第32話 強さ ②
「掃き溜めらしい雰囲気はどうした。ゴミ共」
冒険者ギルドの扉を暴言を吐きながら開き入って来た男。
オールバックの金髪に葉巻をくわえ、絶対に悪いことしてそうな顔、いやあれはそういう組織の親玉的な顔だ。怖すぎる。そして、二メートルを超えるであろうその巨体に羽織る高そうなコートに、そのコートから見える肉体はまるで鋼の様。怖い。
そして、いくら雰囲気が変わったとは言え、そんな暴言を吐かれたら怒りに燃え上がるはずのギルドだが、今は違った。その男がいくら暴言を吐こうとも誰も怒らない。みな、静まり返っている。
「ドンだ……」
「ドンが帰ってきた……」
周りから聞こえるヒソヒソ声。ドン? ドンが帰ってきた? あの人ドンって言うの?
「ねえ、誰あれ?」
「さあ? 俺のお友達にあんなのいねえし」
「え、シオン友達いたの?」
そんな中相変わらずの二人。静かなギルド内に横にいる二人の声は大きく響く。
「……なるほど。こんなことになってるのはお前らか」
そう言うと男は私達の方へと近付いてきた。
「俺が居ない間に随分と好き勝手やってる様だな」
え、好き勝手? してませんしてません! 私は何もしてません! やってるのはこの二人です! あっ、嘘です! リンさんは無罪です! シオンさんです!
「何か問題でも? ドン・オーガストさん?」
ドン・オーガスト? この人ドン・オーガストって言うですかシオンさん?
「え? シオンこの人知ってるの?」
「ああ。有名人だろこいつ」
「そうなんだ。……あれ? さっき知らないって言ってなかった?」
「今思い出したんだ」
相変わらずのシオンさん。そんなことばかり言ってるから胡散臭いなんて思われるんですよ。まあ、今はそんなことよりこのドン・オーガストさんのことの方が気になる。すごく怖いです。睨まないでください。私は関係ありません。
「いいか。このドン・オーガストさんはな、十五年前の冒険者ギルド紛争を止めたすごい人なんだぞ」
「へえーそうなんだー。……うーん、その冒険者ギルド紛争ってなに?」
「そこからかよ」
リンさん分かってないのに何故分かったみたいなことを……。……でも、私も知らなかった。その冒険者ギルド紛争ってなんだろう。
「冒険者ギルド紛争ってのは冒険者ギルド内で起こった争いだ。当時ギルドには二人の有力な冒険者がいた。そして、有力な者がいたならそれに媚びへつらう奴らもいる訳でな。自然とギルド内に二つの派閥が出来たんだ。一つの組織に二つの派閥。そうなりゃ争いが起こるのは必然でな」
なるほど。それぞれの強い冒険者を中心とした派閥が出来て、その二つが対立し争いが起こったと。それが冒険者ギルド紛争。
「そりゃもうでかい争いになってだな。冒険者の大半がこれに参戦させられることになってだな。そこのオーガストさんも当然参戦を迫られるわけよ。でも、困ったことにこのオーガストさん、どちらの派閥にも争いにも興味がなかった」
派閥とかに興味がなくても無理矢理参戦させられてたからそんな大事になったんだろうな。数を揃えようと無理矢理参戦させてドンドン争いが広まっていく。よくあることだよね。
「それどころかオーガストさん、そんな争いに自分を巻き込むなとキレ出した。そして、キレて暴れ出した。で、暴れ回って気づいたら誰もオーガストさん以外立っていなくて、どちらの派閥も全員病院送りで壊滅でな。それで紛争は終わった」
「ええ……」
そんな大事になった争いを一人で暴れ回って止めた? なにそれ色々と怖すぎる。
「それ以来オーガストさんはドン・オーガストなんて呼ばれるようになって、冒険者ギルドの頂点に君臨するようになったんだ。以上がドン・オーガストさんと冒険者ギルド紛争の説明だ。分かったか?」
「うん、なんとなく」
「それで良し」
なんとなくで良いんだ。それにしても、このドン・オーガストさん、見た目だけですごく怖かったのに今の説明聞いてからさらに怖くなったんだけど。あの、あまりこちらを見ないでくれませんか?
「……長々と俺の紹介をご苦労だな」
「なんてことはないさ。ドン・オーガストさん。あっ、もうドンじゃねえか。オーガストさん」
「……ほう? お前が俺より上だと?」
ひえええ! なんでこんな人に喧嘩売るんですかシオンさん! やめてこっち見ないで私関係ないです!
「いやいや? 俺は冒険者登録すらしてねえからオーガストさんの上なんてあり得ねえよ。俺じゃなくてこっちだ」
そう言ってシオンさんはリンさんを指差す。ああ良かった。シオンさんがまたふざけて今私を指差したりしなくて。……って、何勝手にリンさんを喧嘩に巻き込んでるんですか!?
「な。お前が新たなドンだよな?」
「ドン? ドンじゃなくてボクはリンだよ」
「お前は今まで何を聞いてたんだ?」
リンさん……。今のドンって言うのは名前じゃなくて敬称みたいなものですよ。冒険者ギルドのドン。ドン・リン。……合わない。
「いいか。あー、あれだ。お前はあの葉巻ゴリラより強くてギルドの王様だ。そうだろ?」
「葉巻ゴリラっ!?」
シオンさんそれはマズイですよ! そんなこと言ったらドンさん怒る、って言うかなんでシオンさんが煽っていくんですか!
「うーん。そうだね。ボクの方が、えーと、は、は、ハゲゴリラ? より強いね! 王様だねっ!」
「リンさん!?」
ハゲゴリラ!? リンさんこの人はハゲじゃないです! きれいにオールバックになってるでしょう! ハゲゴリラじゃなくて葉巻ゴリラです! いや、葉巻ゴリラでもないですけど!
「……口だけは達者だな。ガキ」
「む、ガキじゃないしっ!」
いや、リンさんはまだガキ、じゃなくてそれより早く謝って下さい! ハゲゴリラって言ったこと謝って下さい!
「そこまで言うのなら見せて貰おうか。王様の力を。表へ出な」
「ふふんっ。いいよ。口だけじゃないって分からせてやるっ!」
意気揚々と外へ出て行くリンさん。そして、ドンさんもそれに続き出て行く。え、ちょっと待って。わ、和解を。和解をしましょう。
「さっ、俺らも行くぞ」
シオンさんも立ち上がり外へと向かう。いや、シオンさんはまず謝って下さいよ。全部シオンさんのせいなのに。
でも、三人ともそんなこと気にも留めず出て行ったので私も仕方なく外へ出て行く。そして、私が出たすぐ後からギルドにいた他の冒険者も出て来て、いつの間にか街の人々も集まりだした。
「面白いことになったな」
「面白いことってシオンさんが煽ったせいじゃないですか」
シオンさんがドンさんを煽ったせいでこんなことになったのに何を他人事みたいに。
「別に俺が何もしなくてもこうなってたさ。それより良く見とけよ。達人同士の戦いを」
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