小さな英雄

第58話 課外活動

 レインスがシャリアと一緒に暮らし始めて季節は既に一巡し、レインスは確実に成長していた。その間にもレインスは念のため自身を鍛え続けながらも自宅外には実力を隠し通すことに成功している。他方、シャリアは微妙に力をセーブし損ねて既に銀級の冒険者になっていた。

 しかし、その力によってシャリアはレインスのお目付け役としての地位を確立することにも成功して学内では名物コンビとして扱われるようになっている。


 そんなある日のこと。レインスは主担任に職員室へ呼び出しを受けていた。


「レインス、少し学内の依頼を受けてみてくれないか?」

「何ですか?」

「課外活動だ。結構な遠出になるが、シャリアが居れば大丈夫だろう」


 レインスの主担任から手渡された書類には学園都市よりも南に位置するとある町についての調査結果が記されていた。レインスはその内容が簡略された表紙を軽くめくってみて内容を確認する。


(ソリッドスライムの異常増殖、ねぇ……十中八九、魔王が復活したことの絡みか……それか、上位個体でも生まれたか何かかな?)


 どうやら依頼内容はスライム討伐ということらしい。確かにソリッドスライムという種類は弱く、レインスのような駆け出しの冒険者でも狩れる存在だ。しかし、数が多いとなると危険度はそれなりに増す。そんな異常事態をまだ鉄級の自分に頼むのはどうかと思うレインス。その様子を見てか担任は説明を入れる。


「いや、まぁ……こんなことお前に頼むのもあれかと思うんだが……ユーコさんからの依頼でお前を多少は外の世界に触れさせないといけないというか、シャリアからのお願いで自分を外に出す時はレインスも一緒じゃないと嫌がるというかその……まぁ、なんだ、察してくれると助かるんだが……」


 主担任がレインスを呼んだ理由は要するにユーコの圧力とシャリアを釣り出す餌ということのようだった。それを受けてレインスは自身に問題があるわけではないと確認して少しだけ安堵しつつ渋い顔を作った。


「えー、行きたくないんですけど……」

「まぁ、そう言うのは分かってる。だけどな、どっちにしろ課外活動は必修だ。今の内に楽しておいた方がいいんじゃないか?」


 主担任はレインスの好きな楽という言葉を使ってレインスが依頼を受けるように促した。それを受けたレインスは微妙な顔をしながらも書類の中にざっと目を通す。


(ふむ……学園都市の生徒として自覚ある行動を取ってほしいということは、学園都市とずぶずぶじゃない関係の割と排他的な町、か……まぁ、シャリアがいるし、仮に俺が出張るとなってもスライム相手ならそれなりに力を見せたところで誤魔化しが利くな……受けてもいい、かな?)


 依頼内容を見る感じだと厄介なことはなさそうだ。どの道、この後に課外活動をしなければならないのであるならばということでレインスはその依頼を受けることにした。


「えー楽ならやろっかなー……」

「おう、お前は基本的にはないと思うがシャリアちゃんが戦ってる傍で彼女が魔術で撃ち漏らした敵を倒すのが主な仕事だな。よろしく頼むぞ」

「まぁ、いいよ。うん」

「じゃあシャリアちゃんにもよろしく言っておいてくれ」


 書類を手渡されたレインス。そこに自分の名前を署名し、後でシャリアの名前を入れて持ってきてほしいということだ。職員室を後にしたレインスはすぐに教室へと戻り、シャリアがいる場所に向かう。

 放課後ということで人がまばらになっている教室内。彼女はレインスを待って一人で本を読んでいたが、レインスの気配を感じ取るとすぐに顔を上げた。そして、彼が帰り支度もせずに自分のところに書類を片手にやって来たのを見て首を傾げる。


「レインスさん。どうかしたのです?」

「依頼。課外活動だって」

「お出かけなのですか? わかったのです」


 よく目を通しもせずにサインをしようとするシャリア。レインスはそれを見咎めてしっかりと目を通すように促す。その注意にシャリアは唇を尖らせる。


「……どうせ、レインスさんが行くと決めてるのなら私もついて行くのでよく見ても見なくても大きな差はないのです……」

「俺が悪いこと考えてたらどうするんだ……」

「レインスさんはそんなことしないのです」


 素直に言われた言葉。しかし、レインスはそれを良しとせずにシャリアに書類を読ませた。読み終えたシャリアは首を傾げながら書類をレインスに返した。


「スライムの討伐、なのです?」

「あぁ。結構遠いところみたい」

「わざわざ学園都市の人を呼ぶのです? 近くの冒険者さんで何とかなるはずなのですが……」


 シャリアの疑問にレインスは少しだけ声を落として近付き周囲に聞かれないように答える。


「学園都市って周辺の都市から色々と融通利かせてもらって成り立ってるんだ。その代わり、何かあった時に学生を格安で雇える……ただし、多少のミスは大目に見るって感じでな」

