第19話 避ける ②
右から顔面目掛けて拳が迫り来る。だから、上体を後ろに反らして躱そう。それを躱すと今度は刀が左から足目掛けて斬りかかってくる。だから、ジャンプして躱そう。それも躱せば今度は右から蹴りが飛んでくる。だから、あっ無理だ。
「ぐふうぅぅっ!」
私の脇腹にシオンさんの蹴りがクリーンヒットした。
「あーあ。もう喰らうのかよ」
「ぐっ、げほっげほっ……」
「そんな言い方しない! ミッちゃんは頑張ってるよ! 全然ダメダメだけどっ!」
「うぐうっ! こ、言葉のほうが痛い……」
リンさんフォローするならちゃんとして。フォローすると見せかけての攻撃は一番効く。
「そんなこと言ったってなあ。ほら、また笑われてんぞ」
シオンさんが示す方向には商業都市から出てきた人達が私を見て笑っていた。
この修行を始めてからもう三日目だけど初日からずっと笑われている。都市のすぐ近くでやってるから都市に出入りする人達が私を見て笑う。まあ、もう慣れたしいいけど。それに笑われる度に良いものが見れるし。
「こらー! 頑張ってる人を笑うなー! バカー!」
ああ可愛い。こうして私が笑われる度にリンさんが怒ってくれる。可愛い。これが見られるならどんどん私を笑って欲しくなる。
「あいつらをもう笑えないようにしてやる」
「待って下さい。死人を出さないで下さい」
そして、毎回笑っている人達へ殺意を向ける。それで笑っている人はビビって逃げる。これの繰り返し。
「ホントひどいよね! ミッちゃんは頑張ってるのに! 頑張ってる人を笑うなんて!」
「ああ全くだ」
「シオンさんもいつも笑ってますよね?」
シオンさんはいつも私が必死に頑張ってる姿を見て笑い転げてますよね。笑って煽って馬鹿にしてきますよね?
「失敬な。俺の笑いとあいつらの笑いは違う。あいつらの笑いは嘲笑だ。相手を見下し蔑んで笑っている。対する俺は心の底から愉快だから笑っている」
「一緒です」
何俺は違うなんて言ってるんだか。私からすればどっちも同じですから。
「これが違うんだな〜。ほら、その違いを見せてやるから続きやるぞ」
「目的が変わってる!」
私が避けるを鍛えるためにやるはずなのにそれじゃ目的変わってる!
「いやいや、俺はずっと笑うためにやってるから変わってねえよ」
「そう言えばそうでしたね! って不意打ぐふうっ」
シオンさんの不意打ちで修行は再開された。
「………………」
「もうへばったのか?」
「ミッちゃんー。大丈夫ー?」
痛い。しんどい。無理だ。全然避けれない。もう立てない。大丈夫じゃない。
「大丈夫そうだな。やるか」
「これが大丈夫に見えますか!?」
四つん這いで地面に突っ伏している人のどこが大丈夫に見えるんだろう。シオンさんは一度目を診てもらった方がいいかも。いや、頭かな?
「そもそもなんで二人同時にかかってくるんですか!? 一人でも避けれないのに、二人なんてなおさら無理でしょう!」
この修行は始めてからずっとリンさん、シオンさんが同時に私に襲いかかってきてる。一人でも避けれる気がしないのに二人なんてもっと無理。
「そりゃ指導は同時進行だからな」
「確かにそう聞きましたけど!」
二人の師匠からの指導は同時進行。それは確かに前から聞いている。私の覚えが悪いから交代でやるより同時にやった方が効率いいとして実行されている。でも、今回は無理でしょ。こっちの方が効率悪い。
「ミイナお前勘違いしてるな」
「え?」
勘違い? 勘違いって何が? まさかシオンさんがさっき言ってたことは冗談でしたとか? いやいや、そんなのありえない。
「俺の指導は避けるためのものだが、リンのは違うぞ」
リンさんのは違う? でも、リンさんも中々嬉々とした表情で私に斬りかかってきてたけど?
