クラブ・デニス、再びpart1

 黒いフリルのスカートと白いマフラー、日本人形のような黒髪をそよ風に揺らしながら、アンズは午後の散歩を楽しむような足取りでクラブ・デニスへと向かっていく。





 その途上、俺は恐る恐る尋ねる。





「……おい。一つ、教えてくれ。お前は……どうして俺の居場所が解ったんだ?」


「そんなの、解るに決まってるよ。だって、私とハルくんは運命の赤い糸で――」


「冗談はよせ」


「そうやって冷たいんだから、ハルくんは……。でも、そういうところも私は好きなんだけど」





 そういうのはいいから。本当にいいからただ質問に答えてくれ。





「正直に言うとね、大体の場所は魔王に教えてもらったの」


「魔王……? ヴァン・ナビスか?」


「そんな名前だったかな? でも、たぶんそうだと思う」


「お前……まさか、ヴァン・ナビスから俺を始末するように言われてきたんじゃないだろうな」


「凄い。どうして解るの?」


「魔王が俺の居場所をわざわざお前に教えたっていうんだから、それくらい簡単に予想がつくだろ」


「流石ハルくん……やっぱり頭がいいね。――うん、そうだよ。私はそう言われてハルくんの所に来たの。でもね、そんなこと別にどうでもいいの」


「どうでもいい?」


「当たり前でしょ? どうして私がハルくんを殺さなきゃいけないの? 確かに私はあのお城にいた人たちのおかげで、またこうしてハルくんと会えたよ。でも、だからってどうしてなんでも言うことを聞かなくちゃいけないの? しかも、ハルくんを殺せだなんて……そんな命令、聞けるはずないよ」





……ふむ。なるほど……いや、俺は騙されないぞ。





 一見、理性的かつ良心的に見えるが、コイツはただとにかく俺を自分の物にしたいだけ。俺の気を惹こうとしてるだけなんだ。





 と、アンズがついさっきララに剣を突きつけていたことも忘れて、危うくアンズを信頼しかけていた人のいい俺に自分で注意しつつ考える。





 そうか。ヴァン・ナビスは刺客を送って俺を始末しようとしたのか。





 とすると、だ。





 魔王の刺客であるアンズは何か……俺の弱点を突くような能力を持っている可能性が高いのではないだろうか? 例えば、《防御力無視》……とか? 





 いや、まあ、それはすぐに解るはずだ。





 クラブ・デニス。





その扉の前に立つと、アンズの表情から温度が消える。俺以外の人間に向ける無表情の仮面を被って――店内へ入った。





 すると、カウンターの中にいた男(さっきララにセクハラをして殴られたバーテンダー)が、こちらに気がついて歩み寄ってきた。





 どこか先程よりも距離を取った場所で立ち止まり、





「き、君は……ここで働きたい子かな? っていうか、その兜……それ、最近の若い子の間で流行ってるの?」


「あなたがデニスという方ですか?」





 まるで機械のような冷淡さでアンズは訊き返す。





「い、いや、俺はデニスさんじゃない。確かに、君を雇うかどうかを決めるのはデニスさんだが、まずは俺が面接をして――」


「デニスさんをここへ呼んでください」


「ここへ呼んでくださいって……あのな、あの方はそんなに誰でも気軽に会えるような人じゃないんだよ。君、流れ者か? そんなことも知らずにこんな場所に来ても――ガッ!?」


「ならいいです。自分で捜すので」





――まただ。また、ほとんど俺にも見えなかった。





気づいたらアンズは重さ百キロ近くはあろうかという大剣を横薙ぎに振り、バーテンの男性は吹き飛んでカウンター奥にある酒瓶の棚に突っ込んでいた。





 アンズはいつの間にか振るっていた大剣を再び背にしまい直し、奥にある紫色のカーテンへと向かって歩き出す。





「きゃああああああああああああああああああああっ!」





 空気を裂くような女性たちの悲鳴が店内にこだまし、店内にいた人間全員が押し合いながら店の出口へ殺到する。





「お、おい、アンズ! あんなことはする必要がないだろ! アイツは無関係の人間だぞ!」


「もう、ハルくんったら……」





 左右にいくつも扉がある、暗く細い廊下を奥へと進みながら、アンズはぷくっと頬を膨らませて、





「あんな男のことはどうでもいいから、ちゃんと私のことを見ててほしいな……。私いま、ハルくんにふさわしいところを見せようと思って頑張ってるんだよ?」





 言いつつ、何ごとだという様子で廊下の突き当たりの丁字路に抜き身の剣を持った男たちが現れる。おそらく、デニスの部下か用心棒だろう。



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