The Epilogue of Voyage
夕野ヨシミ
The Epilogue of Voyage
この美しい星たちを、守りたい──
そう願いはじめたのは、もう何年前のことだろうか。
窓の外に広がる、宇宙の暗闇を眺めて思いに耽る。
* * *
旅をはじめた頃、我々にとって強大な敵がいたわけではなかった。
それでも星々は苦しみ、悩み、滅びていくのが定めだった。
抗うことのできない宇宙の法則。原理。強い意志が介在しない限り、必ずエントロピーは増大し続け、宇宙は残酷に冷えてゆく。
それを逆転する方法は、たったひとつ。
膨大なエネルギーをもとにした儀式。聖樹の顕現。次元の解放。それにより現状の物理法則を超越し、時空を越えてすべての往来を自由にすること。
最初の旅では、顕現に必要なエネルギーを集めるため、ただひたすらに銀河を駆け巡っていた。
その船の名は、アルバトロシクス。
* * *
やがて旅の終わりに訪れた、青い星。
豊かに水を湛えた、美しい惑星。多次元の座標が交差する、聖樹の苗床となる場所。
しかし我々の集めたエネルギーは、聖樹を咲かせるには明らかにその量が足りていなかった。
純粋な善のエネルギー。その輝きは何よりも美しかった。しかし結果的に、それだけでは法則を覆すことはできなかった。
この宇宙がはじまってから何度も繰り返されてきた絶望。多くの人々が挑戦しては敗れ去ってきた、絶対的な壁。
それを何としても打ち破りたい。決して諦めたくはなかった。だから、あらゆる可能性と手段を模索した。
滅びへと向かう時間の奔流に抗い、過去へ飛ぶこと。光よりも速く船を駆り、数十年の時を遡る。
それが、我々の採った選択だった。
* * *
二度目の旅は、苛烈を極めた。
善なるエネルギーだけでは足りないのならば、邪なるエネルギーも集めるしかないのだ。
そのためにはどこまでも冷酷に、残酷に、破壊の限りを尽くす必要があった。
船の名を、鳥の名前から悪魔の名前へと変えた。悪魔にでもならなければ、心が耐えられなかった。
苦しみと悲しみを、絶叫と嗚咽を、混乱と破滅を求め続けた。この銀河に生きる多くの命を奪い、闇へと葬った。
旅の仲間たちはそれぞれの役割を果たすため、徐々に散っていった。
ある者は自由を謳い闘う同盟軍へ、ある者は銀河の経済を支配する秘密結社へ、ある者は聖樹を信仰する教団組織へ、ある者は叡智の集積した知の惑星都市へ──
ひとり船に残ったのは、かつての亡国の姫。
漆黒の仮面と外套を身に着け、その姿を偽り、名前を変えた。
やがて悪魔の船はその力を蓄え、まるでひとつの星ほどもある巨大な要塞へと成長した。
その要塞の名は、アスモデウス。
* * *
やがて旅の途中に訪れた、故郷の星。
果実の名を持つ、ひときわ美しい惑星。愛する人々が住まう、自身の生まれた場所。
しかしそれでも滅ぼさねばならない。やがて来たるべき救済のため、その時は滅亡をもたらさねばならなかった。
何もかもを反転させるほどの甚大なるエネルギー。それを手に入れるためには、どうしても必要なことだった。
そして産まれる、解放の旗のもとに建てられた船、アルバトロシクス。
かつての自分たちとは少し異なる目つきをしているが、顔ぶれは同じ自分たちだ。
彼らを支えるのは、同盟軍や秘密結社にいる大勢の人々。
そこに潜入している旅の仲間たちは、一度はこの宇宙を生きた記憶と記録を持っている。
まさしくそれは予言の書。彼らの行動を導く、道標となるものだった。
* * *
その当時、全宇宙を支配下に置こうかというほどの力を誇っていたアスモデウス。
それに対抗すべく成長していったのが、アルバトロシクスを中心として結集された勢力だった。
過酷な闘いは長きに渡り続いた。多くの惑星が戦場となり、さらに多くの命が失われていった。
しかしその過程で、衝突と救済、破壊と回復が繰り返されたため、最初の旅の時とは比べものにならない量のエネルギーが収集されていった。
そのエネルギーは何時しか、カルマと呼ばれるようになり、双方の船の中枢に蓄えられていった。
これならきっと、聖樹を顕現させることができるはずだ。
我々の選択と覚悟が間違っていなかったことが証明されて欲しい。今度こそ絶望に打ち勝って、その先にある幸せな宇宙の未来を見たい──
* * *
そして再び訪れる、青い星。
窓の外に広がる、宇宙の暗闇の中で、宝石のように輝いて浮かんでいる。
もう、仮面は要らない。
ダークエクスの名を捨て、いま一度miko+Resurrectionとして、祈りの言葉を歌おう。
聖なる樹の花にすべての希望を宿し、次元の扉をひらこう。失われた命を呼び戻し、復活と喜びの宴をはじめよう。
その希望の光が、永遠かつ無限に広がっていくように──
そして願わくば、あなたのもとへも届くように──
いま此処に、この宇宙で最後の祈りを捧げるとしよう。
(終)
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