「そうだな。じゃ、試しにリン一人とやってみろ。リン任した」
「任された!」
そう言うとシオンさんは一歩後ろへ下がり、代わりにリンさんが前に出てきて納めていた刀を抜いてこちらを見つめる。
ああ可愛い。じゃなくて集中しないと。これからリンさんが攻撃を仕掛けてくるからそれを避けないと。
リンさんはあの両手に持った刀という武器を使って攻撃してくる。短めながら尖端は鋭く尖り、その細い刃はとてつもない切れ味を誇る。私はリンさんが寸止めしてくれるから斬られたことないけど、硬い鱗を持つリザードマンをいとも容易く斬り裂いていたあの刀。
……あれ? なんか変だな? 妙に寒気がするって言うか、背筋が寒くなったような。それに目が離せない。リンさんの可愛い顔が見えない。なんで? なんで刀ばかり見てるの私?
「おりゃ!」
「おぐうっ!」
「うっ……。う〜〜! 痛いーー! ミッちゃんの石頭ー!」
「あっはっは。頭突きかよ」
痛ったあ! 頭が割れる! 痛い痛い痛いし、リンさん自分で頭突きしといて自分も痛がるならしないで!
「何してんだミイナ。ちゃんと避けねえと」
「ううっ。そんなこと言ったって。なんか変だったんですよぉ。刀ばかり気になって、リンさんを見れなかったんですよ」
「そりゃそうだろうな。ミイナは武器慣れしてねえからな」
武器慣れ?
「お前みたいに武器に慣れていない者は相手の武器にばかり目が行きがちになる。武器のが怖いと思ってるからな」
あっ。さっきの寒気はそういうことか。私武器を怖がっていたんだ。
「武器しか見えてなかったら視界が一気に狭くなる。それこそ見えてるのは武器だけにな」
「う〜。そうだよ。だから、ボク頭突きしたんだよー痛い」
「噛めばお前が痛くなることはなかったのにな」
「はっ! 先に言ってよ!」
「知るかよ」
そっか。リンさんが頭突きしたのは私がリンさんの腰あたりにある刀ばかり見ていて他を見れてなかったからなんだ。刀ばかり見て腰より上が何も見えてなかった。それを分からせるためにリンさんは頭突きをしたのか。
「分かったか? 俺の攻撃は避けるの指導のため。リンの攻撃は武器への抵抗をなくす指導のためだ」
「武器への、抵抗?」
避ける指導と武器への抵抗をなくすための指導?
「そうだ。今みたいに武器を恐れるあまり武器ばかり見てしまうのを防ぐための指導をリンがしてる」
武器への抵抗をなくす……。
「恐怖をなくすためには武器に慣れるしかない。ひたすら対武器を繰り返す。でも、ミイナはまだ初心者過ぎるからな。いきなり武器だけを相手すると逆効果の可能性もあるかな。だから、まずは二人同時にかかることで武器への意識を無理矢理飛ばし慣れさそうとしてる訳だ」
この修行にそんな狙いがあったなんて。シオンさんちゃんと考えてくれてるんだ。
「いいか。確かに武器は怖い。しかし、武器は所詮武器。使う者が居なければただのガラクタだ。本当に怖いのはそれ使う者。だから、戦闘中見るべきは武器より相手だ」
「はい。分かりました。……色々考えてくれてるんですね」
「ああそうだ。こっちは色々考えて手間暇かけてやってやってるんだ。なのに、お前ときたら。すぐにもう無理だの駄目だの。少しはその腐った根性をどうにかしようとか思わねえのか?」
「ぐっ……!」
色々と考えてくれてるのはありがたいけど、私の根性は別に腐ってないはず。むしろ、私は頑張っているほうだと思う。
「ミッちゃんなんで不貞腐れるの?」
「ふえ!? ふ、不貞腐れてなんかないですよ!?」
「あ、そうなんだ。ボクの勘違いか」
リンさん余計なこと言わないで! ああほら! シオンさんが嫌な笑い方してる!
「二つの指導だけじゃ足りねえようだな?」
「た、足りてます足りてます!」
「いいや足りねえ。その腐った根性叩き直す指導も必要だな」
「足りてますからあぁ!」
……指導が一つ増え、地獄は更に苛烈なものへとなっていった。
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