス! よかった、無事で」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない……学園都市に合宿から戻ってきたらこの町が大変って聞いてすぐに飛んできた」
「あぁ、それなら無事に終わったよ。シャリアのお蔭で」
そう言われて謙遜するシャリア。だが、シャロの心配は止まらなかった。
「大丈夫? 今回は怪我とかしてない?」
「うん。今回は大丈夫」
「治療されたから大丈夫とかじゃないよ?」
「大丈夫だって……」
予想外に心配されてレインスはどこかくすぐったい思いになる。シャリアはそれを生暖かい目で見ていた。
「今回は大丈夫なのです。シャロちゃん。落ち着いて……ワッフル食べるのです?」
「そう……だったらいいけど。ワッフルは食べる」
「じゃあどうぞなのです」
そんなやり取りを往来でしているとレインスは周囲の目が集まっているのを感じ取った。ただでさえ人目を惹くシャリア。しかも彼女は今、この町の英雄と来たものだ。そんな彼女に加えて同じく美少女のシャロがいるのだからある種当然の出来事だった。
(……まぁ、添え物の俺は何だって話になるよなぁ……悪目立ちするからここからさっさと移動するかな……そろそろ、約束の時間も近いし……)
「シャリア、そろそろ時間だし行こう……シャロもついてくる?」
「何だかよくわからないけど、行く」
「今からアニマートの歌劇を見に行くのですよー」
「あにまーと?」
よく分からないままに案内されることになるシャロ。一行はそのまま祭りの中心に移動する。そこで招待券を係員に見せるとシャリアの顔を見た係員がシャリアが来たら裏方に通してほしいという連絡があったとして彼女たちを近くの建物に案内してくれた。
そこでは最終確認をしているアニマートの面々がいた。その中でも今回の主役であるメグミがぴりっとした雰囲気を出している。そんな彼女だが、シャリアの顔を見た途端にその空気を弛緩させた。
「お! 来てくれたんだ!」
「はいなのです! 楽しみにしてるのです」
「期待しててね! ……そっちの子はお友達?」
「シャロちゃんなのです」
「どうも」と言って挨拶をするシャロ。メグミはそんな彼女にも楽しんで行ってもらうように告げると最終確認に戻った。その代わりにアンドレとマリウスが顔を出す。彼らも舞台用の衣装を身に纏っていた。
「よう、シャリアとレインス……今日の公演、楽しんで行ってな」
微妙にテンションの低いアンドレ。元々、出演の予定がなかったのに色々あって劇に出ることになったアンドレだが、出ると決まってからは猛特訓が始まったので疲労困憊なのだ。それはマリウスも同じことだった。
「応援するのです!」
「よろしく頼むぜ! それじゃ、そろそろ関係者席に行ってデビッド兄ぃの前口上を聞いててくれよ」
「はいなのです」
そう言われて仮設ステージの特等席に移動する面々。舞台上ではデビッドが朗々とした声で劇の世界観に繋がるような説明を語り手の役になり切って語っていた。
「……種族と身分を超えた恋物語、か」
「楽しみなのです」
「ん……」
語りが終わる。デビッドの役目はここまでの様だった。少しの静寂の後、幕が上がる。そして小さな声が全員の耳朶を打った。
(これは……
小さい音ながら全員がはっきりと聞き取れる。そんな矛盾した状態にレインスはすぐに己の知識から状況把握出来る説明を引っ張り出してくる。
しかし、そんなもの、劇が始まってしまえばどうでもよかった。
メグミ扮する美姫の独白から始まった劇は悲し気な歌と共に次第に盛り上がりを見せ、様々な魔術の演出と合わさって身分違いの恋の冒険を彩っていく。中でも、時折挟まれるメグミの歌には誰もが心を動かされていた。
(これは、凄いな……)
シャリアもシャロも劇に夢中だ。レインスも劇に引き込まれていく。アンドレやマリウスも登場するが、彼らも立派な子役として役になり切っており、まるで別人のようになっていた。
劇は全部で二時間半。その間、レインス達は途中休憩の間さえも劇の話題を楽しんで劇にのめり込むのだった。
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