第3話

 一方、千葉のミチエは『言論の自由』など憂慮している暇が無い。


 庭先の勝手口にある水道でお米を研ぎながら、月を見上げて考えることはひとつ。なんで自分はこんなに忙しいのかしらである。

 学業、部活、家事、バタバタとしながら諸事をこなしていくのが精いっぱいの毎日だ。ミチエは4人兄弟。ミチエの上には、年の離れた長女。そして長兄。下には末妹。幼い子ども達を残して父親が他界した後、母親は女手ひとつで父親が残した家業の雑貨用品卸業を切り回して、4人の子供を育て上げた。長男は別格として、3人姉妹の次女に生まれたミチエは、その微妙はポジションもあってか、思い起こせば走りまわっている記憶しかない。


 戦時中は、東京大空襲に向うB29の機群が気まぐれに落としていく爆弾に、家族と手を取り合って逃げ回った。逃げ先を一歩間違っていれば、家族全員が爆死していたかもしれない。

 終戦を迎えれば、おすましやの姉は、勤務先の千葉大学医学部附属病院の研修医に見染められもう嫁に行ってしまった。頑固な妹は女医になると言って猛勉強を始め出した。兄は長男の特権で家では何もしない。必然的に母の手伝いができるのは自分しかいないので、家では家事に走り回っている。


 そんな状況なのに、学生時代バスケ部で活躍した兄貴は、抜群の運動神経を持つ妹を、半分人身売買のように、友達がコーチをしている女子高のバスケチームに送り込んでしまった。しかもそのチームはインターハイに出るようなチームだから、練習も並大抵ではない。来る日も来る日も体育館を走り回っている。

「みっちゃん、まだ?早くしてよ。おなかすいちゃったわよ」


 妹が庭先に催促に来た。


「我慢できないなら、あなたも少し手伝ったら」

「あたし勉強が忙しくてそれどころじゃないの」


 そう言い残して家の中に戻る妹。


「ほんとに、ご飯のことばかり…この家では私のこと心配してくれる人がいるのかしら」

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