第12話 ボクも師匠に! ②
「もう無理ぃぃ!!」
「ヴォウヴォウ!」
「ハッハッハ! 楽しい、楽しいな! ミイナ!」
「私は楽しく、ありませんっ!」
「ヴォウヴォウ!」
「そうか? 俺は楽しいぞ!」
「見てるだけだからでしょ!」
「ヴォウヴォウ!」
吠えながら迫り来るヴォルフ。悲鳴を上げながら逃げる私。さも楽しそうに笑い声を上げるシオンさん。三者三様の声が森の中で響く。
「実戦で強くなりたいっていうミイナの意見を取り入れたんだぞ。楽しめよ」
「楽しめる訳がない!」
ヴォルフから逃げる修行は続く。森を抜けたら終了なんて言ってたのに「行ったら帰るのが常識だろ」って屁理屈でもう一回森の中を駆け抜ける。
「もっと楽しめよ。ミイナの意見を取り入れ、ただ走るだけじゃつまらないだろうからこれしてるんだぞ。らんらん気分になれよ。らん☆らん☆RUNだろ」
「笑えません!」
ヴォルフに追われてらんらん気分になるはずがない。追いつかれたら死ぬのにそんな気分に、ああ!
「ぐえっ! 痛い痛い! シオンさーん!」
「あっはっは」
「笑ってな痛い!」
爪が背中に食い込んでる! 重い! 痛い! 助けて!
「痛い……。痛い、痛……くない」
ヴォルフに捕まった私はシオンさんに助けられ、痛かった傷も瞬間で治される。
「ほらほら、らんらんはどうした? らん☆らん☆RUNだぞ?」
「だから、笑えないです……」
クスッとさえ笑えない。そもそも笑う余裕なんてない。
「まあ、そう落ち込むなよ。始めた頃よりは逃げられる距離伸びてんだから」
確かに始めた頃よりは逃げられる様になった。だから、と言って笑える訳じゃない。
「ミイ、ん?」
「え?」
シオンさんは何か言おうとして、何も言わず私とは全然違う方向を見ていた。なに? 何かあるの?
私はシオンさんが見ている方向を向く。木々が立ち、草むらが生い茂るその先に誰かが魔物に囲まれるのを見つけた。
「……よーし。次行くぞー」
「ええ! なんで助けに行かないんですか!?」
誰かは分からないけど多くの魔物に囲まれている。それに多分あの魔物はリザードマンだ。
「あんなにいっぱいのリザードマンに囲まれているんですよ! 助けに行かないと!」
リザードマンは体長が二メートル以上ある二足歩行するトカゲ型の中級魔物。知能が高く集団で連携をすることを得意とし、集団と相手するのは熟練の冒険者でも避けることが推奨されている。
「……んー。まあ、ここからじゃ見えにくいしな。もうちょっと近づくか」
「早く行きましょう!」
ゆっくりとしているシオンさんを急かしながら、私達はあの集団に向かって行く。そして、囲まれている人のすぐ近くまで来た。
「あっ!」
ここまで近づきはじめて気づく。子どもだった。遠くからならリザードマンが大き過ぎて人の大きさが分からなかったが、囲まれていたのは子ども。背を向けているので顔は分からないけど、私よりも低い背丈。十二、三ぐらいか。
「シオ……」
「しぃー。いいか。あいつの動きをよく見とけよ、ミイナ」
「え?」
助けに行こうとするのをシオンさんに制止される。そして、草むらの影に身を潜めさせられる。見てろってどういうこと? あの子の動き? それより、早く助けないと!
私はシオンさんの意図が理解出来ず、焦り、身を乗り出そうとする。でも、それはシオンさんに止められる。シオンさんはただ「黙って見てろ」と言ってその子をじっと見つめていた。
シオンさんのその子を見つめる目は真剣そのものだった。だから、仕方なく私も身を潜めその子を見つめる。きっと何か考えがあってのことなんだ。そう考えつつも、不安な眼差しで。
そして、その子をよく見るようになって更に不安感が増していった。その子を中心に完全にリザードマンが囲んでいる。リザードマンは八匹。八方からその子を囲い、威嚇する。更にリザードマンはそれぞれ武器を持っていた。剣、槍、弓。おそらく冒険者から奪い取ったものだろう。色々な武器をその子へ向けている。
対するその子は手に武器も何も持っていない。背中に何か筒を背負っているけどあれは武器じゃない。腰には何か細い剣のようなものを二本下げているが抜いていない。手ぶらで服装も軽装。防具の一つも身につけていなかった。
「……シャアアアァァ!!」
一匹のリザードマンが大きく吠え、そして、動いた。手に持つ槍をその子目掛けて思い切り突く。あんなの喰らったらひとたまりもない。人の体なんて簡単に貫かれてしまう。
そんな最悪な画が思い浮かぶ。けど、それは間違いだった。
リザードマンが突き出し槍。それが貫いたのはその子ではなかった。その槍が貫いたのは他のリザードマンだった。
「ほら、よく見とけよ。瞬きもすんな」
シオンさんがそう言うと同時ぐらいに他のリザードマンが一斉に動き出した。それぞれ持つ武器を一斉にその子へ向かって振るう。しかし、
「ギシャアァアァ!!」
それぞれが振るう武器は別のリザードマンへ。一度たりともその子へ当たりはしない。
「……すごい」
それはまるで踊るかのようだった。軽やかなステップで次々に襲いかかるリザードマンの攻撃を避ける。それにただ避けるだけじゃない。その避けた攻撃が別のリザードマンへ当たるように誘導していた。避けて、いなして、誘導する。踊るかのように動き回り、その子は攻撃を躱し、攻撃を当てさせる。そして、同士討ちを繰り返させ、ついに残り一匹となった。
「え? あの武器は……?」
見たことのない武器だった。剣のようだが、刃が片方しかなく反っている。それに細く、短い。それを二本。両手に。
「……あんまりだったなぁ」
ぼそっとその子は呟いた後、その持っていた武器を振るう。いや、正確には振るったと思う。私には早すぎて武器を振るうのが見えなかった。武器を振るったと分かったのはリザードマンが崩れ落ちたからだ。
「……次来ないの?」
その子は言う。それは私達への言葉。背後の草むらに隠れている私達へ投げかけた言葉。そして、その子は振り向く。
透き通るような青い瞳の幼い女の子がこちらを見つめていた。
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