7-◾️【お蔵入り】【読者さんにだけ特別公開!】






ピッ……。

 

 これ以上はYouTubeで配信できないと思って一度消した録画ボタンを、もう一度押した。

 後で何かの証拠になるかもしれない。



「さ、三号くん、ちょっと待って!!」


「待てません!!」



 二号さんの腕を引っ張りながら廃病院の中を走る。

 帽子とフードを深く被っても、雨が目に入って視界が悪い。

 居場所がバレるから懐中電灯の明かりは消して、パーカーのポケットに突っ込んだ。


 遺体安置所を抜けて、カルテが散乱している受付を踏み荒らしながら階段を上ると二階には病室が並んでいた。

 窓ガラスはどれも乱雑に割られている。

 歩くごとに破片を踏んで音が出るし、居場所がバレるから長居はできないな……。


 一気に行くしか……っ!!



「ら、ラフィにっ、ちゃんと話、聞いた方が良いって……!!」


「まだ言いますかっ!?」


「Ha-ha♪ Haha-hahaha-!」


「ホラ、あんなに機嫌良さそうだし……」


「機嫌がよければ他人にナイフを投げても良いんですか!?」


「そ、んなわけじゃないけど……ヒッ!?」



 ラフィが投げたナイフがまた後ろから飛んできた。

 今度は二号さんの肩口を掠めて、破片だらけの床に落ちる。



「ンン〜♪ do-nattu、whip……♪」



 振り返ると、階段の下にラフィが居た。


 がらんどうの目で気持ち悪く笑っている。

 両手に持っていたナイフを二本とも投げて手ぶらになったラフィがコートを翻すと、その内側にはたくさんの鈍く光るナイフが見えた。



「まだまだ、ヤる気だってことか……っ!」


「ラフィ、な、なんで……」


羅睺らごうですよ!! 羅睺に乗っ取られているんです! 正気じゃないんです!!」



 未だに状況を理解していない二号さんを引きずりながら、病室の前を駆け抜けた。

 割れた窓から横殴りの雨が入ってきて身体を濡らす。

 病室を通り過ぎるたびに、聞きたくない声が鼓膜に届いた。




【ナンデ……ナ】


【ン、デ】


【オマエ、ガ、シネ】


【バ……ヨカッ、タ、ノ】


【二ニ、ニ、ニニニニニ……】




 だめだ、だめだ!!

 聞くな! 見るな! 感じるな!!


 信じるから怖いんだ!!


 全然、こわくなんかない!!



「三号くん!」



 羅睺の名前を出すと、ようやく頭を切り替えたらしい二号さんが私の前に出る。



「ここから外へ!!」



 非常階段の扉を開けてくれたから、そのまま飛び出した。

 勢いを増した雨が濡れた服を叩く。

 外階段も朽ちてボロボロだけど、なんとか上れるだろう。



「浅葱さん!?」



 すぐに浅葱さんも出てくるかと思っていたのに、私の背中で扉が閉まる音がした。



「ちょっと! なんでこんなことするんですか!?」



 閉じた非常階段の扉を拳で思いっきり殴る。



「そりゃ……キミと僕はコンビだから、だよ」


「一方的に庇ってもらいたくて、コンビ組んでるんじゃないですよ!!」


「いいいい、いいから早く行って!! あんまり長い時間は無理だからぁ!!」



 ラフィが廊下に散らばったガラスを踏みしめながら一歩一歩向かってくる音が、大雨の中でもハッキリと聞こえる。



「くそっ……!」



 あの馬鹿は本当にポンコツなんだから……っ!!

 アナタと二人じゃないと、『ゴーストイーター』は意味ないんですよ!!

 最近、またなにか勝手に思い詰めた顔をしていると思ったら……っ!!



「ら、ラフィ、ちょっと、だけ、話を……」


「Nooooooooooo!!!」


「うあっ!? ひッ、痛い!!」



 ここからじゃ状況が把握できない。

 聞こえるのは、何かがぶつかる音と擦れる音だけだ。



「もうっ!!!」



 これしかない。


 私は朽ちかけた階段を駆け上った。

 すぐに三階に着く。

 浅葱さんを見捨てるなんてできないに決まってる!

 


「ふぅ〜……エイッ!!!!」



 呼吸を整えて、三階の非常階段と廊下を繋ぐ扉を蹴破った。

 体力には自信がないけれど、これだけ朽ちていればいけるだろう。

 兄ちゃんが事故物件に行く前、無駄に身体を鍛えていた理由が分かった気がする。



「よし……!」



 開いた!!


 三階は職員のロッカーや休憩室になっていて、またイヤな雑音が聞こえたけれどそんなの無視だ、無視!!!


