機械仕掛けと護衛の王

白瀬曜

prologue

prologue

「シモンは、きっと強くなるよ」


 俺に対してそんな事を言ってくれたのは、後にも先にも幼馴染の少女、ノーラ・アトリシアただ一人だった。


 だって、俺はすでに強かったから。


 少なくとも、同年代の少女から言われるその言葉は、俺にとって屈辱でしかなかった。


「……強くなったかどうか、確かめてみるといい」 


「そうだね、やろっか。しばらくは、もうやる機会もないだろうし」


 従器術基本の型をわずかに自己流に寄せた、ノーラの構え。幾度となく見てきたその型を前に、俺も上半身を落とした構えに移行していく。


「いいよ、来て」


 挑発にも聞こえる言葉を合図に、下半身の力を総動員して前に跳ぶ。


 同時に、あらかじめ背に隠し、細長く形状変化させていた従器を、右の脇の間から最大限の高速機動でノーラへと撃ち込んでいく。


 従器とは、変形、自律運動を可能とする特殊な流体を固体化させて作られた武器。ヒトの脳波を読み取り自在に動くそれは、使い手によって槍にも剣にも、あるいは既存のどの武器とも違う何かにもなり得る。


 容赦無く頭へと向かう槍状の先端を、しかしノーラは首を振っただけで避けた。横薙ぎに従器を振るい、逃げていく頭部を追うも、直撃の寸前でノーラの従器に割り込まれてしまう。


「……っ」


 右後方に飛びながら、頭を埋めるのは苦い感情。


 今、俺は一度負けていた。奇襲用に長く伸ばした従器は、しかし躱された場合、そのまま懐に入り込まれるリスクを孕んでいる。完璧に攻勢を受け流したノーラは、後一歩踏み込むだけで、俺に決定打を入れる事ができていたはずだ。


 どうしてそうしなかった、とは聞かない。その理由は、十分過ぎるほどわかっている。


 だから、もう一度仕掛ける。


 取り回しやすい剣状に変形させた従器を携え、踏み込みと共に一気に振り下ろす。対するノーラは、下からの切り上げで迎撃。両者の従器が鈍い音を立てて激突する。


 競り勝ったのは、俺の方だった。勢いに負けたノーラの従器は下へと押し戻され、そこから勢いのまま縦に一回転すると、先程とは逆に俺の頭上へと落ちてきた。俺も迎撃に腕を振り上げるも、振り下ろしからの反転は自分でもわかるくらいに勢いが足りない。


 結果、俺の従器は簡単に防御の役割を失った。その隙をノーラが逃すはずもなく、開いた胴体に横を回った蹴りが突き刺さり、勢いのままに身体が流れていく。


「かっ、ハっ……」


 肺の中の空気を吐き出しながら、倒れていく上半身を前転に変えて体勢を立て直す。


 また、負けた。今、蹴りではなく従器を俺に叩き込んでいれば、それだけで終わっていたはずだ。そして、ノーラにその程度の事ができなかったわけがない。


「へぇ、今のを耐えるなんて。やっぱり男の子だね」


 褒めているつもりなのかもしれないが、まったくそうは聞こえない。


 ノーラが強い事など、とっくの昔から知っていた。そして、つい先日、国の特別王石保持者候補生に選ばれた事で、ノーラの強さは誰の目にも明確なものとなった。


 それでも、俺は勝たなくてはならない。二日後、ノーラが指導特区へと行ってしまう前に、せめて一度でもノーラに俺が強いのだと認めさせる必要がある。


「……本当の、本気で行く」


 だから、お前も本気で来い、と心の中で呟いて、最後の特攻を掛ける。


「――おっ」


 超低姿勢での突進。そこから足を払うように、両腕で握った従器を全力で振るう。


 しかし、ノーラは計ったかのようなタイミングで上に跳ぶと、高速機動する俺の従器をちょうど踏み台にして、更に前へと飛んだ。


 背後から、がら空きになった俺の背に、ノーラの一撃が襲い来る。


 それを視認するよりも先、ただの予測に従い、勢いのままに従器を地面に叩きつける。従器と地面の激突した反動で大きく揺れた俺の身体は、ノーラの踵での蹴りを寸前で躱していた。


 従器の反動を活かして次の動きに移るのは、従者の戦闘における基本だ。先程のノーラがあえて俺の切り下ろしに押し負け、その勢いを次の一撃に繋げたように。


 ただ、地面や壁に従器を叩きつけるような機動は、不安定な上に力伝導効率も悪い。それでも、俺はあえてそんな賭けに出て、そして勝った。


 空中回転から蹴りを放ったノーラの身体は、無防備な状態で宙に浮いている。俺にチャンスがあるとすれば、それは今しかない。


「っ、っっらァ!」


 崩れた体勢から、もう一度無理矢理従器を地面に打ちつけ、身体の動きをノーラの方向へと変える。思考に付いて来ない腕を、無理を無視して全力で振るい――


「よっ、と」


 地面に突いた従器を支点に棒高跳びの要領で胴体を振り上げたノーラの身体の下、俺の従器は宙を切った。


「驚いたなぁ、そんな機動もできたんだ」


 鉄棒の演技のようにピタリと着地したノーラは、足を揃えてこちらを振り向く。


「うん、やっぱりシモンは強くなるよ」


 そして、いつもと何も変わらない調子で、いつもと何も変わらない事を口にしやがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る