「そうなのですか? ミスなんて織り込んでたら後が大変だと思うのですが……」

「いや、ミスと言っても些細なレベルだよ? 依頼自体が達成できなさそうなら学校側が受けさせないから」


 レインスはシャリアから書類を受け取りながらシャリアの隣に座って続ける。


「これが普通のギルドに依頼するのと同じくらい達成率が高いんだ。それだけ学園都市のシステムと学生が基本的に優秀なんだよ。しかも、学生相手だから学園都市の運営側……教師はこれも勉強として言い包めれるのも簡単で安く済む。

 今回は特に異常発生みたいだから広範囲の火力が欲しいんだろうが、そうなると高位魔術師が必要だ。ギルドに依頼すれば雇うのにそれなりの金額が必要になる。そんな大金は払いたくないってところだろうな」


 軽く学園都市と周辺地域の裏側の話をしてからレインスは帰り支度をまとめるとシャリアと共に立ち上がり、教室を後にする。


 そしてそのままレインスは校門を通過して帰宅しようとする。取り敢えずシャリアはそれに続くが首を傾げていた。


「さっきの契約書は出さなくていいのですか?」

「すぐに出したらこういうのにはやる気があると思われて次からも同じような要求されるかもしれないからなぁ……基本的に嫌がってるスタンスで言った方が後々楽でいい」

「……そうなのですか」

「うん。特にシャリアは可愛くて強いから色んなお誘いがあると思う……そういう時に気を付けた方がいいよ」


 もう少し詳しく説明するつもりだったレインスだが、余計なことを言ったせいでやる気をなくしてしまう。シャリアは少しだけレインスの可愛いの発言辺りに反応するがいつものことだと頭を振ってレインスに付き従った。

 そうやってレインスとシャリアの家に歩いているとこの町の中でも比較的大きな魔力を身に宿した存在が後ろからそれなりのスピードでやって来る。


「……レインスさん。シャロちゃんが来るみたいなのです」

「みたいだな……あんなに急いでどうしたのか」


 シャロちゃんが急いで追いかけてくるのはレインスさんが何も言わずに避けようとするからじゃないのですか? その言葉を呑み込んでシャリアはシャロが二人と合流しやすいように少しだけ歩調を緩める。すると彼女はすぐに姿を現した。


「やぁ、シャロ。そんなに急いでどうした?」

「ん……前にいたから、追いかけて来た」

「そんなに急がなくても別に逃げないのに」


(レインスさんはうそつきなのです……)


 普通に追いかけるとさりげなく進行方向を変えたり寄り道をしたりするレインスのやり方を一緒にいることが多いシャリアはよく知っている。それに気付いているシャロが少し傷付いているのもよく相談を受けるので知っていた。だが、二人ともそんなことはおくびにも出さずに会話を続ける。


「レインスはこれからどうするの?」

「帰る」

「ん……じゃあ、私も家に行っていい?」

「いいけど……別に、何もないよ?」


 それでも構わないとして付いてくるシャロ。どこか楽し気にしているシャロを見てレインスは怪訝な顔になると同時に少し思案する。周囲にはこちらを窺う気配が幾つか隠れていた。


(……まぁ、これだけ優秀な子だ。卒業まで時間は大分あるが、今の時点から目をつけられてるだろうな……俺なんかに構って時間を無駄にさせるのも勿体ないとは思うが……本人の意思を無視するのも……)


 普通の学校の自分たちと一緒にいることで自身が特別であることを自覚している彼女の同級生たちと溝が出来るのではないかと懸念するレインス。彼女には白霊虎の力を存分に振るえる立場になって欲しいと思っている。だが、同時にシャロ本人が望んでいることも無視するわけにもいかないとも考えるレインス。


「今日も大変だった……レインス、聞いて?」

「うん」

「あのね……」


 疲れたと言いながら楽しそうに学校での出来事を話し始めるシャロ。そんな彼女を見てレインスは一先ずは現状維持でいいことにして他愛ない話をしながら帰路につくのだった。


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