メル・アイヴィー・フロム・ザ・エクソプラネット

南雲 千歳(なぐも ちとせ)

第1話

 ──夏。

 外出用のいつもの白いワンピースに丸い帽子を被り、ショッピング街の洒落た石畳の上をゆるりと闊歩かっぽしていると、の光に明るく照らされた街路がいろのどこかから、ジージーと言う、せわしく虫の鳴く音が聞こえて来る。

 私は、その警戒心を起こさせる鳴き声を耳にするなり、立ち止まった。

 帽子越しに日光に当たって少し蒸れた私の頭の中に、せみしぐれ、蝉鳴チャン・ミューなどと言う言葉が思い浮かんで来る。


 いているのは、この星の言葉でせみ、スィカーダ、ツィカーデ、シガール、チャンなどと呼ばれている、透明な羽の付いた虫だ。

 軽く目をつむって耳を澄ますと、その鳴き声は、私の立っているこの綺麗な模様をした石畳より、かなり上の方から聞こえて来る様だ。

 立ち並ぶ街路樹の先の方か、建物の壁などに止まって、鳴いているのだろう。

 今はもう馴れたが、このせみと言う虫の鳴き声は、この私の不安感を酷く刺激する。


 そんなせみの声を後に、私は再びの当たる街路を歩き出す。

 角を曲がると、カフェやブティックが並ぶモダンな感じの上り坂の向こう、遠くの方に、大きく発達した入道雲にゅうどうぐもが見える。

 雲を見て更に神経質になった私は、ビリー・ジョエルの『ストレンジャー』と言う曲を思い出して奮い立ち、坂を上がり始めた。


 かつて、私は、この日本とは違う、別の国家で生まれた。

 いや、もっと本当の事を言えば、私は異国から来た外国人フォーリナーですら無い。

 何故なら──我が祖国、オーリア連邦共和国のある場所は、この地球上ですら無いのだから。


 この星に来て以来、ずっと隠し続けている、私ことメル・アイヴィーの正体。

 それは、この惑星に住む全ての地球人類にとって未だ未知の存在ストレンジャー──異惑星エクソプラネットからの来訪者ビジターなのだった。


 行き先に向かって歩いていると、複数の蝉の声が、ジーワジーワと、遠くの方から、絶え間無く聞こえて来る様になった。

 それを聞きながら、私は手の甲でひたいに浮かんだ汗をぬぐう。

 もう、故郷ふるさとを離れてこちらに来てから随分ずいぶんと時間が経ち、大分馴だいぶなれはしたのだが、こんな晴れた日は、嫌な日だ。

 晴れた日には、犠牲が多く出る──。


 遠くから聞こえる、ジージーと言う蝉の鳴き声。

 それは、私がかつて母星である『エムロード』に居た時──愛機に乗って作戦行動中、敵や味方の防衛施設や航空機から発せられる電波、その多くは索敵用のレーダー波の照射を受けた際に、操縦席前面の装置ががなり立てる警告音に良く似ていた──。

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