 吹き込んだ雨で滑りそうになりながら廊下を走り抜けて、再び階段を駆け下りる。



 さっき見た病室にたどり着くと、突き当たりの非常階段の前で浅葱さんがラフィのナイフの餌食になっていた。



「Ha-Ha! Ha-Ha!!!」


「ら、フィっ! お、お願いだから、やめ、ヤッ、いたっ、ああぁ!!」 



 二人とも、私には気づいていないようだ。

 出来るだけ気配を消して、でも出来る限りの早さで走って近づく。

 いつも被っている黒いキャップを外して、夢中になっているラフィに後ろ前にして被せた。



「What!?」



 生身の人間を乗っ取っているのだから、目を塞がれると動きが止まるだろうという読みは当たったみたいだ。

 霊体のままなら視界を塞がれることなんてないのに、身体を手に入れることに執着するからこうなるんだ、羅睺め。



「あ、あれ……? 三号くん?」



 両腕で頭を庇っていた浅葱さんが顔を上げた。

 顔の半分以上が血で濡れていて、ライオンマスクは無惨にも切り裂かれて床に打ち捨てられている。

 私と目が合うとまるで幽霊でも見たような顔をするから、腹の底から思いっきり怒鳴った。



「あ、さ、ぎ、さんッ!!!!」


「ひぇッ!!!!!」


「立って!!!」


「ハイッ!!!」



 座り込んでいた浅葱さんを引っ張って、非常階段から再び外に出る。

 今度は三階に寄らずに、一気に屋上まで駆け上がった。

 浅葱さんもついてきているみたいだし、あまり致命傷は浴びていないのだろう。


 屋上に備え付けられている貯水槽の影に隠れた。



「はぁ、はぁ……」


「だ、大丈夫?」


「それは、コッチの、台詞ですよ……」



 こんなに全力で走ったのなんて久しぶりだ。

 その場に倒れ込んだ浅葱さんを睨みつけると、バツが悪そうに目を逸らされる。



「後で、話し合いですね……!!」


「うっ……そうだね。でも……」


「でも、じゃないです!!!」



 隠れていることも忘れて声が大きくなってしまう。

 雨は勢いを増しているし、いつもの帽子もないし、服も極限まで濡れて気持ち悪いし……。



「全く……!」



 パーカーのポケットから懐中電灯を出して浅葱さんに渡す。

 その後でずぶ濡れのパーカーを脱いだ。

 下は半袖だけど、ずっと走っていたから夜の冷気が気持ちいい。



「どこまで馬鹿なんですか、浅葱さんは……」


「ごめん……結局キミに、迷惑、かけて、ばっかり、で……??」



 浅葱さんの視線が、下から上がってくるにつれてどんどん驚いた顔に変わっていく。

 特に、私の顔と胸元辺りを何度も往復している。

 頭からドクドクと血を流しているのに、それにも気がついていないようだ。



「なんですか?」


「えっと……えっ? あれっ? ちょ、ちょっと待って? えっ? えっ? えっ??」



 まだ寝ぼけているのか? と思って私も自分の胸元に目をやると……。



「ぁ……」



 マズイ。

 これはマズすぎる。



「あれっ……? えっ? あっ、でも……いや、ええええ????」



 どうせ生地の厚いオーバーサイズのパーカーを着るからいいや、と思って油断したのが間違いだった。

 せめてタンクトップでも着ていれば、マシだったのに。


 今日は怠っていた。


 浅葱さんとコンビを組み始めた最初の頃ならこんなミスは犯さなかったのに……っ!



「さ、三号……?」



 浅葱さんは震える手で私を指差しながら、言った。



「ソレ、何……?」

 


 大雨のせいで肌に張り付く服は、ピッタリ身体に吸いついて下着の線を露わにしている。


 あぁ、せめてスポーツブラだったならよかったのに。


 なんで今日に限って、レースの花柄ブラなんて着てしまったんだろう……。

 お気に入りだからって捨てなかったのが仇になったか……。

 貧乳とは言え、ブラジャー越しのふくらみは言い逃れできない。


 恥ずかしさよりも先に、どう誤魔化すかで頭がいっぱいになる。


 ゆっくりゆっくり、一段ずつ鼻歌を歌いながら非常階段を上がってくるラフィの足音もだんだん近くなってくるし……!!



 どうする……?

 どうすれば……!!



「浅葱さん」


「はいっ!?」


「説明は後、ですっ!!」



 血が足りないのかボンヤリした表情の浅葱さんをまた引っ張って、屋上の端に連れて行く。

 一応、落下防止のためにフェンスが立っているけれど、年月が経ちすぎているからこんなのあってないようなものだ。



「飛びましょう」


「えっ!? ここから???」


「この病院は山の上で、坂になってるからここから飛べば実質二階分の高さです!」


「で、でも前に行った『潜入不可能の部屋』では二階分の高さから落ちた子が死んでたじゃん!!」


「あれは打ち所が悪かったからです!!」



 さっき身を挺して私を守ろうとしていたくせに、なんでこんなことをためらうんだろう。



「この下は植え込みが好き放題生えていますし、衝撃を吸収してくれます!」


「で、でも……」


「迷ってる暇はありません!!!」



 両肩を掴んで揺さぶると、浅葱さんはようやく覚悟を決めた様子で立ち上がった。



「……分かった」



 浅葱さんは血塗れの細い腕で私を……三号を引き寄せて、フェンスの隙間から屋上の縁に立つ。

 骨だらけの身体のどこに、こんな強い力があるのだろう。



「僕から絶対、離れないでね」



 雨が強く地面を叩いている。

 手に持っているカメラのジーッという録画音が、やけに大きく聞こえた。



「浅葱さん? なにを」



 するつもりですか、と聞こうとした瞬間、浅葱さんは私を胸に抱いたまま背中から落ちた。


 だから、もう!!


 自分がクッションになって私を助けるつもりだろうけど……そういう意味じゃないんだって!!!



 ばか!!!

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